第2話 異世界人召喚
「千沙、あれを見ろ」
しばらく千沙がテレビのCHを回していると、真也が眼下に広がる街並みを指して言った。
「あ……」
千沙の目にテレビで見たあの黒く巨大な蜘蛛が目に入った。車や人を踏みつぶし、どうやらこちらに近づいてきているようだった。
「速いな……もうここまでやってきたか」
「ど、どうするの……このままじゃ私たちもやられちゃうかもしれないよ……」
「ふむ、そうだな……まぁ、望んだこととはいえ、死んでしまえば元も子もない。何かあれに対抗出来る手段があればいいんだが……」
「さ、さすがに都合よくそんなものあるわけが……」
その時、真也達の後方から何か光が発生し始めた。
「え……?」
振り返ってみると、先ほど真也描いた魔法陣が光を放ちだしたようだった。
「な、なんだ……!?」
目を開けてられない程の眩い光、そして立っていられないほどの強風がその中心から吹き付ける。上空には黒い雲が渦巻き雷鳴が響き始めた。
「おぉぉぉ!?」
二人は腕で顔を覆いながらも魔法陣に目を向ける。次の瞬間だった、ピシャンと雷のような耳を劈く音が鳴り響き、真也は眉をひそめ目を閉じた。
「う……」
辺りが静かになり、腕を降ろし目を開くと、光は消え、白い煙が立ち込めていた。そして魔法陣の中央には甲冑に身を包み剣をさげた人物が、片膝をついてそこに存在していた。
真也と千沙が目を白黒させていると、その人物は立ち上がり真也へと目を向けた。
「お、お前は一体……いつからそこに」
その人物は青白く光る長く編まれた髪に灰色の目、真っ白な肌をした女で、そのくっきりとした顔立ちからしても少なくとも日本人の容姿ではなかった。
「私の名はエイル・ラ・ヴァリエルだ。お前……いや、もしやあなたが私を召喚したのか?」
「え……」
一瞬真也はどう反応していいか分からなかったが、
「あ、あぁ……まぁ、その通りだ」
状況を何とか理解し、そう答える事にした。おそらくそれで間違っていないだろう。
「そうか。確かにあなたからは何か目には見えない繋がりのようなものを感じる。これがサーバントとして召喚されるということか。そうだ、ぜひあなたの名前を聞かせてくれないか」
「あ、あぁ……俺の名前は桐嶋真也だ」
「桐嶋真也……か。うむ、聞きなれない名前だがいい名だ。あなたの事はこれよりマスターと呼ばせてもらおう」
「お、おう……」
宇宙生物の襲来に続き、異世界人の召喚まで立て続けに出来てしまった真也はそれを望んでいたとはいえさすがに動揺していた。千沙はただその様子をポカンとした様子で眺めている。
「それにしてもなんだここは……」
エイルと名乗った女は屋上の端まで行き手すりを掴むと身を乗り出して辺りを見回した。
「す、すごいぞ……! 建物が地を覆いつくしているではないか! それにあの向こうに見える塔の高さ……どんな加護を受ければあんなものが立っていられるのだ……それになんだ……? 馬もいないのに荷台が走っている……? これが異世界というやつか!」
「え、えっと……」
エイルはその荘厳な伊出達とは少し不釣り合いなリアクションを取っている。はしゃいでいると言ってもいいかもしれない。
「はッ……!」
真也達の困惑した視線に気づいたのか、エイルは手すりから手を放すと姿勢を正した。
「お、おっとこれは失礼した。私のいた世界とはあまりに景観が違うもので少々取り乱してしまった。それでマスター、あなたの望みはなんだ」
「え……? えーっと望みを叶えてくれるのか?」
「そうだが……そのために私を召喚したのではないのか?」
「あ……いや、そうそう! その通りだ!」
真也はとっさにそう言葉を返した。召喚すること自体が目的だったとはなかなか言い出せない。それに望みを叶えてくれるというのならば、叶えてもらったほうがいいに決まっている。
「そうか、それで私が戦う敵はどこだ?」
「敵……?」
「あぁ、望みを叶えるとはいっても私に出来ることは戦うことくらいだが……」
「あ、あぁ……」
確かに見るからに彼女は剣士にしか見えない。剣士を召喚して巨万の富を願ったり、素晴らしい彼女を願ったりするのはお門違いというものだろう。
「そうだな……じゃ、じゃああれで」
真也はとっさに先ほど地球に襲来してきたばかりの宇宙船を指差した。
「おぉ、なんだあれは。空中に浮かぶ要塞か……」
「あぁ、あれからたくさん巨大な蜘蛛が降って来てるんだ。見えるだろ、あそこにいる奴だ」
「なるほど……あの蜘蛛の魔物を殲滅しあの要塞を落とせばいいのだな」
真也の要求にエイルはさも当たり前のように答えた。
「で、出来るのか? あんなでかいんだぞ」
「安心しろ、私は神に選ばれし戦士。生半可な魔物などにやられはせぬ」
エイルは自分が現れた魔法陣に目を向けた。
「あんな術式で私のような強力な戦士が召喚されてマスターも驚いただろう。しかし私はこの世界に逃げ込んだ一人の魔族に用があってだな、無理やり割り込んでやってきたのだ」
「そ、そうか……た、確かになんかおかしいかなぁとは思っていたけど」
「うむ。ではさっそく戦陣へと出向くことにしよう。被害は現在も広がっているようだしな」
