第15話 あまりにも日常

 地底人が街を襲ってから一週間後の月曜日。


 放課後、部長と真也は二人で将棋を指していた。ちなみにエイルと杏里は現在二人でお菓子とお茶葉の買い出し中である。


「む……むむ……」


 部長の次の一手がなかなか打たれない。


「わ、わかったぞ! ここだ!」


 と思ったがやっと次の一手が決まったようだ。


「って、あぁしまった!」


 駒を盤上に置いた直後部長が声を上げた。どうやら打ったはいいが悪手だとすぐに気付いてしまったようだ。


「え……間違ったなら、やり直してもいいですよ」


「い、いや、そういうのは僕は許せないんだよ。このまま続けよう」


 それから数分後、部長はあからさまに置いてはならない場所に王を移動させてしまった。


「えっと……ならこれで詰みですね」


「え?……あぁ! 本当だ! ……僕の負けだよ。桐嶋君、強いね将棋」


「そうでしょうか」


 というよりは部長が弱すぎるように真也には感じられた。


 その時部室の扉が開かれた。どうやら二人が戻ってきたようだ。


「ただいまー買ってきたわよ」


「おぉ、おかえりなさい二人とも」


「見てくれマスター、これはグミというものだぞ。杏里に買ってもらったのだ」


 杏里にエイルの事を任せても何ら真也には不安はなかった。何だか最近はいい友人になってしまっているように感じられた。最初は敵だったという事を思えば不思議なものである。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 部活が終わると真也はエイルのホテルに出向き勉強を教えた。とは言ってもエイルは今数学の問題集を解いていて、真也はエイルの夕飯を作っている最中である。


 こんな日々が続いているせいか、真也の料理レパートリーが増えてきた。


 ちなみに今日のメニューはオムライスである。半熟の卵をライスの上に乗せて割るなんて方法があるらしいが今のところ真也には出来る気がしなかった。


 そして肝心のエイルの勉強だが、思った以上に難航していた。


「……分からぬ」


 エイルは机にかじりつくようにしてぼそりと呟いた。


「分からぬー!!」


 ムキーと拳を振り上げるエイル。何度こうやって頭が爆発したのか。もはや数えきれないほど見た光景だ。


「俺が料理終わらせるまでにそれ終わらせとけよ。このままじゃお前マジで留年するからな」


「……留年って私は果たして来年までこの世界にいるのか? 魔族の情報は全然ないのか」


「それっぽいのはないって話だろ。お前ひとりで探すことはどうせ現実的な話じゃないんだ。そういうことは見つかってから考えるんだな」


「うぅ……」


 エイルに勉強の指導をして真也が自宅に帰るともう午後十時になっていた。一応親には部活が変わって忙しくなったのだと説明している。


 自身の食事を終え風呂に入る。もう気付いた時には寝る時間だ。


 真也自身の勉学についてはどうなっているのかと思われるかもしれないが、エイルが勉強している時に同時にやっているので案外はかどっていた。エイルに質問されたら答えなくてはならないので、責任感で勉強する。なんだか以前よりも成績が上がってしまいそうな気が真也の中でしていた。


「さて……もうそろそろ寝るか」


 午後十二時半。真也は照明を落とし寝床についた。明日やらなくてはいけないこと、今日起こったことを頭の中で整理しながら眠気が到来してくるのを待つ。


 …………


 ……


 …


「……って何をしてるんだ俺はっ!?」


 一分ほどして真也はガバッと上体を起こして自分自身に突っ込みを入れた。


「こんなはずじゃなかった、こんな生活を送りたいわけじゃなかったはずだ……」


 暗い部屋の中、自身の手のひらを見つめ、改めてここ最近の自身の生活を振り返ってみた。


 最初は良かった。地底人が現れてくれたからだ。しかしそれ以降真也は何をしてきただろう。


 そうだ、トランプだ。大富豪、ババ抜き、七ならべ。あらゆるゲームを四人で競い合った。


 あとはエイルがこの世界のいろはを知らないこともあって凧上げやヨーヨーをして遊んだり休日まで四人で会ってゲームセンターやボウリング場、ビリヤード、映画館にも行ったりした。


 部活が終わってからはエイルと一緒に料理を作ったり勉強を教えることが多かっただろうか。


 つまり『とっても』と付け加えていいくらいに真也は日常を過ごしていたのだった。


「俺はもっと特別なものを望んでいたんじゃなかったのか……」


 そうだというのに気づけばどうだろう。特別を求めたがために召喚したエイルは毎日皆と同じ制服を着て学校に通い勉強をし部活動を行っている。神に選ばれた異世界の戦士はどこに行ってしまったのか? どんどん普通化して行ってしまっていると言えるのではないか。もはや彼女の特別なことを挙げるならば見た目が白いことくらいだろうか。


「俺はもっとカオスな世界を求めていたはずなんだ……」


 しかし気づけばどうだろう。そのカオスに出会うために入った日常部、カオスと出会えるのはいいが、その存在を真也自らが消してしまっているではないか。


 そうだ、このつまらない日常を壊したかったはずだったのに、むしろ守る立場になってしまっているではないか。


「俺は……このままでいいのか……」


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