第11話 異世界人の入学

 次の日の日曜、真也とエイルの二人は再び日常部の部室へと出向いた。


「制服が届いたからこれに着替えてくれ。学生証の写真を撮ろうと思う」


 エイルは隠し部屋へと入り制服に着替えた。なんだか異世界人が同じ制服を着るという事に真也はすごく違和感を覚えてしまった。


「あ、ちなみに学校には明日から通ってもらうよ」


「え……ちょっと早くないですか!?」


「そう?」


「まだこいつ、この世界に来て四日目ですよ。てっきり来月くらいからになるかと思ってたんですが……」


「まぁでもそれじゃあ来月までエイルさん毎日何するのって話にならない?」


「それは……そうかもしれないですけど」


「桐嶋君と一緒のクラスになるように手配しておいたから、ちゃんと面倒を見てあげてね」


「……」


 話がポンポン先へと進んでいく。真也には不安しかなかった。明日からなんて他の生徒からしたら寝耳に水だろうし。


「学校か……」


 真也はエイルの方を見た。果たして異世界人がいきなり日本の学校に編入するなど現実的な話なのだろうか。


「……エイル、円周率って知ってるか?」


「えんしゅうりつ?」


 エイルはポカンとした顔を真也へと向ける。真也は視線を部長へ戻した。


「……こいつたぶん、いや確実に留年すると思うんですけど」


「うーん……どうだろうね」


「ちょ、ちょっと! 私をバカにするでない!」


「……じゃあ水素と酸素を化合させたら何になる?」


 歴史なんかは知らなくても、数学や化学なんかは異世界でもおそらく同じようなものだという推測からの設問だった。


「え……えっと……化合とは……?」


 真也はジトっとした目をエイルに向けている。エイルはその態度に不満そうだった。


「わ、分らない事はこれから覚えればよかろう。私はこれでも物覚えには自信があるのだぞ」


「そうか、ならきっと大丈夫だろう。それで、これがうちの学校の教科書だ」


 すると部長が笑顔で床にあった段ボール箱から大量の教科書を取り出し机の上に置いた。


「え……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


「な、なんだこれは……」


 ホテルに戻るとエイルは持ち帰った日本史の教科書をペラペラとめくりお手上げだと言わんばかりに教科書を頭の上に掲げそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。どうやらこの世界の勉強というものを完全にナメていたようだ。


「絶対無理だ無理! こんな大量のモノ覚えられるワケがなかろう!」


 完全にダダをこねている。これが本当に神に選ばれし異世界の戦士なのだろうか。


「本当にこの世界の全ての者がこんなものを勉強しているのか? 考えられぬ……」


「まぁ、高校からは全員ってわけではないけど……」


 真也も物理の教科書を手に取りめくってみる。幼いころからの基礎がなければ確かにこれはワケが分からないかもしれない。


「……さすがにそれを全部丸暗記はしなくていい。せめて何とか進級出来るくらいには勉強してくれ。そうじゃないと俺たち別の学年になってしまうぞ」


 エイルは仰向けの状態から180度体を横に回転させベッドに顔を突っ伏した状態でなにかぼそぼそとつぶやき始めた、


「……私は魔族に会うためにこの世界にやってきたのだ。それなのになぜこのような勉強などしなくてはならないのだ……」


「仕方ないだろ……その魔族を見つけるまではこの世界に順応して生きていかなきゃまともな生活は送れないぞ。お前も丸一日この東京を歩き回って体験したことだろ?」


「う、うぅ……」


 エイルは頭を横に向け泣き出しそうな目を真也に向けている。


「ま、問題集を解きまくれば何とかなるさ。分からなかったら俺が教えてやる。どうせ魔族が見つかるまで何もすることないんだろ? 暇つぶしだと思ってやればいい」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 そして次の日の月曜、エイルが登校する日がやってきてしまった。


 真也が朝早くに起きてエイルを迎えに行くと、エイルは言われた通り制服に着替えてホテルの前で待っていた。


「おはようマスター」


「あぁ、おはよう」


 爽やかな笑顔であいさつをするエイル。二度目となる彼女の制服姿。何だかコスプレのように見える。これは目立つこと必須だろう。


「じゃあ……さっそく行くぞ」


「あぁ」


 学校にたどり着つく前にすでにエイルは登校中の生徒から注目を浴びていた。異世界人ということはバレてはいないとは思うが、完全に日本人の風貌ではないし、それも仕方ないだろう。


