第12話 桐嶋、部活やめるってよ

 放課後になると真也とエイルは日常部の部室に向かった。


 中にはまだ誰もおらず扉には鍵が掛かっていたので真也はそれを開けてエイルを中に入れた。


「ちょっと用事があるからこの中で待ってろ」


「了解したマスター」


「……」


 マスターと呼ばれたが、まぁ部外者のいないこの部室の中なら構わないだろう。


 真也がそこから向かったのは隣にあるオカルト研究部の部室だった。


 現在真也は日常部とオカルト研究部、二つの部活に所属している状態にある。そしてそのまま掛け持ちをするつもりなんてなかった。そもそも真也は非日常的なものをどうにかして見つけ出すためにオカルト研究部に入っていたのだが、その目的は既に達成されてしまった。日常部に入っている限り、おそらく不思議なものに出会えないと悩むこともないだろう。


「あ、真也」


「おう千沙」


 たくさんのオカルトに関する書籍や道具なんかが集められ、なんだか薄暗い雰囲気の部室。


 中には千沙と二人の部員がいた。真也は千沙とは元から仲が良かったが、他の部員とはあまり親交深くはなかった。なんだか同じ不思議を追い求めているはずだったが、どこか本気でやっていないような、何か方向性の違いのようなものを感じていたのだ。


「ねぇ、見て。今日はこれやってみようよ」


 千沙が持っていた魔術書を開いて真也に見せてくる。


「千沙……いや、今日はみんなに聞いてほしいことがある」


「え?」


 真也は三人の姿を見た。


「俺、オカ研辞めることにしたんで」


 その言葉は部屋の奥でイヤホンをつけ何かを聞いていたオカ研部長には届いていなかったらしく、手前にいた部員が部長の肩を叩いて、イヤホンを取らせた。


「なんだ?」


「……桐嶋、部活やめるってよ」


「え……そうなんだ」


 その二人はあまり大した反応はない。まぁこんなものか。しかし千沙は違ったようだ。


「な、なんで!?」


 席を立ち真也に迫ってきた。


「それはその……隣の……日常部に入ろうかなって思って」


「え……」


 千沙は困惑した表情を見せる。


「に、日常部……? ど、どうしてよりにもよって日常部なんかに……」


「い、いやぁ、えっとなんだろ、なんていうかさ。ちょっと心変わりがあったっていうか?」


「心変わり?」


「そ、それにエイルの面倒を見るならあの部活が最適なんだ」


「エイルって……もしかしてあの電話掛けてきた外国人……?」


「あ、あぁそうそう」


「そんな……」


「じゃ、じゃあそういうことだから!」


「あ! ちょっと……!」


 真也は用意してきた退部届を長机の上に置くと部屋を出て日常部の部室へと逃げ込んだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 千沙はその姿を追いかけたが、日常部部室の扉に手を掛ける寸前でその手を止めてしまった。


「真也……」


 そして誰にも聞こえないほどの小声でその名を呼んだあと、再びオカ研部の部室へと戻って行ってしまった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 真也が部室に戻ると、部長、杏里、エイルの三人が席に座り、その手にはトランプカードが握られていた。


「あぁ桐嶋君、エイルさんの初登校はどうだった?」


「えぇまぁ……大変でしたよ」


「それはご苦労だったね」


 部長との会話の中、杏里がエイルに何か指示をしているようだった。


「……ところで何してるんです?」


「ババ抜きのルールをエイルさんに教えてるの」


「へぇ……」


 真也も席につきその様子を見守る。二人の教え方はとっても丁寧だった。エイルはふむふむと真剣に覚えようと努力しているようだ。この光景を見て誰が数日前に殺し合った仲だと思うだろう。お互い何も思う所はないのだろうか。そういえばエイルのカオス値が少しだけ上がってしまっているが部長はそれに触れないのだろうか。眼鏡で常に計測しているらしいが。


