第14話 出動2
それから二十分ほど走行しただろうか。
「いたぞ……カオスだ!」
部長が声を上げバイクを路上に止めた。ふぅとため息をつく。まだ何も始まっていないというのに真也は何だか既に気疲れしてしまっていた。
バイクを下りると後方から女子二人もやってきた。あの運転に普通についてきたのか。
辺りを見渡すと地底人による被害が見受けられた。車が建物にぶつかったままになっていて煙を上げていたり、人が道端倒れて動かなくなっている人もいる。これはバイクでなければここまでなかなかこれなかっただろう。
叫び声が聞こえる。十字路の左の先を見るとテレビでみた地底人がいるようだった。毛に覆われた巨体。棍棒を持ち人々を襲っている。
「カオス値159。イレース対象よ」
杏里が言う。地底人を見る真也の被るヘルメットの内側にも同じ数値が表示されていた。
「159か。なら大した相手じゃねぇはずだ」
部長がヘルメットを外しバイクの上へと乗せる。
「え……でも……159ってエイルの初期の値より高いですよね」
真也は先日の戦闘を思い出す。確かエイルのカオス値は最初124だったはずだ。エイルは一人で日常部の二人を圧倒するほどの強さを持っていたはずなのに。それを上回るなんてとんでもないことではないのか。
「カオス値ってのはあくまでこの日常に混沌をもたらす危険度なの。エイルは元々こちらに敵意がなかったからあの強さでも大した数値ではなかった。あのカオスは完全に人類に対して敵意をむき出しにしているのに159。つまり戦闘能力は底が知れてるってこと」
「なるほど……」
杏里の解説に納得する。その個体の意思次第でかなり変動してしまうということらしい。仮にエイルが完全に敵になってしまえばそのカオス値はどのくらいになってしまうのだろう。
「エイルと桐嶋、お前らはあっちのカオス共を倒せ」
「え……」
部長は左側の地底人を指差し真也に指示を出した。ここで二手に分かれるのか。
「桐嶋、お前一人じゃ不安だがエイルがいれば楽勝だろ」
どうやら部長は自身が手合わせしたせいか、エイルを戦力としてかなり認めているらしい。
「じゃあいくぞ。確実に殲滅させろ!」
「は、はい!」「了解した」「えぇ」
部長と杏里はさっさと先に行ってしまった。楽勝だとか言われたが本当に大丈夫だろうか。
真也はエイルの姿を見た。もはや最近はエイルのポンコツっぷりにしか目が言っていないだけに不安になってくる。しかし心の中でぼやいていても仕方ない。
「よし……じゃあ行くぞエイル」
「あぁ」
真也とエイルは道の先にいる地底人に向けて走り出した。その瞬間、真也は自身の身体能力の劇的な向上に気付いた。さきほどのバイクほどまでとは行かないが、これなら陸上で世界記録を塗り替えることも容易いだろう。
「やはりすごいなその服は」
「あ、あぁ」
そんな素晴らしい身体能力を手に入れたはずの真也の横にエイルが涼しい顔をして並び、更には追い抜いて行ってしまった。エイルは生身のはずなのだが。一体どうなっているのだろう。
地底人は近づいてくる二人の姿に気付いたようだった。
そしてエイルに向かって威嚇のためか「グオオオオ!」と咆哮を上げた瞬間だった。
バシュ!
地底人の上半身と下半身が分断してしまった。エイルの姿はいつの間にか地底人の向こう側にある。内臓を散らしながらドチャリと落ちる上半身。膝をつきゆっくりと倒れる下半身。あの蜘蛛の時と同じだ。まさに瞬殺してしまったらしい。
「や、やったな!」
エイルの元にたどり着くと真也は称賛の声を掛けた。
「あぁ、あの二人が言っていたように大した相手ではないようだ」
その瞬間エイルは別の地底人に狙いを定めたようでそちらに向けて飛んで行ってしまった。
ボシュ
まただ。エイルは真也が追いつく前に地底人の首をはね飛ばしてしまった。
真也がその場に着くとエイルは別の敵に目を向けていた。マズイこのままでは何も出来ない。
「ま、待てエイル!」
真也は再び飛び去りそうになったエイルを呼び止めた。
「ん? どうしたマスター」
「次は俺にやらせろ。いつまでもお前に頼り切りというわけにはいかない。もしピンチになったら助けてくれ」
「そうか、分かった」
「よし……」
遠方に見える地底人、真也はその元へと向かっていった。しかしそれなりに距離のあるところで立ち止まる。地底人は真也の姿に気付いて振り向いた。
エイルは何の躊躇もなく敵に近づき切りかかっていたが、実際に近づいてみると3mもあるその巨体の迫力は半端なものではなかった。
「ウゴオオオオオオオオッ!!」
次の瞬間、地底人は吠えて真也に向かってきた。エイルも元カオスで今は味方だが、こちらとは仲良く出来なさそうということを真也は本能的に悟った。
真也はベルトから銃を引き抜き両足を開いて地底人に向けた。
「ふッ!」と息を吐きながら引き金を二度引く。
ドウ! ドウ!
