第17話 こんなの絶対おかしいよ
「桐嶋君。少し話があるんだけど」
六月の最終日、放課後エイルと真也が部室に入り席につくと部長が話を振ってきた。
「なんです?」
「以前日常部に入ろうとしたオカ研の織上千沙という子がいるじゃない?」
「え? えぇ」
「実は彼女のカオス値が30を超えてるみたいなんだ」
「え……?」
「今日廊下ですれ違って分かったんだけどね。前見た時はこんなことなかったんだけど……」
「30って……あいつは人間ですけど……一体どういうことなんですか」
「100を超えれば例え人間であってもそれはカオスだよ。まぁ彼女の場合、彼女自身がカオスというわけではなく、なんらかのカオスと関わっているせいでカオス値が上がってしまっていると考えたほうがいいかもしれないね」
「なんらかのカオスと……?」
「まぁ、言ってしまえば桐嶋君のような感じなんじゃないかな。君もエイルさんを召喚した当初はカオス値がそれくらいいってたかもしれない」
「そ、そうなんですか」
「それで……一応聞いておくけど、これってエイルさんのせいなのかな?」
「え……?」
どうやら疑いを持たれているらしい。まぁ、それも当然の話だろう。
「いえ、それはたぶん違うと思いますよ。エイルを召喚した時、千沙も隣にいましたけど、あいつにその記憶はないみたいですし……」
真也はエイルに目を向けた。
「お前、なんか千沙に変なこと言ったりしたか?」
「いや、私はその織上千沙とはこれまで話したことすらないな」
「……話してなくても何かを見られた可能性は?」
「私はこの世界では魔物が現れた時以外はこの世界の常識に従って暮らしているつもりだが」
「そうか……ならやはり別のカオスが関わっているのかな……」
エイルの言葉は真也から見ると少し疑わしかったが、部長は一応信じたようだ。
「……分かりました。そういうことなら俺が千沙のこと調査します。あいつとは付き合い長いですし、エイルのせいじゃないと言い切れるわけでもないですしね」
「む……私は何もしてないと言っているだろう」
「お前のなんでもない行動が一番信頼出来ないんだよ」
真也の言葉にエイルは口を尖らせている。
「そうか……そう言ってくれるならお願いしようかな。こっちが探り入れてるってことはバレないようにお願いね」
「分かりました」
「あぁ、そうだ。念のためイレースソードを持っていくといい」
「え……いいんですか持ち出しても」
「あぁ、彼女が何かしらのカオスと関わっているのならそのくらいの備えは必要だ。もし計測値が100を超えるカオスで簡単に倒せそうなら、その場でイレースしても構わない」
「はぁ」
「判断は桐嶋君に任せるよ。君はもう立派な日常部の一員だからね」
◆ ◆ ◆ ◆
次の日の金曜、真也は朝から千沙の動向をチェックすることにした。
家から出て学校へと向かう千沙。とくに変わった様子はない。しかしカオス計測器で千沙を計測すると部長が言っていた通り30を超えていた。計測値は現在32である。
一体なぜ……。
学校の中でも休憩時間などは千沙のクラスに出向き様子を伺う。しかし得に怪しいことはしていない。千沙の行動が少しおかしいと感じたのは放課後になってからだった。
「あれ……」
千沙は部室棟に行かずそのまま学校を出ていった。どうしたのだろう。オカ研には真也がやめてしまったあともちゃんと通っていたはずだが。今更になってやめてしまったのだろうか。
それから千沙はどこにも寄ることなく家に直帰してしまった。
その様子を近くの建物の影に隠れて見守っていた真也はそこから動くことが出来なくなってしまった。ここからどうするべきだろうか。もしかしたら千沙はこのままずっと今日は家にいるつもりかもしれない。
「でも、やるしか……ないよな」
そこから待ち続けること三時間、日はすっかり落ち時刻は二十時になろうとしていた。
「部長……案外ツラいです……もう帰っていいですか」
真也が暗闇の中、民家の塀に寄りかかりそんなことを一人呟いたときだった。
「む……?」
家の玄関から千沙が出てきた。
「なんだ……?」
よく見ると千沙はリュックを背負っていた。中に何が入っているのか想像もつかなかったが、とにかく真也はその姿をつけることにした。
◆ ◆ ◆ ◆
千沙が向かった先は近所にある昔から人の住んでいないボロ屋敷だった。そこは高い塀で囲まれ中は雑草に覆われているはずだ。千沙は壊れかけた門を開けて中へと入っていく。
もうこのあたりで真也は千沙にはやはりエイルとは関係のない何かがあるのだという疑い、いや確信のようなものを持っていた。
真也はその屋敷に近づき、千沙の姿が見えないことを確認すると、門を抜けて中へと入った。
中は一部雑草がなく道のようになっていた。
奥へと進むと千沙の姿が見えた。屋敷の前にあるベンチに座ってリュックを開けている。
あれは……。
千沙のリュックから出てきたもの。それは赤い液体のようなものだった。いや液体というには粘度が高い。地面に降りてしまってもその場で広がらず形を保っているようだった。
赤い……スライム……?
