第13話 出動

「おかえりマスター。さっきの人、織上千沙と言ったか。彼女は大丈夫だったのか?」


「あぁまぁ……適当に説明して納得させたよ」


「そうか」


 日常部の部室へと戻った真也は三人の座る席へとついた。


「さてと……じゃあ取りあえずの問題は解決したってことでまたトランプでも」


 そういって部長が笑顔でトランプに手を伸ばした時だった。


『えー緊急速報です。え……っと、これは本当なのですか?』


「む……」


 部長は手を止めて、基本つけっぱなしのテレビへと目を向けた。


 ニュースキャスターが原稿とスタッフを交互に見て困惑した表情を浮かべている。


『えー現在新宿区にて謎の暴力集団が現れているとのことです』


 他の三人もその言葉にテレビ画面を注視した。


「暴力集団……?」


『その暴力集団は地面の下から現れ、身長は3mほどあるとの目撃談もあり……あ、ただいま映像が入った模様ですのでそちらをご覧ください!』


 どうやら映像は素人が録画したもののように思えた。街中を飛び回って暴れている何かが見える。一瞬その動きが止まりズームアップされる。


 そいつは手に棍棒を持った巨人だった。筋骨隆々で全身が茶色い毛に覆われている。


「な、なんだあいつは……」


 それは当然ながら常識の中の存在ではなかった。映像は終わってしまったようでまたスタジオへと映像が戻る。


『ご、ご覧いただけたでしょうか! これはCGなどではございません! 現在新宿区で起きている現状のようです! あれはいったい……地底人とでも呼ぶべきでしょうか。区民の皆さまは該当地域からの避難をお願いします!』


「新宿区。私たちの管理区域だわ」


 杏里は冷静そうに席を立ち部屋の鍵を閉める。


 気付くと部長も席を立ち部屋の奥にあるデスクへと向かっていた。胸ポケットに眼鏡をしまい机の中から整髪料を取り出しバッと手に取り頭につけ、後ろに流す。


 クツクツとした笑い声が部長から聞こえてきた。あの顔だ。エイルと戦っていたあの悪人にしか見えない顔へと変貌している。


「来やがったぞクソカオスがぁ。テメーら出動の準備だ!」


 その言葉に真也の鼓動は一気に高鳴った。


「えぇ」「はい!」「了解」


 各々が部長の言葉に返事をする。そして部長の操作により壁際の棚が横にずれ、また以前のように扉が出現した。


「男は右、女は左だ」


 杏里と部長がそれぞれの扉へと入っていく。


「よし……!」


 ついに日常が壊れカオスとの遭遇が始まる。真也はその場で軽く声を上げ拳を握りしめた。


「ん……? マスターどうかしたのか?」


 気付くとエイルが真也の顔を不思議そうにのぞき込んでいた。


「あ、い、いや……なんでもない。じゃお前はそっちだろ、また後でな」


 初めて入る隠し扉の中。そこは八畳ほどの広さの部屋だった。


 左の壁には様々な形状をした銃が横向きに掛けられていた。奥の壁にはロッカーが並べられており、中央には背もたれのないベンチが置かれている。戦闘準備室といった感じだ。


 右を見ると両開きの扉がある。その横にボタンがあることから察するにあれはエレベーターではないだろうか。


「お前のロッカーはそこだな」


 部長に言われてロッカーの一つを見てみると、真也の名前が書かれたネームプレートがはめ込まれていた。いつの間にか用意されていたらしい。


「これは……」


 そのロッカーの扉を開けてみると二枚の横板があり。ハンドガンらしきもの、そして何か懐中電灯のような筒状のもの。折りたたまれた布のようなもの、一番下段には靴が置かれていた。


 懐中電灯のようなもの、これはよく考えたら先日部長が使っていた剣だろうか。


 布のようなものを手に取り広げてみる。するとどうやらその布は以前二人が着ていたピチピチのスーツのようだった。それと同じ場所には手袋もスーツと同じ素材の手袋がある。


「そのスーツは防刃、防弾、耐ショック、耐火に耐酸、耐アルカリ、それに絶縁体でもある。そして何より人工筋肉による身体能力の増強。そのスーツが無くてはカオスとは渡り合えん」