「なるほど……なんとなくルールは分かったぞ」


「じゃあさっそくやってみようか。桐嶋君も入りなよ」


「はぁ」


 部長がカードを配り四人はゲームを始めた。ババ抜きをやったのなんていつ以来だろうか。真也の頭にパッと浮かばないほどにそれは昔のことだった。


「よし、お先にー」


「やったわ」


 なんだか知らないが、杏里と部長は運がよくどんどんカードがなくなり、いつの間にか真也とエイルの一騎打ちになってしまった。


 今まで何となくカードを引いていた真也だったが、その時ふと気付いた。


 エイルのカードに手を伸ばす。そして一つのカードを取ろうとするときだけ明らかににへらと口角が上げる。どのカードがババなのかは確定的だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「一体どうなっているのだ! どうしてマスターはババを引かぬ! もしかしてマスターは千里眼のスキルでも獲得しているのか!?」


 ゲームが終了するとエイルは余ったカードを机の上に叩きつけて、真也に迫ってきた。


「そりゃだって、顔に出すぎなんだよお前……」


「うぇッ……!? か、顔って……そんなにか?」


 エイルはバッと自身の顔を両手で押さえ指の隙間から三人の顔を見た。他の二人も真也に同意するようにこくこくと頷く。


「くッ……さすが三人はこの世界の人間だけあって慣れているな!」


 そういう問題だろうか。


「しかしもう要領は掴んだ……次はこう易々と勝てるとは思うなよ!!」


 冷めた様子の真也と違って随分とエイルはババ抜きを楽しめているようだった。


「もう一度勝負だぁッ!」


 エイルがそんな声を上げた時、コンコンと部屋の扉がノックされた音が聞こえてきた。


「ん……? 誰だろう」


 入り口に一番近かった真也は席を立ち対応することにした。


「千沙……?」


 扉を開けてみるとそこにいたのは千沙だった。


「あ、あの……これ……」


 少し俯いた状態で千沙は何か一枚の紙を手渡してきた。真也が手に取り見てみるとそれは入部届のようだった。日常部と千沙の名前が記載されている。


「え……っと、お前まさか日常部に入りたいのか?」


 千沙は黙ってこくりと頷く。


「……」


 真也はとりあえず問題をたらい回しにするように振り返って部長に目を向けた。


「えっと、彼女入部希望してるみたいなんですけど、どうしましょう」


 どうしましょうとは言っても、そんなこと出来るわけがない、というのが真也の見解だった。この部活は実質イレーザーのためにあるもの。何の能力も持たない千沙がこの部活に入れるわけがない。


