第29話 新たな入部者

「ッ……!」


 その次の瞬間、真也は教室の席へと座っていた。他の席にもクラスメイトがちゃんと勢ぞろいし担任の話に耳を傾けている。


 そうだ、本来なら今頃は平日の夕方。ちょうど帰りのホームルームの時間だったのだ。クラスメイトの緊迫感のカケラもない表情から察するにこの世界がカオスだらけになってしまったことなどすっかり記憶からなくなってしまっているようだった。


 真也がエイルに目を向けると頷き返してきた。やはり彼女は記憶が残っている。


「それじゃあ今日はこのへんでホームルームを終わることにする。気を付けて帰れよー」


 ホームルームが終わると真也とエイルは日常部の部室へと向かった。


 そして部室の前までくると、偶然にも扉に入ろうとする杏里の姿を見かけた。


「あ、槻木さん!」


「ん……? あなたは……?」


「え……」


 何だろう。振り向いた杏里は実にそっけない態度だった。まるで他人を見るような。これでは病院で見かけた時と変わらないではないか。


 まさか……。真也の頭に不安が過った。


「誰だか知らないけど、一体何の用かしら?」


「そ、そんな……」


 やはりそうなのか。ライムは能力を返したという話だったがあれはうまくいかなかったのか。


「なぁーんてね」


 杏里は少し悪い顔をしながら笑顔でポケットからスフィアを取り出した。


「えっ……」


「全部思い出したから心配しないで」


 真也はその場で俯いて深いため息をついた。


「はぁ……もう、脅かさないでくださいよ」


「あははは」


 そして杏里はエイルへと笑顔を向けた。


「おかえりなさい。心配してたけど案外普通に帰ってこれたみたいね」


「あぁ、ただいま。杏里の方が心配される側にあったように思えるがな」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 部室に入ると部長が既に席に座っていた。


「えっと、部長……それに槻木さんも」


 杏里が席についたところで真也は口を開いた。真也には二人に言わなければならないことがあったのだ。


「その……この度は本当に申し訳ありませんでした!」


 そう言いながら深々と頭を下げる。


「あのスライムのカオス値は100を超えてしまっていると知っていたのに、それを見逃してしまって……今回の事件はすべて俺の責任です! 責任を取れと言われればなんでも……!」


「……桐嶋君」


「は、はい」


「まぁ、顔を上げなって」


 真也が顔を上げると、部長はいつもの笑顔で笑っていた。


「僕も昔、同じような間違いを犯したことがある。そのせいで今も妹を失ったままだ」


 それは以前も真也が耳にした話だった。部長がカオスを毛嫌いしているのはそのためだ。


「でも今回桐嶋君は自分のケツは自分でふけたみたいだし、まぁよかったじゃないか。それはもう責任を取れたと言っていいんじゃないかな」


「は、はぁ……そうでしょうか」


「それより、僕が消された後どうなったか詳しい話を教えてくれないかな? 他のイレイザーにも報告しなきゃならないことだしね」


「……分かりました」


 真也はこれまでのことを全てを部長に報告した。


「そうか……最後はその魔術書をイレースしたことにより、すべては元に戻ったわけか」


「えぇ。それによってライムが召喚されなかったことになり、部長をはじめとするライムにイレースされてしまったイレイザー達も復活。そしてそのイレイザー達が過去にイレースしていたカオス達は再びいないことになってしまったようです。少しややこしい話ですが……」


「それで、その織上千沙の記憶はすべて消えてしまったんだね?」


「えぇ、あいつのスライムは最後にイレースの能力を槻木さんへと返還し、その影響下にあった千沙からイレースの記憶を引き継ぐ力はなくなりました。あいつにはカオスの記憶もイレイザーの記憶も何もなくなってしまっていると思いますよ」


「そっか……」


 腕を組んで視線を上に向けて唸る部長。すると真也は部長の前まで歩き、机に両手を置いた。


「部長……そのことで一つお願いしたいことがあるんです」


「ん……?」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 真也が部室塔の屋上に上がるとそこには千沙の姿が見えた。千沙は魔術書を片手に魔法陣を描いているようだった。


「千沙」


 千沙は真也の姿に気づくと肩をビクつかせて真也の方を振り向いた。


「し、真也」


「……何してるんだ?」


「え、えっとそれはその……」


 千沙は少し口ごもったあと心の声を吐露し始めた。


「わ、私、この世に普通じゃないものがあるってこと、きっときっと証明してみせるから! そうすれば……不思議なことが本当に起これば真也、オカ研にまた戻ってきてくれるよね?」


「……」


 やはりそうだ。記憶がなくなってしまった千沙からはあの事件の教訓さえもなくなってしまっている。おそらくこのままではまたいずれ千沙は何かしらのカオスを呼び寄せてしまうだろう。真也にその存在を認めさせ、日常部から真也を奪い返すために。


 そして千沙自身は決してカオス自体を望んでいるというわけではないはず。真也と一緒に過ごしたい。ただそれだけでよかったのだ。そのためだけにあれだけの騒動を起こしたのだ。


 だとしたら……。


「千沙」


「な、なに……」


「……話があるんだ」


「はなし……?」


 ◆ ◆ ◆ ◆


「というわけで、今日から俺の推薦で日常部に入ることになった織上千沙です」


 日常部の部室。真也が千沙を隣に立たせ、三人へと紹介する。


「み、みなさんどうかよろしくお願いします!」


 ペコリと頭を下げる千沙。その千沙に三人が拍手をする。


「うん、よろしくね千沙さん」


「よろしく頼むぞ、千沙」


「はいはいよろしく」


 真也を含む、日常部のみんなは笑顔で千沙を出迎えた。


 千沙はこのまま真也と違う部活で居続ければいずれカオスを呼び出すことになってしまう。しかしながら今更真也はオカルト研究部に戻るというわけにもいかない。それで千沙と同じ部活になるとすれば千沙を日常部へ引き込むしかないだろう。それが真也の出した答えだった。


「えっと……それで日常部って一体何をすればいいんでしょうか」


 顔を上げた千沙は少し不安そうな顔で四人を見た。


「そうだな。カードゲームでもしようか? 四人でやるよりも五人でやったほうが盛り上がるよね。とりあえずそこに座りなよ」


「は、はい!」


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