赤いスライムは千沙から離れると草むらの中をするすると移動し始めた。生きている。間違いない、あれはカオスだ。どんな経緯であんなものと出会ったかは知らないが千沙はどうやらあのスライムを飼って散歩させているということなのか。
真也が計測器をポケットから取り出し計測してみると画面にはカオス値122と表示された。
「……」
◆ ◆ ◆ ◆
「千沙」
真也は草むらから出て千沙に話しかけた。すると千沙は肩をビクつかせて真也の方を見た。
「え……し、真也!? な、なんでここに」
「それは……」
「あ! 出てきちゃだめ!」
草むらから現れた赤いスライム。よく見ると目玉のようなものが体の内部に入っており、それは真也の方を向いていた。目玉のほかにも何だかもう一つ玉のようなものが入っている。千沙はしゃがみこみ、スライムを隠そうとした。だがもうその行為には何の意味もない。
「千沙……そいつどうしたんだ」
「こ、この子は……私が召喚したの。オカ研の魔術書通りにしたら成功しちゃったの」
「そうか……なるほどな。あの時の部長の勘は当たってたってことか」
真也はポケットに手を忍ばせ、イレースソードを手に取った。
「ダ、ダメ! この子を殺さないで……!」
すると千沙が立ち上がり自らの体を呈するように両手を広げスライムと真也の間に入った。
「千沙……?」
千沙の態度に真也はどこか違和感を覚えた。まだブレードを出現すらさせていないというのに。まるで真也がこれからやろうとしていることを知っているかのような言動だ。
「わ、私知ってるの! 日常部がどんなことをしているか……この子みたいな普通じゃない子を密かに殺しまわってるんでしょ」
「な……なぜお前がそれを知ってる」
殺しているというわけではないが。まぁ意味合い的には大して変わらないだろう。
「昨日屋上で二人が話してるのを聞いた! この子は私の大事なサーバントなの……死なせたくないの!」
……どうする。
真也は頭の中で考えをめぐらせた。男である真也が女の中でも体が小さく華奢な千沙をここからどかせることはそう難しくないことだ。それに例え千沙を心身共に傷つけても、そこにいるスライムさえイレースすれば千沙からカオスの記憶は消え全てはなかったことになるはず。だが、千沙を無理やりどかせることには抵抗がある。できれば自らここからどいてもらいたい。
「千沙……そのスライムは危険なんだ。カオス値ってのが100を超えてしまっている。消去しなくてはならない対象だ」
「そんな……この子は何も悪いことなんてしてないよ。私と普通におとなしく暮らしてるだけだもん! 食事だって雑草食べれば生きていけるんだもん。何そのカオス値って! そんなよくわからない基準の数値で真也はこの子を殺しちゃうんだ……自分で何も考えようともせずに……そんなのっておかしいよ!」
「う……それは……」
予想外の千沙の言葉の反撃に真也はたじろいだ。
そうだ、エイルだって最初はカオス値が100を超えていた。しかし今はそれなりにこの世界に馴染んでうまくやっている。もしかしたらこのカオスもそうなってくれるかもしれない。
「でも……本当はそういうことじゃない」
「え……」
真也が思い悩んでいると千沙が顔を伏せてよく分からないことを口走り始めた。
「たとえ危険だったとしても、真也はこの子を見逃すべきだよ」
「な、なにを言ってる……」
すると千沙は一歩前に踏み出し顔を上げて真也を見つめた。
「ねぇ、真也ってなんで日常部に入ったの。真也は前、特別な事なんてどうせ起こらないからオカ研辞めたって私に言ってたけど、あれ、嘘だったんでしょ。むしろそれは逆で日常部は非現実的な部活だと知ったから……だから真也はカオスな世界を追い求めて日常部に入った。きっとそうだよね」
