第18話 引っ越しパーティー
月曜日の放課後、真也は部室に出向き千沙の事を報告することになった。
「それで桐嶋君、千沙さんのことで何か分かった?」
「あ、あぁいえ……特にこれと言っては……」
「そうか……」
部長は机の上で両手の平を組んで少し難しそうな顔をしている。
「まぁまだなんとも言えませんし、千沙の事はちょいちょい様子を見ておくことにしますよ」
「そうかい? じゃあ頼んだよ」
真也はバレやしないかと少し動揺していた。他の者が調査に入るとか言われたら庇いきれないかもしれない。真也がそんな事を危惧した時だった、
「あ、そうだ」
部長が何かを思いついたようにパンと両手を顔の前で叩いた。
「な、なんですか?」
「ついにエイルさんの身分証明書各種が出来上がったんだ」
「へ、へぇ」
心の中で安堵の溜息をつく真也。どうやら千沙の話はさっきので終わっていたらしい。
部長は金庫から証明書を取り出し長机の上へと置いた。
「これがパスポート、これがビザ、これが外国人登録証明証だ」
「はえーすごいですね」
ちゃんと三つの身分証明書には以前に部室で撮影したエイルの顔写真が入っている。
「これは国が発行した本物だから気兼ねなく使っていいよ」
「ありがとうございます。ほら、これお前のだからな」
真也がエイルに目を向けると、エイルはよく分かっていなさそうな顔をしていた。
「ふむ、よくわからんが礼をいうぞ」
真也はその様子に彼女自身にこれらの証明書を管理させていいのか不安になった。
「これでとりあえず銀行の口座が開けるね、印鑑はもう作ったんだっけ?」
「あ、はい」
印鑑に関してはハンコの専門店に行き『ヴァリエル』という文字がカタカナで掘られたものを特注で作ってもらった。
「口座が開けたらそこに今後の生活費を振り込むから」
「分かりました」
「そのあとは家探しだね。保証人はこの学校を運営している学校法人がなることになったから特に問題なく借りることが出来るはずだよ」
「学校が……?」
そんなことが可能なのか。真也のイメージでは保証人というものは親族に頼むというイメージがあったが。まぁエイルにはこの世界には親族どころか同じ国の人間すらいないわけだが。
「本当色々とありがとうございます」
「なに、これも日常部部長としての仕事だからね」
ここまでしてくれる部長をはじめとする日常部、いや、イレイザーの組織を騙すようなことをしてしまって、少し真也には罪悪感のようなものが芽生えた。
◆ ◆ ◆ ◆
銀行口座を開き、お金が振り込まれ、水曜になるとエイルと真也は二人で駅の近くにある不動産に出向くことにした。もうすでにネットで物件の目星はつけ連絡はしており。不動産にたどり着くとすぐに目的のマンションへと案内されることになった。
「いかがですか?」
案内された部屋は1Kでトイレと風呂はユニット型。防音は鉄筋コンクリート造のためそれなりにちゃんとしていそうだった。外観もなかなか小奇麗だったし、別に女が一人で暮らしていてもおかしくはないだろう。
このマンションは真也の家から歩いて五分程度、走れば二分くらいでつくはずだ。今エイルの住んでいるホテルは自転車を使っても十五分ほどは掛かってしまうので、毎日のようにエイルの世話のためホテルに通っている真也にとって家が近いというだけでもこの物件は素晴らしいもののように思えた。
「俺はいいと思うけど、お前はどう思う?」
「……よくわからないが、マスターがそういうのであれば別にいいのではないか。キッチンもあるみたいだし。ん……? だが冷蔵庫とテレビがないみたいだぞ?」
その回答に不動産の社員が「え?」と言った様子でエイルを見ている。この言動、入居審査に響かないだろうか。
「そういうのは自分で用意するんだよ」
「ふむ、そうか。ならば何も問題はないな」