 色々言葉を並べられたが、とにかく強くなれるスーツということだけは真也にも理解出来た。


「パンツ一丁でそれを着ろ。お前のデータから作ってあるからサイズも合ってるはずだ」


「……データっていつの間にそんなものとったんですか」


「入学してから身体測定あっただろ」


「あぁ……なるほど」


 そんなデータ、勝手に使われていいのだろうか。真也には割とどうでもいいことだったが気にする人はいそうである。


 二人が身体強化スーツに着替えると、部長が再び説明を始めた。


「このイヤホンを耳につけろ無線機だ。四つのボタンがあってそれぞれのボタンがそれぞれのメンバーに通じるようになっている」


「はぁ」


 真也は無線機の説明を受け耳にかけた。連絡が来るとピコンと音がなり会話が可能らしい。


「それで、ここには色々な種類の武器、イレースウェポンがあるが、今回お前はそのロッカーに入ってる基本装備、ハンドガンとソードだけでいいだろう」


「え……あ、はい」


 真也はその理由はよく分からなかったがとりあえず返事をしておいた。それにしてもやはり筒状の物は剣らしい。


「別にこれは新人に対する嫌がらせってワケじゃねぇからな。今のお前ではその二つ以外はまだ扱えないと思え」


「扱えない……?」


「イレースウェポンはスフィアを通し使用者のイレースエネルギーを消費して使うものだ。そして最初のうちはそのイレースエネルギーの容量が少ない。威力の高い武器を使ったり、連射しすぎると消耗してすぐ動けなくなる」


「そ、そうなんですか」


 魔法のマジックポイントみたいなものか。ここに来てそんなこと初めて聞いたが。


「一番エネルギー消費が少ないのはソードだ。次点でハンドガン。まぁしかし接近戦は危険だから基本ハンドガンで戦え。エネルギーを消耗してハンドガンが使えなくなったらソードに切り替えろ」


「分かりました」


「で、武器の使い方だが、スフィアを出せ」


「はい」


 言われて真也は制服のポケットに入れていたスフィアを取り出した。


「銃の横にあるボタンを押すと銃身の一部がスライドしてスフィアをそこに装填出来る」


 部長は自身の銃にスフィアを装填してみせた。まるでリボルバー式の銃に弾を込めるような感じだ。真也もそれを真似て銃にスフィアを装填してみる。


「あとは引き金を引くだけだ。当たり前だが扱いには気をつけろよ」


「はい」


「次にイレースソードだ」


 部長は慣れた様子でスフィアをハンドガンから取り出しソードの柄を手にした。


「こちらの方が簡単だ、この筒の中にスフィアを突っ込むだけ。そしてこのボタンを押せばスフィアを取り出すことが出来る」


「ほう……」


「ソードの起動はこのスライド式のスイッチで行う。スライダーの位置によって刀身の長さの調整が可能だ。ブレードが出る方向を間違って自分に刺さらないようにしろよ」


「……分かりました」


「あと、二つの武器はロッカーの中に入っていたベルトについてるホルダーに収納が可能だ」


 一通りの説明の受けた真也はベルトを腰に巻きその左右にあるホルダーにハンドガンとソードを突っ込んだ。スフィアはハンドガンの方に装填したままである。


「じゃあ行くぞ」


 そう言って部長が真也に投げてきたのはフルフェイスのヘルメットだった。


「これって槻木さんが以前被ってたやつですか」


「あぁ、今からバイクに乗って移動するからな」


「え……そうなんですか」


 そういえば現れたカオスの場所までどうやって向かうのか真也は考えていなかった。


 部長は壁からマシンガンのようなものを手に取った。銃身にあるボタンを押し、スフィアを装填する。どうやら今回はその銃を使うらしい。次に自身の分のヘルメットを手に取る。


 そして踵を返しエレベーターと思しき扉の横にあるボタンを押した。左右に開かれる扉。部長が中へと入ったので真也もそれに続いた。


 部長はB1と書かれたボタンを押す。部室棟に地下階があることなど聞いた真也は聞いたこともなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 地下へたどり着き扉が開く。そこは太いコンクリートの柱が立ち並ぶ広い駐車場だった。部長のあとについていく、装甲車のような車がいくつか並んでいるがそれは今回使わないらしい。


