第28話 決戦2
「な、なぜ……」
「あはは、こんなこともあるかと思って、予備の体をこの地下空間に配置してたんだ」
「予備の体……?」
滅茶苦茶やってるのに千沙は案外用心深いようだ。
ライムは真也に向けてじわじわと距離を縮めてきた。
真也はライムに向かって銃を構える。
「知ってるよ。その銃……初心者はあまり撃てないんでしょ」
「あぁ、そうだな。千沙……勝負だ。ライムの体が消滅してしまうのが先か……俺のイレースエネルギーが尽きるが先か!」
そして次の瞬間ライムの触手が真也に向けて伸びてきた。その触手に向けて引き金を引く。
ドパッ! ドパッ!
一発一発が重い。どんどんエネルギーが消耗されていくのが真也には感じられた。真也自身、どちらが先に力尽きるのか分からなかった。ここまで来ればただただ引き金を引くしかない。
「真也……どうしてなの……」
ライムと真也、二人の攻防の中で千沙が真也の後方から声を掛けてきた。
「どうして私のこと、そんなに否定するの……私はずっとずっと真也の傍にいたよ!? そしてそして真也の望み通りに動いてきたのにっ!」
千沙の言葉にも関わらず真也は攻撃をやめなかった。
「それは……」
真也は戦う理由、心の声を吐露し始めた。
「確かに俺はずっとこのカオスな世界を望んでいたのかもしれない。日常を壊したかったのかもしれない。でも……そのために入ったはずだった日常部にずっといて、そこで生活していく中で、別の大切なことに気づき始めたんだ」
「別の……?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
すでに休みなく三十発ほどは撃ち続けただろうか。血が抜けていく感覚。目がかすむ。心臓の回転は速くなり、息が上がる。それでも真也は引き金を引くことをやめなかった。
「最初はバカにしていたさ……日常部に入ってからも意地になっていた。素直に笑わなかったかもしれない。でも……本当は楽しかったんだよ。あの日々が、あの日常が……!」
「そ、そんな……そんなのって!」
すでにそのとき、ライムの体からはもうあと一撃程度の攻撃しかできないほどの大きさまで縮まっていた。そして真也にもイレースエネルギーの限界が来ていた。
「だから俺はあの日常を守る……俺は日常部だからな……!」
これ以上は撃てない。撃てば倒れる。そう判断した瞬間真也はハンドガンの横のボタンを親指で押しスフィアを露出させた。それと同時に左手でホルダーからイレースソードを取り出す。銃を投げ空中でスフィアだけをつかみ取ると、イレースソードにスフィアをはめ込んだ。
スイッチをスライドし黒い光が柄から解き放たれる。
そして真也はライムの元へと走り出した。それと同時にライムも力を振り絞るような攻撃を真也へと向けてくる。
「うおぉぉッ!」
真也はまっすぐに向かってくる触手を横に避け、倒れながら下から上へと切り裂いた。
その断面から黒い煙が噴出し、蒸発するように触手が消失していく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ライムの体の横に来た真也は立ち上がりライムへと切っ先を向けた。ライムはもう何もしてくる様子はない。それも仕方ないのかもしれない。その体はすでに目玉とコアを支えるだけで精一杯な大きさに見えた。もう攻撃をするような余力は残されていないのだろう。
「そ、そんな……」
絶望する千沙の声。
「結局、お前と過ごしていたあのカオスを求める日々も、特に何も起こらなくたって、それはそれでそれ自体、俺は好きでやっていたのかもしれない」
真也はそのままの体勢で千沙へと目を向けた。
「お前だって本当は分かってるんだろ? こんな不幸ばかりの世界、間違ってるって」
「それは……」
「そろそろ元に戻そうぜ。俺たちの日常に帰ろう」
千沙は俯き、しばらく返答に迷っていたようだが、
「ダメだよ……」
「え……」
結局真也にとって良い返事はもらえなかった。
「真也の気持ちは分かった……私たちの日常って言ってもらえて嬉しかったよ。でも……元に戻すためにはライムをこの世から消さなきゃならないってことなんでしょ」
「それは……」
真也はライムへと再び目を向けた。するとライムもまた真也へと目を向けていた。
「ライムはね……この世界に来てからずっと私と一緒にいてくれてた。その子は私の家族なの……それにこの事態だって、元はといえば私が命令してやっただけなんだよ。ライムには何の罪もない。消させることなんて……出来ないよ」
