第19話 ゴキブリと嫉妬心
しかし、それから三十分ほどでエイルの携帯から真也へ電話がかかってきた。
『あ、マスター!』
「どうした?」
『じ、実は先ほどコンビニに出掛けて家に帰ってきたのだが、部屋の前に変な虫がいるのだ』
「変な虫……?」
『あぁ、全身真っ黒で触角が生えている。そしてさっき少し近づいたらものすごいスピードで移動したのだ!』
エイルは若干震えるような声で真也に訴えてきている。
「あぁ……そりゃあゴキブリだな」
『ゴ、ゴキブリ……? なんだそれは名前まで気持ち悪いではないか!』
「……で、そのゴキブリがいたから何なんだ?」
『ダ、ダメなのだ……見た瞬間に悟った、あれだけは私の中で許容出来ん存在だ……』
「お前……あの巨大蜘蛛にかじりついたんだろ?」
『それとこれとは全然違うだろう! なんとおぞましい存在だ……とにかく私はあれがいるせいで家の中に入れないのだぁ!』
エイルはまたいつものようにダダをこねている。エイルはサーバントだというのにマスターである真也の方が完全に世話係になっていると言えるのではないか。
「さっきお前の家から帰ってきたばっかりだってのに……まぁいい分かった。すぐ行くからそこで待ってろ。退治してやるよ」
『お、おぉ、さすが私のマスターだ!』
真也は一階にあった殺虫スプレーを手に取り家を出てエイルの元へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
千沙はその時、いつものようにリュックにライムを入れて雑草を食べさせるためにボロ屋敷へと向かっていた。
「ふんふんふ~ん♪ 待っててねライムーもうすぐごはんの時間だよー」
最近千沙はご機嫌だった。あの日、ライムのことがバレてしまって以来、真也との関係が改善されているような気がしたからだ。先日も二人と一匹でボロ屋敷へと出向きオカルトについて語り合った。
そうだ真也の心は決して自分から離れたワケではない。これからもきっとこんな関係が続いていくに違いない。千沙がそんな確信を心の中で持ったときだった、
「ん……?」
道の先に真也の姿が千沙の目に入った。
「あ、しん……」
呼びかけようとして千沙は口をつぐみ足を止めた。真也の更に先にエイルの姿が見えたからだ。二人は街灯が照らす下で落ち合うとエイルがいた方向に向かって歩き出した。
「……」
エイルのことはこの前真也が千沙に教えてくれた。なんでも彼女は異世界の戦士で真也が召喚してしまったのだとか。
彼女も最初現れた時はカオスとして認識され日常部に消去されかけたが今はカオス値が下がりロシアからの留学生として普通に生活しているらしい。
あの二人、学校の中だけでなく、こんな夜にまで会ったりしているのか。千沙は建物の角からその様子を見守ることにした。一体二人でこれからどこで何をするのだろう。
「……!」
二人はすぐ傍にあるマンションへと入っていった。ここはもしかしてエイルの住んでいる家? 千沙がその場にたたずんでいると外にある共有廊下に二人の姿が再び見えた。
次の瞬間千沙の中でありえないことが起こった。なんと二人が立ち止まったかと思ったらエイルがいきなり真也に抱き着いたのだ。真也の胸に顔を埋めている。
そんな……そんな……。
「ッ……」
千沙はその光景に耐えられず気付けばその場から駆け出していた。
◆ ◆ ◆ ◆
千沙がマンションから離れる少し前。
真也はエイルのマンションにたどり着き、ゴキブリの姿を探していた。
「……いないな」
「そ、そんな……! さっきまでは確かにここに……!」
「まぁ、そんなこともあるさ」
真也がさっさと諦めて踵を返そうとすると、エイルに肩を掴まれて止められた。
「ま、待て! 今ここで見失えば私はいつ寝首をかかれるか分からんではないか!」
「んな大げさな……」
その時、エイルの後方の壁に何か黒いものが張り付いているのが真也の目に入った。
「あ、そこにいる」
「ひ、ひぇッ!?」
「おぁッ!?」
真也がそれを指摘した瞬間、エイルは真也に飛びついてきた。真也の体をガッチリと掴んで離さない。
「ちょ、ちょっと」
「う、うぅ……た、助けてくれマスター」
エイルはぎゅっと目をつむり真也の胸に頭を押し付けている。
「……お前のせいで何も出来ないだろうが」
その時だった。真也の耳に駆け足のような音が聞こえた。
「ん……? なんだ……?」
首を捻り下の道路に目を向けると、誰かが走り去る姿が一瞬見えた。何だろう。いや、そんなことより今はこの状況だ。再び真也がゴキブリがいた壁へと目を向けると、
「あ……」
ゴキブリがブーンと羽ばたき二人に向かって飛んできた。
「え……?」
そして気付けばエイルの腕に止まっていた。エイルはその感触に気づき、目を向ける。
「イギャヤアアッ!!!???」
神に選ばれし戦士の叫び声はそのあと110番通報されるほどには大きかった。
◆ ◆ ◆ ◆
千沙はいつものボロ屋敷までやってくるとベンチにリュックを下してその隣に座った。気づけば目尻から涙があふれ出てきている。
千沙がその涙を手のこうで拭いていると、ライムが器用にもリュックのふたを伸ばした触手で内側から開いて中から出てきた。
「ライム……あの二人……やっぱり付き合ってるのかな……そうだよね。一人暮らしのマンションの前で抱きしめ合うなんて……」
きっとそのまま真也はあのマンションの一室へと入っていったのだろう。だとしたら、今頃二人は……?
「うぅ……!」
千沙は自身の頭を両手でくしゃくしゃとかき乱した。その先の事なんて考えたくもない。
「なんで……なんでこんなことに……」
エイルが現れるまで、真也がオカ研を辞めて日常部に入るまではずっと千沙は真也のことを独り占めで出来ていたはずだったのに。いつも真也は一緒にいてくれてたはずだったのに。
「そうだ……やっぱり真也が日常部に入ってからすべてはおかしな方向に向かい始めたんだ……真也はあの日常部に心を奪われてしまってるんだ……真也を日常部から取り戻したい……あの異世界人から奪い返したい……!」
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