 たどり着いた先に置かれていたのは二輪の黒い大型のバイクだった。四台が横に並んでいる。


 流れるような形状。かなり太めのタイヤ。座席は前後に二つついている。


「これはグラビティバイクという。90度くらいまでの壁なら走ることが出来る」


「え……壁を?」


 真也にはバイクが壁を走っている姿なんて想像がつかなかった。それにしてもこの組織の科学技術力は現代の常識の数段上を言っているような気がするのは気のせいだろうか。


「っていうか部長、バイクの免許なんて持ってるんですか」


「いいや、そんなものはない」


「え……」


「気にすんな。そんなこと言ったらこの銃を扱う免許だってとってねーだろ」


「それは……そうですけど」


 真也は急に不安になってきた。部長の運転技術、信頼出来るのだろうか。


「お、ようやく来たな」


 女子二人が真也が使った別のエレベーターから降りてきたようだ。杏里は既にフルフェイスのヘルメットを頭にかぶっている。その手には以前見たガトリングガンがあった。


 エイルは甲冑姿で腰に聖剣を腰にさげていた。なんだか最近見ていない姿だったので真也は逆に違和感を覚えてしまった。あんなにキリッとした表情をする奴だっただろうか。


「じゃあさっさと出発するぞ。桐嶋、お前は俺のバイクに乗れ」


「あ、はい」


 そう言いながら部長がフルフェイスのヘルメットをかぶったので、真也もそれにならった。


「……っていうかエイル、お前ヘルメットは?」


 エイルの手には何も持たれていなかった。


「あぁ、先ほど勧められたが、私には必要はない代物だ。仮にこのバイクとかいう乗り物から落ちたところで大したダメージにはならんだろうからな」


「……そうか」


 エイルの体は随分と丈夫らしい。まぁ、あの甲冑姿にフルフェイスヘルメットというのはかなりミスマッチになりそうではある。ビジュアル的には何も被らない方が正解だろう。


 部長はバイクの横に銃を取り付けた。どうやらそういう機構が元からバイクにあるようだ。


 部長がバイクに跨り「乗れ」と言われたので真也はその後ろに乗り部長の体を抱きしめた。


「……」


 どうせなら杏里の後ろに乗りたいとも思ったが、そんな事をすればエイルが部長のバイクに乗ることなってしまう。それはそれで何だか嫌なので真也はこれでよしとすることにした。


 振り向くとエイルもバイクに跨っていた。近代的なバイクに中世の甲冑、違和感がすごい。


「では出発だ!」


 部長がエンジンを起動させ、バイクは大きな音をあげて走り始めた。進行方向にはどこに続いているのか知らないが地下道が続いている。


「うぅ……!?」


 部長は地下道を突き進み、どんどんバイクを加速させていく。ちょっとスピードを出しすぎではないのかと真也は突っ込みたくなった。これで無免許だというのだから恐怖も倍増だ。


 真也が前を覗くと前方に扉が見えた。現在坂道を上っている。どうやら地上に出るようだ。それに近づくと自動的に扉は左右に開き外の光が差し込んできた。


「ここは……!?」


 外に出て辺りを見渡すとそこはもう学校の敷地内ではなかった。高架道路の真下だ。中央分離帯にある道というべきか。左右には公道があり、バイクはそのままスピードを落とさず左の道へと合流した。


「いくぜぇ!」


 部長は車と車の間を縫うように無茶苦茶な速度で街を走り抜けていく。


「ぶ、部長! 今隣の車のミラーふっ飛ばしましたよ!」


「細けぇこと気にしてんじゃねぇ! これは時間との勝負だ。今回のカオスは地底人。だったら地下に逃げられてしまう可能性があるだろ! その前にイレースしねぇと一般人の記憶に残ったままになっちまう! それにカオスさえイレースしちまえばこの出動自体なかったことになる。すべては元通りだ!」


 部長の言い分は分かったが、真也には単純に危険運転が恐ろしかった。


「ひ、ひいい!?」


 真也は必死に部長にしがみ付き、カオスの場所まで無事に辿り着いてくれることを願った。


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