そう言われてしまうと真也にも何も言い返すことが出来なかった。ライムに情がわいてしまっているのは千沙だけではないのだから。
「そ、そうだ! やるなら私を消してよ!」
「え……」
「私のカオス値は100を超えてるんだよね!? だったら私はもう人間じゃない……その子と同じカオスのはず。カオスはこの世にいちゃいけない存在なんでしょ!?」
「ちょ、ちょっとそれは……」
「だから私を……! そうすればすべてうまくいくから!」
「その必要はないぞ」
その時、地上から何者かの声が聞こえてきた。二人は上へと視線を向ける。
「エイル……?」
ヒュルリと地上から飛び降りてくるエイル。真也はそれで足が壊れてしまいそうだったというのにエイルはいとも簡単にストンと床面へと降り立った。
「お前……大丈夫なのか?」
「あぁ、もう問題ない。魔力の回復は進んでいるからな」
エイルは本当になんともなさそうな顔をしている。そして真也から千沙と視線を切り返した。
「織上千沙、私からひとつ提案がある」
「て、提案……?」
千沙は眉を軽くひそめながらエイルを見た。
「あぁ、決してすべてがうまく行くという話ではないがな」
「……何、その提案って」
「イレイザーの能力は決して生物だけに有効というわけではない。ならば召喚に使用した魔術書をイレースすればよいのではないか? そうすればそのスライムはこの世界に来なかったことになるだろう」
「……なるほど」
真也はエイルらしくないアイディアに顎にコブシを当てて納得した。
「そうすれば……ライムがこの世界に来なかったことになれば、部長がイレースされることもなくなるし、当然こんなカオスにあふれた世界にはならなくなるわけか。しかし……」
真也はライムへと目を向けた。
「……つまりそれはライムと千沙の金輪際の別れになってしまうということだ」
「……」
千沙はそれを聞き、ライムに目をやり少しの間悩んでいたようだが、
「分かったよ……」
覚悟を決めるようにそう返事をした。
「仮にさっき私が言ってたように私が消えてなくなってもライムが異世界に帰ることには違いないし……そうすることにする」
「そうか……」
しかし、その時真也はこのままライムを異世界に返してはマズいのではないかと気づいた。
「それと……ついでというのは何だけど……もう一つお願いがあるんだ」
「……何?」
「ライムの能力を槻木さんに返してほしい。部長がイレースされてもライムからイレイザーの能力が消えなかった。ってことは、おそらく本をイレースしても能力が槻木さんに戻らないと思うんだ。そんなことが出来ればの話だけど……」
「ライム……返すこと、できるの?」
するとライムは残り少ない体で頷くような動作をしてみせた。
「でも……つまり、ライムが能力を返すってことは私もライムも今までの記憶を引き継げなくなるってことなんだね……」
「あぁ……おそらく。槻木さんの様子から察するに、本を消去してしまえばカオスの記憶自体お前からなくなってしまうだろうな」
「……分かった。そうだね、その能力も元々私たちのものじゃなかったんだもんね……」
するとライムは体の中からイレイザーのスフィアを出現させた。それを真也が受け取る。これで能力は杏里に戻ったということなのだろうか。
そこから真也は千沙に肩を貸し、三人と一匹でオカ研へと向かった。
「これ……」
本棚から千沙がライムの召喚に使ったという魔術書を取り出す。
それから千沙の要望で最初にライムと千沙が出会った場所、部室棟の屋上へと皆で向かった。
屋上の中央当たり、魔法陣が書かれていた場所でしゃがみ込み向かい合う千沙とライム。
「じゃあ……最後に言っておくことはないか?」
真也の手には既に魔術書、そしてイレイザーソードが持たれていた。
「ライム……!」
ライムの体を抱きかかえ頭を寄せる千沙。千沙のライムに対する愛情の深さというものが真也にも伝わってくるようだった。
「今までありがとう……私のわがままに付き合ってくれて……私の傍にずっといてくれて……元の世界に戻っても元気でやっていくんだよ……!」
「……」
千沙はぽろぽろと涙を零している。いつやるか、なんて本人達に聞くのも酷な話だろう。
真也はイレースソードを起動させ魔術書を空中に放り投げてそれをぶった切った。
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