第五話:花火

 いよいよ、花火大会当日。メイに勧められた浴衣を着て、私は待ち合わせ場所に向かった。彼を待っている間もショーウィンドウに映る自分を見て、髪型を気にしたり、浴衣を直したり、ソワソワしていた。


「わりぃ、待たせたなー!」


 彼は大きな、けれどとても優しい声で手を振りながら走ってきた。


「マサ、声大きい!」


 軽くマサの頭を叩く。彼は目を見開いて驚いている。


「痛てぇ、そりゃないよアオォ。ってか、浴衣すげー似合ってるよ可愛い」


 と私が今一番言って欲しかったことをストレートに、ちょっと照れながらも言ってくれた。私は、少し嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。何だろう、この気持ち。


「それより、花火大会もうそろそろ始まるから、早く行こ!」


 私は自分のこの気持ちを気にするよりも今はマサとの時間を楽しみたかった。折角花火大会に来たんだから、楽しまなきゃ損だもの。

 そして私達は、沢山の人がごった返す中、花火大会の会場でもある浜辺へ向かった。途中にある屋台にも寄ったりして。二人で射的をしたり、チョコバナナを食べたり……、いつの間にか会場に到着し、沢山の人でごった返している中、私達は空いていたスペースに並んで腰掛けた。


 ドドン……ヒューン……バァン……、対岸から最初の花火が打ち上がった。そして色鮮やかな花火が夏の夜空を美しく染め上げる。観客から歓声が上がる。花火の時間は、何故か短く感じて、このまま、時間がとまってくれればいいのにって、何度も思った。


「次がラストの花火です――」


 とアナウンスが流れ、今までより一段と大きな花火が夜空にゆっくりと打ち上がっていく。二人でラストの花火を見上げていると、


「なぁ、アオ。俺、お前が好きだ――」


 そう言って、突然私の頬にキスをした。彼の柔らかな唇が私の頬を赤く染め上げる。好きって――、どういうことだっけ。恋愛感情ってことでかな、いやそんな訳……。


「えっ?」


そして花火は大輪の花を夜空に咲かせ花びらが舞うように散って夏の花火は終わった。結局、あの時私の口から出たのはそんな呟きだけ。私の声は花火とそれを取り巻く人々の歓声の中へと吸い込まれてしまったのだった。

 

 それからの帰り道、私は何となく気恥ずかしくて、マサの袖を掴みながら下を向いて歩く。今どんな顔をして彼のことを見ればいいのか分からないからだ。そんな様子の私を見ると彼は私の手をサッと握り、


「さっきのこと?何でもねぇよ、きにすんな」


 なんて後ろ髪を掻きながら笑って、そう誤魔化した。


「それよりさ、今日はアオに渡したい物が

 あるんだ」


 マサは小さな袋を取り出す。それは、赤色のリボンでラッピングしてある可愛らしい袋だった。何だろう……?


「俺からのちょっとしたプレゼント。家に帰ったら開けてみて」


 とニコッと笑って、プレゼントを差し出す。


「ありがとう!マサ。家に着いたら、すぐに見るね!!」


 さっきまでの気持ちはもう何処かに消え去ってしまったみたいだ。私は嬉しくてプレゼントを優しく握りしめた。夜風が私の髪をすくい上げる。空を見上げると、月が美しく輝いていた――。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


 一通り祭りを満喫した私とマサは、帰り道、他愛もない話をしながら歩いていた。そして、お互いに手を離すことはなかった。――その時だった。


「きゃあぁぁぁぁ……!!」


 何処からか女性の叫び声が聞こえてきた。周囲がどよめき、騒ぎ出す。悲鳴と雑踏の中、何者かが向こうから走ってくる。黒い服をまとった男は、手に何かを持っていた。私は何かとても嫌な予感がした。来ないで……。私の願いは虚しく、男はそのまま私たちの方に直進し進んでくる。人々が逃げ惑う中、


「アオッッ!!避けろッッ!!」


 今まで聞いたことの無いような彼の声を聞いた。そして、次の瞬間、彼は私を突き飛ばした。私は間一髪で男のナイフを避けた――が、隣にいたはずのマサがいない。


「マサッッ!どこッッ!?」


 必死に周囲を見渡す。人々が騒ぎ立てる中前方の方に人だかりが出来ていた。__まさか。私は慌てて走ると、人だかりをかき分けるようにして中へと進んでいった。そこに彼はいた――。

 マサは脇腹を抱えながら、倒れていた。脇腹の辺りには血が滲んでいる、息が荒い――。


「マサ!マサ!しっかりして、今、救急車を呼ぶから……」


 私は何が起こっているのか理解ができなかった。考えれば考える程よく分からなくなっていく。そんな中マサは私に向かってゆっくり手を伸ばし、私の頬を包み込む。


「アオ、俺、ずっとアオの返事待ってるから……、アルカンシエルの向こうで、さ――」


 そして、頬を優しく包み込んでいた手は糸がプツリと切れたように動かなくなってしまった。私は呆然とし、言葉を失ってしまった。


「私のせいで……、私のせいで……」


 涙は溢れて溢れて止まらなかった。雑踏と喧騒の中、遠くから救急のサイレンが聞こえてくる。あぁ、やっと来てくれたんだ……。そう思って安心した私は急に意識を失ってしまったのだった――。


 その後私とマサは救急車で病院に搬送された。私は二日も経てば元通りとは行かずも、ある程度良くなったが、彼の状況は芳しくなくなかったようで、その後の彼のことは誰も知らなかった。


「そんな、そんなことないよ……。」


 病院の白い天井を見上げ、そう呟く。それから数日経ち、退院してからも私は部屋に引きこもりっぱなしだった。何をする気力も起こらなかった――。





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