すると強い反動と共に黒い光の弾が地底人に向かって飛んでいった。
「!?」
そしてそれと同時に真也は体の血液が抜かれたような感覚に陥った。これがイレースエネルギーを消費するということか。確かにこれは使いすぎれば貧血のような状態になり倒れてしまいそうだ。杏里は雨のように弾をぶっ放していたが、今の真也には到底無理に思えた。
「ぐおふッ!?」
二発の弾はうまく直撃した。地底人の大腿部と胸に二つの大穴が開く。部長が言っていた通りハンドガンとは言ってもかなり威力は高いようだ。
「よし……」
その勢いのまま前のめりに倒れる地底人。転がる棍棒。銃の傷口からは血は流れず黒い煙が発生している。そしてその数秒後、バシュリと一気に地底人の体全体が黒い煙をあげ蒸発するように消えてしまった。どうやらイレースウェポンで敵を倒すとこういうことになるらしい。
「やったなマスター。初陣とは思えぬ冷静さだ」
気づけばエイルが真也の斜め後ろにいた。援護のためか剣を構えたようだ。
「そうか? まぁ銃で遠くから撃っただけだからな。接近戦はまだちょっとキツいかも……」
真也がそんな言葉を発した次の瞬間だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハッ……!」
真也は気が付くと別の位置に移動していた。
「これは……」
エイルも真也のすぐそばにいた。ここは先ほどエイルが二体目の地底人を倒した場所の近くだ。首を失った地底人がすぐ近くに倒れていた。
「エイル……さっき俺があの地底人を撃ち殺した記憶、残っているか?」
「あぁ、もちろんだ」
「そうか……ちょっとそのイレースした地底人がいた場所にもう一回行ってみよう」
◆ ◆ ◆ ◆
その場所までたどり着いた真也は、分かってはいたがその光景に驚いた。
「マスターこれは……」
「あぁ……戻っているな」
ペチャンコになっていた車、割れていたビルの窓ガラス、砕かれた地面、血だまりの中に倒れていた人々、それらが元に戻っているようだった。
「戻った部分の被害は俺がさっきイレースした地底人がやらかした事だったって事だな」
あの地底人がいた痕跡がなくなっている。元からいなくなったことになってしまったのだ。
「そしてあの地底人が元からいなければ俺たちはこの場所に来ることもなかった。だから瞬間移動したってことか……」
「なるほど、これがマスターの力か。なんと素晴らしいものだ」
「よし……この調子で地底人……カオスをどんどん倒していくぞ」
「あぁ」
真也とエイルはその位置から見えた地底人に向かって跳んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆
地底人はそこまで知能が高いわけではない。ただ無作為に地上にある物や人を攻撃しているだけのようだった。そして真也の持つ銃の危険性も理解出来ていないようだった。おそらく銃というものを知らないし、これを使って倒された仲間がいたとしてもその記憶がなくなってしまうので学習出来ないのだろう。
真也は地底人の元を回り作業的に銃を撃ち放っていった。しかし一発ではイレースできず手負いのままこちらに迫ってくることもあり真也は一体につき二~三発の弾を消費した。
「はぁ……はぁ……結構敵の数が多いな」
もうすでに二十体ほどは倒しただろうか。五十発くらいは撃ったかもしれない。
「大丈夫かマスター、魔力の使いすぎだ。かなり疲れている様子だぞ。あまり無理はするな」
「使ってるのは魔力じゃない。でもそうだな……もう今日はこの銃を撃つのはやめておくか」
真也は銃から自身のスフィアを取り出し、右ホルダーに銃をしまった。今度はエネルギー消費が少ないらしいイレースソードに切り替える。左ホルダーからソードの柄を取り出し下の穴にスフィアをジャコンと装填した。
そしてスイッチを前方へ向けてスライドさせると柄の先端から黒いブレードが出現した。
「うん……なるほど、これなら消費は少なさそうだ」
少し剣を振ってみる。エネルギーを外部へ飛ばさないからだろうか、あまり消費していく感覚がない。これならしばらく連続で起動していてもたぶん大丈夫だろう。
「とは言っても接近戦は今のところ自信がない。一応戦えるようにはしておくけど、あとの敵はお前が倒しちゃってくれ」
「そうか。分かった、ではそうしよう」
やはりエイルは強かった。結局それから真也に出番が来ることはなかった。
そして辺りに敵の姿がなくなった事を確認した時だった。耳にピコンという音が聞こえた。誰かから通信が入ったようだ。
『聞こえるか桐嶋』
「あ、はい? 聞こえます」
通信の相手は部長のようだった。
『こっちにはもう敵はいない。そっちの状況はどうだ』
「こっちも何とか全部倒し終わったみたいです」
『そうか。しかし日常に戻れたわけではないな。……もしかしてエイルが倒した死体をそのまま放置してるのか?』
「あ……はい。そうですね」
『そうか。ならその死体を全部イレースしろ。でないとカオスの襲来自体がなかったことにはならんぞ』
「わかりました。あ……でもすみません」
『なんだ』
「俺イレースエネルギーがそろそろ底をつきそうなんです。全部の死体を消せるか少し自信がありません」
『……そうか分かった。ならお前の今日の活動は終わりだ。あとは俺たちが何とかする。少しその辺りで休憩でもしてろ』