「ふむ、そうか。そういうことなら彼女をここまで通してくれ」


「え……」


 言われた通り千沙を中へと通す。部長がどういうつもりなのか真也にはよく分からなかった。


「えっと、君の名前は……」


「お、織上千沙おりがみ ちさです」


「そうか、織上さん。君が入部したいというのはありがたいことだ」


 千沙がその言葉に少し顔を明るくさせる。


「でも実はこの部には決まりというものがあってね。推薦入部以外は面接試験を受けなくてはならないんだ」


「め、面接……?」


「はは、しかしそんなかしこまることはない。すぐに終わるものだよ。じゃあさっそくその面接受けてみるかい?」


「は、はい!」


 ということでなぜかよくわからないが千沙の入部面接試験が始まった。


 面接官は部員全員だ。机の位置を変え三人が並んで座りその前には千沙が座る椅子を置いた。


 セッティングを終えると千沙が部屋の外から扉をノックしてきた。


「どうぞ」


「失礼します」


 部室に入ってきた千沙は、


「い、一年四組織上千沙です! よろしくお願い致します!」


 そう言ってペコリと頭を下げた。


「うん、よろしくね。じゃあそこに座りなよ」


「失礼いたします!」


 何だか茶番にしか見えないこの面接。一体何のためにやっているのだろう。四人が面接官として並んで座ってはいるが実質話しているのは部長だけだ。


「えーっと、じゃあまずはこの部室への入部動機を教えてもらおうか」


「え、えっとそれは……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


「OK」


 しばらく部長と千沙のそれっぽい応対が続いたあと部長は両手を自身の顔の前でパンと叩いてそういった。


「大体わかった。それじゃあ結果発表といこう」


「え……は、はい!」


「結果は……」


 部長は眉間にしわを寄せ、そこに拳を当てて何だか迷っている様子だった。


 それにしても千沙はきっとこういうやり取りは苦手だろうによく頑張ったのではないか。


 何だか真也の中で合格を与えたい気持ちが芽生えてきた時だった。


「不合格」


 部長は満面の笑みでそう千沙に伝えた。


「え……」


 千沙はポカンとした顔を部長へ向けている。


「えっと……それってどういう……」


「そのままの意味だよ。織上さん、君は日常部には入れない。不合格だ」


「あ……あう……」


 千沙は一度真也に目を向け、俯きガタリと席を立ち、部室から飛び出して行ってしまった。


「お、おい千沙……!」


 真也は千沙を追いかけようと席を立った。何だかそうしなければならないような雰囲気だったからだ。


「桐嶋君」


 真也が部屋の扉に手を掛けたとき、部長が真也を呼び止めた。


「分かってると思うけど情報は漏えいしないようにね」


 崩れない笑顔はやはり何だか恐ろしい。


「は、はい」


 真也は廊下に出て左右を見渡した。すると階段の方へと走る千沙の姿が一瞬見えた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 階段を上がり真也は部室棟の屋上に向かった。するとそこにはやはり千沙の姿があった。奥の方で手すりを掴み遠くを見つめている。


「千沙」


「何……」


 真也は千沙に近づき後ろから声を掛けた。千沙は振り返ることもせず声だけを返す。


 話しかけたはいいが真也はその先言葉が続けられなかった。言ってしまいたいことはたくさんあるが言えないことばかりなのだ。


「えっとその……どうしてお前日常部に入ろうと思ったんだ」


「……それは私の台詞だよ」


「え……」


 千沙はやっと振り返り真也を見た。何だか少し目元が赤くなっているように見える。


「真也、日常部のことあんなにクダらないって馬鹿にしてたのに……しかもあの外国人も一緒に入って……どうして全然詳しいこと教えてくれないの」


「それは……」


「それに、あの部活なんだかおかしいよ。あんな面接絶対インチキだよ」


 千沙の言うことももっともだ。千沙からすれば最近の真也の行動は不可解極まりないだろう。もっとも一般人からすればオカ研で毎日怪しげな術を行っているのも不可解ではあろうが。


「真也……言ってたよね。こんなつまらない日常を壊したいって。だからこんな召喚魔法陣描いたり、心霊スポットに行ったりして二人でずっと頑張ってきたんじゃない」


「あぁ、そうだな……」


 千沙は真剣な顔を真也に向けている。これはもうなあなあには出来ないだろう。説明する義務が発生しているように真也には感じられた。


「分かった。ちゃんと理由を言うよ」


「……うん」


 とは言っても部長に釘を刺されてしまっている以上本当のことを言うわけにもいかない。真也はそれっぽい事を考えて口にすることにした。


「なんていうか……これまで色々やってきたわけだけど、その成果はゼロだったわけじゃん。単純にもうそんな特別なことなんて起きないんじゃないかって思いだしたんだよ」


 実際には宇宙生物も異世界人もすでに現れているわけだが。


「そんな現れないもののために時間を浪費させるのももったいないだろ? だったらそれよりも日常部に入って日常を楽しんだほうがよさそうじゃないか。ま、言ってしまえば俺も少し大人になったのかもしれないな」


「……そう」


「……あの部長に落とされたからって気に悩むなよ。たぶん元が二人しかいなかったから、いきなり四人になって、これ以上人数が増えると部室が狭くなるとかさ、お前を落としたのはそんなくだらない理由だと思うぜ」


 真也がペラペラと言葉を捲し立てると、千沙は少し俯いたまま黙り込んでしまった。


「え、えーっと千沙……?」


「……そっか、分かったよ真也。つまり真也は特別なことが何も起こらないからオカ研をやめちゃったんだね……」


「あ、あぁ……そうかな」


 千沙は真也の横を通って階段室へと姿を消していってしまった。


「……ま、これで一応納得してもらえたのかな」


 真也はとりあえず問題が解決したと思い安堵した。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 一人階段を下りオカ研の部室に入ると千沙は戸棚から魔術書を漁り始めた。


「えっと、織上さん……?」


 なんだか雰囲気の変わってしまった千沙に対してオカ研部員が呼びかけたが、千沙はその呼びかけに応えることすらなかった。何か一人でぶつぶつと呟いている。


「そうだ……真也はこの何も起こらない日常に絶望して日常部なんかに入ってしまったんだ。だったら……」


 千沙の目には確かな決意の色が見て取れた。


「待ってて真也、私が必ず何か特別なものを見つけ出してみせるから……!」


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