第3話 黒い玉
真也の家は宇宙船とは真逆の方向にあり、宇宙生物による被害はないようだった。
「はえ~……」
何とか復旧した電気。真也の両親は食事をしながらテレビから目が離せない様子だった。
街を襲う巨大蜘蛛。逃げ惑う人々。そんな中たった一人で蜘蛛をバッタバッタと切り倒していくエイル。まさに一騎当千、いやそれ以上か。その様子は完全に映像に収められており、日本全国、いや世界全土でこの映像は放送されていることだろう。
そのあと、なんとエイルはテレビクルーによるインタビューを受けていた。
「あ、あいつ……」
『なんだその箱は、私に何を向けている』
『あ、あのこれはテレビカメラというものでして……』
『テレビカメラ……?』
エイルはテレビカメラを覗き込み、顔がどアップで映し出されている。
『そ、それであなたは一体何者なのでしょうか。あの生物について何かご存じなのですか?』
『私か? 私は先ほどこの世界に召喚されてきたサーバントだ。……あれは何と言われても蜘蛛の魔物だろう。お前たちはまさか蜘蛛を知らないのか?』
『あ、あぁいえ……蜘蛛は知ってますが……』
何やらいまいち話がかみ合っていない様子だ。
『それにしても召喚……ですか。それはつまり召喚をした者がこの地にいらっしゃると?』
『あぁ、私は桐嶋真也という者に召喚された』
「ぶッ!」
真也はエイルの発言を聞き、口に含んだ味噌汁を噴き出した。
『そして私はその桐嶋真也……マスターからの命を受けあの魔物を殲滅しあの要塞を落としたのだ。では私はこの事をマスターに報告しに行かなければならないのでな。さらばだ』
『あッ……』
エイルはそう言った瞬間に画面外へと姿を消してしまった。その跳び去る姿を追うカメラ。
『異世界から召喚されたサーバントと名乗る人物、そして彼女のマスターとされる桐嶋真也という人物は一体何者なのでしょうか。謎は深まるばかりです』
これで宇宙人からの侵略を阻止したのが桐嶋真也だということが全国に知れ渡ってしまった。
気付けば真也の父と母は真也に目を向けていた。
「ど、どういうことなの真也……これって」
同姓同名の人間もこの日本にはいるとは思うが、エイルの出現場所から考えても、自分だと特定されてしまうのは時間の問題かもしれない。今更隠しても意味などないだろう。
そう判断した真也はいっそのこと全てを暴露してしまうことにした。
「ふッ……バレてしまっては仕方がない。そうさ、あのサーバントを召喚したのはこの俺だ」
「えぇッ!?」
真也の父と母は何か踊りを始めたのかというほどに驚き、慌てふためいていた。
◆ ◆ ◆ ◆
テレビを見ているとどうやら宇宙人の襲来は真也の住んでいる東京だけではないようだった。
アメリカやヨーロッパの上空にも同じような宇宙船が出現し街中で戦火が上がっている映像が流れている。やはり敵は蜘蛛のようで、各国の軍が応戦しているようだった。なかなか厳しい戦況のように見える。果たして人類は宇宙生物に勝つことが出来るのだろうか。
だがこの日本は大丈夫そうだ。なぜならエイルがいるからだ。彼女がいる限り日本の平和は守られることだろう。そしてあのエイルに命令できるのはそのマスターである真也だけなのだ。
そんな時、真也のポケットに入った携帯が振動を始めた。画面を見ると俊の名前が表示されている。真也は席を立って廊下に出ると通話ボタンを押した。
『おい……ニュース見たぞ。あの女剣士……まさかとは思うが、お前が召喚した奴なのか』
「あぁ、その通りだ」
『……マジかよ』
俊は「はぁ……」と溜息をこぼしたあとしばらく何も言葉を発しなかった。
『……なんか納得いかないけど信じるしかないよな。全面的に謝るよ。中二病とか言ってバカにして悪かったな』
「いや、いいんだ。気にするな。お前の気持ちも分かるよ」
『それでその異世界人はどうなったんだ? 今お前の傍にいるのか?』
「いや、今はどこかに行ってしまったよ。まぁ、目立つ格好してたから簡単に見つかるとは思うが」
『そうか……それにしてもこれからどうなるんだお前』
「さぁ、詳しいことは分からんが俺の名前が俺のサーバント……エイルの口から洩れてしまった。そう遠くないうちに政府機関からのアプローチでも来るだろうな」
『政府機関……?』
「あぁ、他の国ではまだあの蜘蛛に手こずっているようだが、エイルは短時間でそれを殲滅してしまったんだ。国としても放ってはおけない存在だろう。また襲来がないとも限らないしな。そしてエイルは俺の命令を聞く。だとしたら政府機関から俺に連絡が来るのは間違いない」