 そして注目を浴びているのはエイルだけではないようだった。エイルの隣を歩く真也にもお前は一体何なんだとばかりに目が向けられている。


「エイル、分かってると思うけど、この世界の常識に従って行動するんだぞ」


「あぁ、任せておけ」


 学校にたどり着くと真也達は部長に言われた通りまず職員室へと出向いた。担任にはすでに話が通っていて、エイルを一度預からせることになった。


「先生じゃあよろしくお願いします」


「あぁ、よろしく頼まれた」


 担任はただ事務的にこなしているように伺えた。『話は聞いている』とは言っていたが、どこまで情報を知っているのだろうか。イレイザーのこと、エイルが異世界人であることなんかは知っているのだろうか。もし知らなかった場合、こちらから何か言ってしまうのはマズいだろう。そういえば担任は宇宙生物襲来のことを真也が訴えた時、全然信じていない様子だった。少なくとも彼自身はイレイザーというわけではなさそうだ。


「じゃあ、またあとで」


「あぁ」


 真也はエイルと別れ一人教室へと向かった。エイルが自分以外の人間と二人きりになるなんて。何かボロを出さないだろうか。すぐまたあとで教室で再会するというのに真也は気が気ではなかった。


 教室にたどり着き椅子に座り十分ほどで朝のホームルームが始まった。すると担任は段取り通り、転校生が来るとの話をクラスの皆へと始めた。


「えー、急な知らせだが、今日からみんなに新しい仲間が加わることになった」


「ええぇ? 聞いてないっすよぉ! マジすかぁ!」


 クラスのお調子者が言葉を返す。他の者もざわつき始めた。


「だから急な話だと言ってるだろう。ロシアからの留学生エイル・ラ・ヴァリエルさんだ」


 すると、教室の扉が開かれ青みがかった銀髪、白い肌をした制服姿の異世界人が教室の中に入ってきた。


「お、おおぉぉ!?」


 その瞬間教室から驚嘆、そして歓声の声が上がる。


「まさかの外人さんだぁ!」


「っていうかモデル!? パリコレ!? 美しすぎる!」


「あー静かにぃ、これから彼女に自己紹介をしてもらう」


 場が静まり視線が一斉にエイルへと集まった。そしてエイルはごく真面目な顔で言った。


「エイル・ラ・ヴァリエルだ。そこにいる桐嶋真也のサーバントとして先日この世界に召喚された。この世界のどこかにいるはずの魔族に会うまでの間ではあるが皆の者、よろしく頼む」


「……」


 それからもしばらく静寂は続いた。本来ならここで拍手喝采が起こるところなのだろうが。


 真也の全身から汗が噴き出す。そしてガタリと席を立つと、


「な、なんだマスター」


 エイルの腕を掴んで教室を出た。廊下を走り今の時間誰もいないはずの階段室へと駆け込む。


「バカ野郎! 何全部バラしてる! カオス値が上がらないようにこの世界の常識に従うと約束しただろ!」


「あ、あぁそうかすまない。ああいうことは言ってはならぬのだな」


 真也は右手で壁ドンし、左手でエイルの顔すれすれにその指先を指した。


「いいか、お前はサーバントじゃないし俺はマスターでもない。俺の事は学校内では真也と呼べ。異世界なんて存在しないし、お前はロシアから来た留学生だ! 分かったな!」


「あぁ、分かったマスター」


 エイルはキリッと凛々しい表情でそう言い放った。


「……」


 真也はエイルから離れ溜息をついた。ずっと二人でいたのでよく分かっていなかったが、どうやらエイルは思った以上にこの世界の常識というものをまだ理解していなかったらしい。


 真也はポケットからカオス測定器を取り出しエイルを測定してみた。数値は93。確か以前見た時は92だったが、もしかして今ので上がったのだろうか?


「……もういい。お前はしばらく黙ってろ。お前のことは俺が紹介する」


「そ、そうかマスター」


「真也だ!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 二人は教室に戻ると皆に向けて肩を並べて立った。教室内はその様子にざわついていた。無茶苦茶な自己紹介をしてしまったあとだが何とかフォローするしかない。


「えぇっと、こいつは実は昔からの知り合いで、最近日本に留学することになったんだ。日本のアニメとか漫画が大好きで、その影響か知らんがさっきみたいなことを口走ってしまったらしい。本人はあれで爆笑が取れると思っていたみたいだけど、滑ってしまったな。まぁ、こんな奴だけどよろしく頼むよ」


「あぁ、なるほどねー」


「アニメっていうか桐嶋の影響だろそれー」


「あはははは!」


 何だか真也に対する悪口らしきものも聞こえた気もしたが、なんとかごまかせたようだ。むしろその美しさとのギャップがいいとか言うものまで現れだした。みんなからの拍手を受け、ホームルームは無事なのかよく分からないがとにかく終わった。


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