真也はその言葉に一度視線を虚空に向けて過去の自身の心境を思い返した。
「……あぁ、その通りだ」
「じゃあよかった!」
すると千沙は目に涙を浮かべながら真也に抱き着いてきた。
「ち、千沙……?」
「私ずっと不安だったんだよ。真也がいきなりオカ研やめて、エイルって外国人と日常部に入って、部室は隣だったけどずっとずっと遠くに行ってしまったような気がして……」
千沙はぐずぐずと鼻をすすって泣いているようだった。
「でも本当は真也は何も変わってなんていなかったんだ。日常部の秘密を他の人に言えないから私に話せなかっただけなんだよね」
「まぁ……そうだな」
「だったら、この子を……日常部の言うカオスを消すのはおかしいよ」
「……」
「真也は日常を壊してしまいたかったはず。そのために日常部に入ったはずだったのに今はその日常を守るために活動してる。それって……真也の行動って矛盾してるじゃない」
「それは……」
「だから……本当にカオスな世界を求めてるんだったら、この子を殺すなんて言わないで」
千沙から言われた事は確かに真也も最近感じていたことだった。
最初日常部に入ったとき真也はカオスを追い求める一心だったはず。しかし、カオスに出会えるとは言ってもそれは見つけてしまえばすぐにこの世から存在ごと消し去られてしまうのだ。いくら出会えてもそれはすべてなかったことになってしまう。誰から認められることもない。
「……千沙、顔を上げろ」
「え……」
真也は千沙の肩を掴んで自身の体から引きはがし、千沙の顔をまっすぐに見つめた。
「……確かにお前のいう通りだな。俺は本来の目的をいつの間にか見失っていたのかもしれない。わかったよ……そいつは消さずに黙認することにする」
「ほ、ほんと?」
「あぁ、カオス値は100を超えてるけど攻撃してくるとかそういうこともなさそうだしな。でも部長や槻木さんに限らず他のイレイザーがそいつを見つけたら迷わずイレースしようとすると思う。俺じゃあ他のイレイザーを止めることは難しそうだ。だからこれから先他の誰にも見つからないように気をつけろよな」
「うん……わかった」
その時真也の目に千沙の足元にすり寄るスライムの姿が目に入った。
「この子の名前ってライムっていうんだ。私がつけたんだよ」
「へぇ……」
「この子本当にかわいいんだよ。来て」
千沙が手を差し出すとライムはその手を伝って千沙の肩へと移動した。半透明な体の中にある丸い目玉二つが真也の方を向いている。
「真也も手を差し出してみなよ」
「……」
そう言われて真也はライムの方へと手を差し出した。すると、
「ひ、ひぇッ!?」
ライムは真也の腕を伝って今度は真也の肩に乗ってきた。
「あ、真也ビビッてるぅ」
千沙が真也の顔を指さしてる。
「べ、別にビビってなんか……」
「ふ、ふふふ……」
すると真也と千沙はお互いの顔を見合い、
「あはははは」
一緒に腹を抱えるようにして笑い出した。
「あーおかしい。何だか真也とこんなに笑ったのって久しぶりな気がする」
「……そうだな」
「よかったね。これで特別なものにやっと出会えたんだから」
「あぁ……」
真也と千沙はベンチに並んで座り二人で空に浮かぶ月を眺めた。千沙の膝の上にはライムが乗っていて、千沙はそれを手で撫でている。
「ねぇ真也」
「ん?」
「日常部って一体何なの。詳しく教えてよ」
「あぁ……そうだな」
真也は日常部の事を詳しく千沙に教えることにした。そうしなければ千沙が何かヘマをしてライムのことがバレてしまうと思ったからだ。
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