第九話:虹の向こう

 眠い目を擦りながら朝ごはんを食べると、私は昨日シグと約束していたカラ兄の喫茶店へとやって来た。シグは、既に来ていた様子で、奥のテーブルでパソコンを開いてスタンバイをしている。


「ごめん、待たせちゃって」


 私は慌ててシグの隣の席に座る。


「ううん、大丈夫だよ。それより、早く見よう」


 と言って、私が取り出したUSBメモリをパソコンへ差し込んだ。カラ兄とメイもいつの間にか来ていて、皆でパソコンを覗き込むように見ていた。


 ――。


「これ、ちゃんと撮れてるのか……?」


 ガタッ、ガタ……。懐かしい、マサの声。


「よし、これでいいか」


 と言って、彼はカメラに向き直る。


「アオ、そしてシグ。ちゃんと俺の約束を守ってくれてありがとう、感謝してる。途中の絡繰も全部解いたんだろ?お前ら、名探偵みたいだなぁ。

 ……コホン、えっと皆に大切な話があるんだ――」


 と彼は真面目な顔つきで話し始めた。


「まず、アオ。すまない、俺はお前に一つ嘘をついていたことがあるんだ――。実は俺、余命わずかの病気にかかってたんだ。持って、半年?とかだったかな、アオには秘密にしてた。言ったら、絶対にアオが心配するからさ……」


 私は驚きのあまり、声も出なかった。


「それで、ここからは信じてもらえるか分かんないけど、俺、実はこの人生二回目なんだ。凄いだろ?一回目の俺の人生は、持病が悪化して病院でアオに何も言えないまま死んじまってさ、そのせいでアオは立ち直れなくて、俺のあとを追うようにして、自殺しちまったんだ――」


 ゴクリ、と唾を飲む音がする。


「で、俺はアオにそんなことをさせちまった自分が許せなくってさ。神様にお願いして、二度目の人生始めたって訳さ」


 彼はにへっと笑って髪を掻く。ありえない話だけれど、彼の話なら信じられる。


「んでさ、俺、今ならアオの質問に答えられるぜ?アルカンシエルの向こうに何があるかって、よく言ってたよな?

 あのな、アオ。アルカンシエルっつうのは、虹って言う意味があるんだってさ。んで、それを越えられたんだよ、アオ」


 私は無意識のうちに画面のマサに手を触れ、涙を浮かべながら掠れるような声で呟く。


「何が、越えられたって言うの……?」


「俺が死んじまっても、アオは自分の足でしっかり歩いて、泣いて、シグの助けを借りてでもさ、今、こうやって俺の願いを叶えてくれたじゃないか……。

 それって、小さなことでもさ、凄いじゃないか。誰かの為に、一つの壁を乗り越えて、向こう側に行くんだぜ?俺は、この壁がアルカンシエルで、それを乗り越えた先の世界は今、アオが見ているこの世界だと思うよ……」


 マサは目の端に手をやり、涙を払い、話を続ける。


「だからさ、アオはもう俺がいなくても、やってのける強い大人になったんだよ……。泣くなよ、俺だって悲しい顔のアオを見るのは好きじゃないさ、ほら、笑って。皆に笑顔を分け与えるくらいにさ。アオはいつだって、いつだって。俺の最高の彼女だから……。大好きだぜ、いや愛してるよ、アオ――」


 涙が、止まらなかった。溢れて、溢れて涙を払っても止まることはなくって、その日私は人生で一番泣いたと思う。シグがハンカチを貸してくれ、メイが私の背中を優しくさすってくれた。

 もし私が、この人に今、返事をすることが

出来たのなら、喜んでこう言うだろう。


「私も大好きだよ、愛してるよマサ――」


 ――と。

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