「分かりました。すみません、ではお願いします」
◆ ◆ ◆ ◆
それから真也達は人気のないカフェの屋外に置かれていたイスに座って休憩することにした。
注文などしていないがこの街を守ったのだから、これくらいは許されるだろう。
「ふぅ……しかし今日は助かったよ。お前がいなかったらと思うとぞっとするな」
しかし考えてみれば、エイルがいなければ三人で行動することになっていたのだろうからそれはそれで問題はなかったのだろうと思われるが。
「いや、私は私の仕事をしただけだ」
「……そういやお前は日常部、いやイレイザーの組織に雇われて戦ってるんだったな」
「別にそうでなくともマスターの命令とあらば戦闘には参加するがな」
「そうか……にしても正直お前さえいれば今日の敵なんて楽勝だったよな」
「うむ、まぁその通りだ」
「はは、本当戦闘だけは便りになる奴だなお前は」
「……そう褒めるな。照れるではないか」
「……」
どうやらエイルはそれを純粋に褒め言葉と受け取ったようだった。
「あ、あの……」
その時、二人は声を掛けられてしまったようだった。
真也が振り向くとそこには五歳くらいの少女とその母親らしき姿があった。
さらにその後ろには二十人ほどがいてこちらの様子を伺っている。
「そこの方……先ほどはありがとうございました!」
「ん……? 私か?」
「はい! あなたがいなければ私もこの子もあの化け物に殺されていました」
どうやら二人というより話しかけられたのはエイルの方だけだったようだ。
「お姉ちゃんありがとう!」
少女は母の元を離れエイルへに近づきお礼を言った。
「ははは、礼ならそこのマスターに行ってくれ。私はただの傭兵なのだし、敵を倒した数はマスターの方が多かったはずだ」
とは言ってもその敵を倒した真也の勇姿を記憶している者はこの中にはいないと思われるが。
しかしエイルの言葉を少女は信じたようで真也へと体を向けペコリと頭を下げた。
「お兄ちゃんもありがとう!」
「あ、い、いや……どういたしまして」
少女は無邪気な笑顔を真也に向けた。そして一斉に周りの人々から拍手が送られる。
「あ、あははは」
真也はその拍手に応えるように頭の後ろに手を当てて皆に作り笑いを向けた。
これまで周りの人間に殆ど認められた経験のない真也にとって、それはとても快感に思えた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハッ……!」
次の瞬間、真也達日常部の四人は部室でトランプを手にしていた。
「おっと……これは……何だろう、大富豪かなぁ?」
メガネをかけ、前髪を降ろし、制服姿の部長がそんなことを呟く。
見れば女子二人も制服姿だったし、真也自身もそうだった。真也とエイルはカードを机の上に置いて辺りを見回した。テレビでは天気予報士が笑顔で雲の様子を伝えている。外からは運動部の掛け声、カラスの鳴き声が聞こえる。それはまさに日常の風景そのものだった。
「あぁ、ちょっと、手札見せちゃってどうするのよ」
「あーあ、僕せっかくいいカードだったのに……」
「え……? あ、す、すみません」
真也は二人に言われてとっさに謝った。
「あぁでも、もしかしたら革命したあとだったかもしれないね。だとしたら最弱だったかな」
部長がカードを机の上に置いた。確かに2やAなど強いカードばかりが固まっており、革命が無ければ最強だったかもしれない。だがそんな事は真也にとってどうでもいい事だった。
「……全ての地底人をイレースし終わったんですね」
にっこりとした笑顔を部長は真也へと向ける。
「その通りだよ。そのイレースによって地底人はいなかったことになり、街が壊されることもなくなった。イレイザー以外は誰もそのことを覚えてもいない」
まさにあの宇宙から蜘蛛が襲来した時と同じ事が起こったわけだ。
「これで日常は守られた。一件落着ってところだね」
「……そう……ですね」
「さぁ、それじゃあもう一戦やろうか」
するとその時部長がメガネを光らせながら言った。
「え……? 何をです?」
もう地底人は全部倒したはずなのに、一体何と戦おうというのだろう。
「そんなの決まってるじゃない大富豪よ」
◆ ◆ ◆ ◆
部活が終わり真也とエイルは二人で帰路についていた。
「はぁ……」
「どうしたマスター。溜息などついて」
「あぁそれは……」
「まぁそれも仕方ない。やはり初陣というのは誰であろうとショックを受けるものだ」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」
「ん……? ならどういうわけなのだ?」
真也は一瞬悩んだが話してしまう事にした。
「なんか……自分がやったことが全部なかったことになるって達成感ないっていうかね……」
せっかく周りからの称賛を浴びたのに。あの人々はもう真也の事など覚えてもいないだろう。
「ほう……なるほどな。まぁマスターのいう事も分からないでもないぞ」
「そうか……?」
「あぁ、しかし私はそれでもこの世界が平和であるならそれに越したことはないと思うがな」
「……ふっ、お前は立派な奴だよ」
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