召喚とか聞いていません 2


 ――きもちわるいぃ……。


 怨嗟のような自分の唸り声で目が覚めると、ベッドの上だった。


 どうやら熱が出ているらしく、頭と喉は痛いし寒気もする。

 体調は非常に悪くて、二日酔いと風邪のダブルパンチのような……。


 うう、なんだ、この胃の中というか、内臓全部がひっくり返ったみたいな気分の悪さ。

 電車に轢かれる代わりに、質の悪いインフルエンザにでも罹ったのかな。


 とてもじゃないけど起き上がれなくて、横になったまま目だけを動かす。

 窓には薄いカーテンがかかっていて、外からは昼間の光がさしていた。

 古いけれども頑丈そうな太い梁がある漆喰の天井と壁。

 木製の扉が一カ所。


 ……知らない場所。


 私の寝ているベッドのほかは、小さなチェストと水桶などが乗ったサイドテーブル、それに背もたれのない丸椅子が一脚あるだけ。

 教会の一室か個人病院の入院室といった感じで、見覚えのあるものは何一つない。


 ――ここはどこ。

 困ったことに頭がちっとも回らない。


 ふう、と吐いた息は、自分でも驚くほど熱かった。

 片腕を額に載せ目を瞑り、浅い呼吸をくり返していると、キイ、と音を立てて唯一の扉が開く。

 水差しと布を手に入ってきたエプロン姿の女性は、私が起きているのに気付いて目を見開き、ぱあっと笑顔を咲かせた。


「まあ、聖女様!」


 誰? 五十歳過ぎくらいだろうか。ぽっちゃりめで、白髪の混じった濃い色の髪をひっつめお団子にしている。

 アパートの大家さんにちょっと似ているかも……?

 いや、緑の瞳と彫りの深い顔立ちは、どう見ても日本人じゃなさそうだけど。


「よかった、二日も目が覚めなかったのですよ。ご気分は……お辛そうですね」


 え、まるっと二日? 

 約三十年生きていて、どんなに具合悪くしてもそんなに寝続けたことない。


 なにも言えないままでいる私に気を悪くした様子もなく、失礼しますね、と額や首筋を濡らしたタオルで拭ってくれた。

 あ、冷たくて気持ちいい……。


 知らない場所、知らない人。

 でも――清潔なベッドに寝かされて、こうして体調を気遣われている。

 何かに巻き込まれたには違いないだろうけれど、今すぐに私をどうこうする気はないとみていいのかな。


「まだ熱は高いですね。なにか召し上がれそうですか?」


 正直、食欲なんて微塵もない。

 断る前に察してくれた彼女は慣れた手つきで私の体をそっと起こすと、水と粉薬を用意した。うぅ、頭がクラクラする。


「熱を下げるお薬です。こちらを飲んでもう少しお休みくださいね、聖女様」

「あ、の」


 また「聖女」だ。やっぱり聞き間違いじゃない。

 ようやく返事ができたけれど、喉も腫れぼったいせいか自分の声じゃないみたいでぎょっとする。


「ああ、ご無理なさらずに。ええ、ご説明差し上げたいのですけれど、まずはお元気になりませんとね。こうしているだけでも大変でしょう」


 有無を言わさないにっこり笑顔に、現状把握を早々に諦めた。こくりと頷くと満足そうに微笑まれる。

 体がしんどくてそれどころじゃないのは本当だし、説明をしてくれる気はあるらしいから、今はいいか。

 時機を見るのも大事だよね。これは問題の先送りでは決してナイ。


 でも薬か……飲んで大丈夫かなあ。

 そうは思ったけれど、この女性はなんとなく信用できそうだし、まあ、事なかれ主義ですし。

 電車のアレで、命が助かっただけでもめっけもんだよ。

 頭も痛いし、あんまり考えたくない。騙されたなら、それはそれでもういいや。



 そのまま支えてもらいながら、具合の悪さを堪えて薬を飲んで横になる。

 私の額の上に新しく濡らした布を置くと、また来ます、と言って女性は部屋を後にした。


 ――あ、名前を聞きそびれた。それに世話してくれたお礼も言ってない。

 うっかりを反省しながら、私はまた眠りに落ちたのだった。


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