『そうか……』
俊はまだ現実を受け止め切れていない様子だった。
『しかし、これはどんな偶然だ? 宇宙生物襲来、それとほぼ同時に異世界人が現れて、その二つが戦うことになるなんてさ』
「さぁな……俺に聞かれても分からんよ」
『お前、召喚した本人だろうが』
「それはそうだが……」
しばらくの沈黙のあと、
『……なぁ、お前そういえば今日言ってたよな。この世には無限の可能性があるのに不思議なことが何ひとつ起こらないのはおかしいって』
俊は意味ありげな話を始めた。
「ん? あぁ」
『それがもしかしたら何かの陰謀のせいかもしれないって話になったよな』
「そうだったな」
『……もしその話が当たっているとしたら、お前、気を付けた方がいいかもしれんぞ』
「え……?」
『その陰謀でお前は消される可能性もある……なんてな』
その言葉に一瞬真也は背筋に寒いものを覚えた。
「は、はは……何を言ってる。あの映像は世界レベルで知られてしまったんだぞ。今更誰がどう動こうとこの事件を隠ぺいなんて出来るわけがない。俺を消して何の意味がある」
『……そうだといいがな。ま、これから世界のために頑張ってくれよ。救世主さん』
そう言って俊は電話を切ってしまった。
「陰謀……か。ま、心配はする必要はないだろう」
それから真也は二階にある自室へと上がるとベッドに寝転がり、
「く、くくく……ははははは!」
一人声を上げて笑い始めた。この現状を改めて実感し始めたのだ。
「素晴らしいぞ……! 宇宙生物は本当にいた。それに異世界人もだ」
彼女がいうには魔族もこの世界のどこかに潜んでいるらしい。
「そうだ、今日は日常崩壊の幕開けの日だったのだ! もう明日からは日常なんてない! カオスな生活が幕を開けるに違いない……!」
◆ ◆ ◆ ◆
「真也ーもう起きなさーい」
「うぅ……」
次の日の朝、真也は母の声により自室のベッドで目を覚ました。
「なんだ母さん……いつも通りの時間にいつものトーンで起こしにくるなんて……」
しかし今日から新たな日々の開幕だ。真也は早起きも悪くないと思い上体を起こした。
今日から果たしてどう生きていくべきだろうか。真也はこれからのことに思いを馳せた。
「っていうか今日って学校やってるのか?」
一応今日は金曜なので、昨日までの常識で考えればやっているはずだが。
「まぁ、やっていたとしてもなぁ……」
そうだ、あんな宇宙生物が再び攻めて来ないとも限らない。政府から連絡が来てしまう可能性もある。学校になんて行ってる場合だろうか。
「……少し外の様子を見に行くか」
真也は寝巻から私服へと着替え、部屋の外へと出ようとしてみた。すると、
「む……」
真也は何か気配のようなものを感じ足を止めた。
気配の方へ目を向けると、何やら丸いピンポン玉ほどの大きさの球が床の上に転がっていた。
「なんだこりゃ……?」
拾い上げて見てみる。それはそこにまるで穴が開いているかのように見えるほどに光沢のない真っ黒な球だった。表面はつるつるで鉱物で出来ているのか、それなりに重量感がある。
真也には見覚えのないものだ。なぜこんなものが部屋に落ちているのだろう。しかし、何だか妙な感覚をその球から覚えた。真也にはその球が自分のものだと分かったのだった。
「……よく分からないが、持っていくか」
真也はポケットにその黒い球を入れて部屋を出た。
◆ ◆ ◆ ◆
きっとこの危険な街から逃げ出す者も多いだろう。まぁ、あの宇宙生物相手であれば安全な場所なんてないかもしれないが。
そんなことを思い、真也が家の外に出てみるとそこには意外な光景があった。
「あれは千沙……?」
千沙が制服姿でいる。そして普通に学校に向かっているようだった。結構距離が離れていたので真也は声を掛けることはしなかった。
「なんだあいつは……今の状況を理解していないのか。危機感のないやつだ」
その時、真也の持っていた携帯が鳴り始めた。
「む……まさかこれは……政府からの連絡か!?」
そう思い電話に出てみると、その相手は真也の母親だった。
『あんた今一体どこにいるの? 制服、家にあるみたいだけど』
「ん? 外の様子を見にきているんだが」
真也の言葉に少し間が空いた。
『えっと……なんで?』
「なんでって、昨日宇宙生物が襲来したからに決まっているだろう」
すると電話越しに『はぁ……』と母の呆れるようなため息が聞こえた。
『本当あんたって子は……いいから今すぐ家に戻って学校に行きなさい!』
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