聖女は魔王のお世話係
小鳩子鈴
召喚とか聞いていません 1
『ホームでは黄色い線の内側に……』ってアナウンスがあるでしょう。
あれね、本当にそう。
通勤で毎日聞くし、会社帰りなんか泥のように疲れているからハイハイって流していたけれど、ホームドアの設置されていない駅なんか本気で要注意だからね。
でないと、誰かにドンっとぶつかられてホームから転落しちゃったりするから。
そう、私みたいに。
浮遊感で息が止まり、通過の急行電車が迫ってくるのを超ハイスピードで脳内処理して閉じた瞼の裏に感じた眩しさは、電車のライトか衝撃か――。
あ、これ終わった、と思った次の瞬間。
感じたのは尻餅をついた痛みだけ。
恐る恐る目を開けた私は、硬くて冷たい床の上に座り込んでいた。
……ろうそくランプが灯る薄暗い空間で、古の大学教授みたいなアカデミックなローブを着た人達に無言で囲まれているとか、ナニコレ。
あれだけ大勢いた通勤客どこいった。
というか、ここどこ。
ぽかんと見上げていたら、その中の一人の男性が私の前に片膝をついた。
「ようこそ、聖女殿」
「……は?」
私の返事ともいえない間抜けな相槌に快哉を叫ぶ声がどっと上がり、ついでに悲鳴のような歓声も沸く。
うわ、な、なに!?
「や、やったぞ! 成功だ!!」
「へ?」
「室長、お見事ですー!」
「これで……これでようやく……っ!」
拳を高く突き上げたり、隣の人と背中を叩き合ったり、感極まって泣いている人もいる。
まるで万年最下位だったチームが優勝でもしたかのような狂乱ぶりだ。
私、置いてけぼりなんですけど。
とはいえ、邪魔しちゃいけない雰囲気を察して、大人しく口を噤みましたとも。
ええ、事なかれ主義ですがなにか。
チキンカレーを頼んだのに間違って野菜カレーを出されても、まあいいかと食べるようなタイプです。
ヒートアップする周囲はともかく、体には特に酷い痛みなども感じない。
尻餅をついた尾てい骨は青アザくらいできているかもだけど、とりあえず、
……生きてる。よかった。
故意にホームから落ちたわけじゃない。
生まれてから約三十年。すっかりつまんない毎日だけど、別に死にたいとも思っていない。
あの状況で無傷なんてあり得ない。実際に私はちゃんと生きてるし、これって事故は回避できたっていうことでいいのかな。
なら、えぐいと聞く鉄道会社からの賠償請求もセーフ? そうだといいなあ。
社会人になってからのキャリアはそれなりとはいえ、雀の涙ほどの貯蓄で払えるはずもなし、もともと縁の薄い家族にはこれ以上迷惑かけたくないし……。
うん。明日からは駅のホームではど真ん中を歩くことにする。
誰がなんと言おうと絶対だ。
九死に一生を得た安堵感からか、急に体から力が抜けて目の前が暗くなる。
おお、これが噂のブラックアウトってや、つ……?
「……っ、聖女殿!」
――ホームから落ちたら、知らない人に囲まれて聖女呼ばわりとか。
なんなの一体。
誰かの声が聞こえたのを最後に、そのまま私の意識はフェイドアウトしていった。
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