するとエイルは一番近くにいる蜘蛛の方を向き、屋上の手すりに足をかけた。
「お、おい、一体何を」
「はッ!」
次の瞬間その手すりがひしゃげてエイルの姿がその場から消えてしまった。
真也達は手すりを掴んで身を乗り出しエイルの跳んでいった方向に目を向けた。
数百mは離れていたはずだが、エイルはもう蜘蛛の元へと辿り着いたようだ。蜘蛛がエイルの姿に気付き振り向いた。しかし次の瞬間には勝負がついていた。一瞬エイルの姿が消えたかと思うと、蜘蛛は足と胴体がバラバラになって内臓をぶちまけ、地面にそれらが転がった。
そしてエイルは何事もなかったようにビルの上に飛び乗ると、そのまま宇宙船の方向へと向けて跳び去っていった。
「す、すごい……」
どうやらエイルの強さは本物のようだ。本当にあの宇宙船を落とすことも可能かもしれない。
「ハハ……アハハハハハ!」
真也はその光景に世界に轟くような大きな笑い声を上げ始めた。
「真也……?」
「千沙! ついに願いが叶ったんだ! これからのすべてが一変するぞ! こんな普通ですべてが決まりきった世界とはおさらばだ!」
「そ、そうだね!」
「あぁ、もっと特別で素晴らしい未知の世界が待っているに違いない!」
「で、でも真也」
「ん……?」
「あのエイルって人にあんな命令して良かったの? あの人があの宇宙生物を殲滅させちゃったらまた普通に戻っちゃうんじゃないの」
「それは……」
千沙の指摘は案外鋭いものだった。
「まぁ……確かにそれはそうだが……でもこの戦いで生き残ったほうは残り続けるんだ。それなら別に構わないだろう」
「あぁ……そっか」
「……千沙、もう一回テレビをつけてくれないか。現場の様子が中継されてるかもしれない」
「うん」
千沙がテレビをつけチャンネルを回すとそこにはエイルの姿が映し出されていた。報道陣達がその姿を見つけ追いかけているようだった。
『ごらんください! 謎の女性によって蜘蛛型の大型生物がバッタバッタと切り倒されていきます! これは現実の光景なのでしょうか。果たして彼女は何者なのでしょう!?』
◆ ◆ ◆ ◆
そこから一時間ほどすると結構辺りは暗くなってきた。空には未だに巨大な宇宙船が赤く怪しい光を辺りに振りまいている。
「ねぇ……あの人どうなったんだろ。まだ戦ってるのかな」
「さぁな……」
結局テレビクルーもエイルのスピードについてゆけずその姿を見失ってしまったようだった。
「まさかもうやられちゃったんじゃ……」
「……」
真也もさすがに自身のサーバントが少し心配になってきた頃だった。
「う……?」
何やら宇宙船から光りが発生した。爆発だ。二人の顔を明るく照らす。それから数秒後にドーン! という花火のような爆発音が響いた。
赤い炎と噴煙が上がる。これは宇宙船が地上を攻撃しているという感じには見えない。明らかにダメージを受けているのは宇宙船の方だ。
「もしかしてあの異世界人が……」
爆発はそれからも宇宙船の至るところから発生した。もはや宇宙船全体が、煙に包まれているような感じだ。
「あ……」
そしてしばらくすると宇宙船の高度が次第に下がり始めた。
「お、落ちる……」
ついに地面へと着地する宇宙船。その時、おそらくどこかで断線があったのだろう街の光がふっと消えてしまった。
「あの人、どうなったんだろ……」
暗い街の中、燃え盛る宇宙船。二人が唖然とした様子でその光景を見ていると、ガチャンと近くで音がした。
二人が音の発生源に目を向けると、そこには手すりの上に乗るエイルの姿があった。
「お、おぉ、無事だったか!」
エイルは手すりから降り真也の前まで歩いてきた。
「あぁ、敵は殲滅したしあの要塞は落とした。これでマスターとの契約は終わりだな」
「え……そうなのか」
真也の中ではずっと自身のサーバントでいてくれるものだと思っていたのだが。
「あぁ。だが私には先ほど言った通りこの世界に大事な用事がある。フロイズという名の魔族を探さなければならない。マスター、心当たりはあったりしないか」
「え……っと、いや、ないけど」
真也にとっては魔族というものが存在しうることすら今日初めて知ったことだった。そんなものがこの地球のどこかに潜んでいるのか。
「そうか、ならば私はこの辺りで失礼することにしよう。少しの間だったとはいえ世話になったな。まぁこの世界にいる限り私はマスターのサーバントだ。また敵が現れれば助太刀することにしよう。では」
そういうとエイルはどこかに跳び去っていってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆
「……一応これで事件は解決……なのか」
街を見ると宇宙生物による爪痕は残ったままだが。あの宇宙船はいったいどうなるのだろう。
だがしかし、それはもはや真也と千沙が干渉出来るようなことでもなかった。
「ま、これ以上ここにいてもしょうがないし……家に帰るか」
「……そうだね」
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