エイルはここ最近すっかりとテレビっ子になってしまっているようだった。おそらく購入しなければまた駄々をこねてくるだろう。まぁこの世界のことを知るためにもあったほうがいいかもしれない。それで勉学がおろそかにされてしまうのは困るが。
「よし、じゃあここでいいか。さっさと決めてしまおう」
そこから不動産屋に戻り真也はエイルに契約をさせた。入居審査には一週間程掛かると言われたが現在ホテル暮らしということを話すと早めにやってくれるように促すと言ってもらえた。
◆ ◆ ◆ ◆
そして日曜日、入居審査が終わり管理会社から鍵をもらい、ついにあのホテルとおさらばしエイルはマンションへの引っ越しをすることになった。
引っ越しとは言っても荷物の量は大したことはなく、たったひとつのスーツケースに収まってしまうほどだった。あのホテルには生活するための物のほとんどが揃っていたからだ。
引っ越しが完了すると、部長と杏里を新居へと呼び、すっからかんの部屋で引っ越し祝いをすることになった。
「それじゃあエイルさん引っ越しおめでとう!」
お菓子を並べジュースを紙コップに入れて乾杯する。
「うむ、ありがとう。私がこの家に住めるのも皆のおかげだ」
「ま、あんたはちゃんと自分の仕事をしてるからね」
「あぁ、そういえば私は傭兵として雇われているのだったな」
杏里の言葉にエイルがとぼけた様子で答える。
「忘れてたのかよ……」
まぁ、まだエイルが仕事としてカオスを倒したことはあの地底人一度しかないのでそれも仕方がないかもしれないが。
「あ、そうだ。実は昨日、私スマホを購入したのだ」
「え? そうなの?」
エイルはそういうと自慢げにポケットからスマホを取り出した。
「へぇ~なんだかあんたも現代人になったって感じね」
「むしろ僕のよりそれ新しい機種だよ……」
「私は別に昔の世界からやってきたというワケではないのだぞ」
「そっかそっか。じゃあ私たちとも連絡先交換する?」
「うむ! まだマスターの連絡先しか入っていないからな」
嬉しそうに部長と杏里と連絡先を交換するエイル。これまで真也のタブレットを使っていたので案外普通に操作出来ているようだった。
「桐嶋君も色々とお疲れさま。これでとりあえずひと段落って感じかな」
「そうですね、色々契約とか初めてやったことばかりで大変でしたよ。まぁ、いい経験にはなったのかもしれないですけど」
「そうね、高校生でそこまでやる人もあんまりいないわよ。これからもまだ何かやらなくちゃいけないことはあるの?」
「そうですね……まぁとりあえずこの部屋何もないんで家具とか揃えないといけないですね」
「あ、マスター、そういえば重要なことを忘れているぞ」
「え……?」
そんな事あっただろうか、真也は一瞬心に何か不安のようなものがよぎった。
「動物園にまだ行ってないではないか」
「……それのどこが重要なんだ。そんなのは後回しだ」
「えー、この前も後回しって言っていたではないか。一体いつになったら行けるのだ」
「へぇ、デートかい? まったく二人はラブラブだね」
部長は朗らかな笑顔を真也とエイルに向けてきた。
「な、なに言ってるんですか、別にそんなんじゃありませんよ。こいつがただ行きたいって言ってるだけです。そんなこと言ったらお二人はどうなんですか」
真也は杏里と部長に目を向けた。この二人は真也とエイルが日常部に入る前、ずっと二人きりで毎日あの部室にいたのだ。何かが起こっていても不思議はない。
「はあ? こいつと私? そんなのないない」
真也の質問に杏里は自身の顔の前で手を振って答えた。
「え……? そうなの?」
すると部長が少し寂しそうな顔で杏里を見る。
「って何よそのマジっぽい反応は!」
「あははは」
三人の中から自然と笑い声がこぼれる。そんな中真也だけはフっと一笑するだけだった。
それから二時間ほどお菓子とジュースがなくなるまで歓談し三人はエイルの家を後にした。
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