イレイザーズ

良月一成

第1話 中二病と宇宙生物

 放課後の部室塔の屋上。赤く染まった空の下、真也は魔術書を片手に持ち自身が描いた魔法陣の前に立っていた。


「これより召喚の儀を執り行う……」


「うん」


 その後方には二人の立会人がおりその様子を見守っている。中学時代からの友達の千沙と俊だ。


「いくぞ……!」


「うん!」


 真也と同じオカルト研究部である千沙は目を輝かせながら両手を胸の前で握りしめていた。


 真也は目をつぶり、拳を額に当てる。


「聖なる力を宿しし光りの戦士よ、汝の身この血を糧とし、我が元へ来たれ!」


 そして開眼し、ばっと右手を横にはらい、天にとどろくほどの大きな声で叫んだ。


「……」


 しかしその魔法陣は光輝きだすなんてことも、頭上に雷雲が立ち込めるなんてことも、謎の強風が吹き荒れるなんてこともなかった。完全な無反応だ。


「……今日もダメだったね」


「そうだな……」


 真也は渋い顔で魔法陣を見つめ、千沙は落胆するように肩を落とした。


「やれやれだな……いい加減そんなワケ分からん行動はやめたらどうなんだ真也」


 そんな二人を見て冷めた口調で俊は言い放った。


「昔からアレな奴だとは思ってたけど……まさか二人してオカルト研究部になんて入るとはな。これってあれだろ? 中二病とかいうやつだ。もう俺たちは高校生なんだぜ? 二年ほど前に期限が切れちまってる。そろそろそんな幼稚な事からは卒業したらどうなんだ」


「ふん、何を言う。特別を追い求めることに年齢など関係のないことだ」


 真也が踵を返し、まったく心を揺さぶられた様子もなく反論する。


「……オカルト研究部のイメージなんて周りからすれば気持ち悪いの一言だぞ」


「何か一つでも本物だと証明出来ればそんな負のイメージなど吹き飛ぶだろう」


「まぁ……それはそうかもしれんが……そんな超常現象……」


「起こるワケがないと言いたいのか? はは、俺はむしろその逆だと思うがな」


「逆……?」


「この世に不思議なことが何ひとつ起こらない事の方がおかしいだろう」


「……なんでだよ」


「ふん、それはだな……」


 真也は俊に迫り大真面目な顔をして説き始めた。


「犯罪が起きても、災害が起きても、超パワーや超能力を持ったヒーローが現れたことなんて一度たりともない。この世界には七十億人も人がいてそれがどんどん入れ替わっているというのに」


 千沙は俊とは対照的に真也の言葉にこくこくと頭を上下に振っている。


「幽霊だって今まで目撃談はたくさんあるが、その証拠は誰も掴んでいない」


「うんうん」


「この宇宙には地球上の砂粒よりも多い数の星があるのだとか。そんなに星があって、この地球上にしか生物がいないと考えるのはむしろ不自然な考え方だ」


「確かに確かに」


「それにだな、この世界は無限にある平行世界のたったひとつの断片に過ぎないという説がある。その無限に存在する異世界のどこにも世界間での移動手段がないというのもおかしな話だ。異世界というのはこちらの常識が通用しない世界だ。もっと科学が発展している世界だってあるだろうし、剣と魔法のファンタジーのような世界が存在していても何らおかしくない。前提そのものが違うんだからな」


 俊は少し考えるような動作をしたあと、


「つまり……そんな無限に可能性があるのに、その一つでも不思議な事が起こらないというのは何かおかしいと、何か陰謀でもあるって言いたいのか」


 眉をひそめて真也に質問をした。


「陰謀……か。政府ごときが全ての事象を隠しきれるとは思えないが……あるいはそれ以上の何かがあるのではないか……そんな気がしてならないんだ」


「そうだよねぇ」


「千沙、お前は俺の言うことをよく理解しているようだな」


「えへへぇ」


 千沙は真也に褒められ、自身の頭をポリポリとかいた。ショートボブの髪がそれに合わせてて揺れている。


「はぁ……千沙、お前は真也の言うこと理解してるっていうよりは真也の言うことを全部鵜呑みにしてるだけじゃないのか」


「そ、そういう訳じゃないけど……」


「まぁ、百歩譲って不思議なことが起こらない事がおかしいとしても、どうしてお前がそれを発見しなくちゃならない。別にこうやって普通に暮らしていければそれでいいじゃないか」


「ふん……」


 真也は俊の言葉を一笑し、屋上の端まで行くと身を乗り出すようにして下を覗き見た。


「あの二人の姿を見ろ」


 部室棟の横の中庭にはベンチに座り缶ジュースを手にし何か話している男女二人組がいた。


「あれは確か……日常部の二人だったか」


 俊と千沙の二人も真也の隣に来て二人の様子を伺った。


「そうだ。オカ研の隣にある日常部……活動内容は日常を過ごす事らしい」


 日常部の部員は現在二人しかおらず、部長はなんだかいつもにこにこ顔の気の弱そうな眼鏡をかけた男でもう一人は少し目の釣りあがったツインテールの女だ。どちらも二年生らしい。


「日常を過ごすだぞ!? 実に……実に下らない活動内容だ! 大体、日常なんてそもそも部活を創立しなくたって、何にもしなくたって送れるじゃないか!」


「まぁ……」


「俺はあんな風になりたくない。別に日常部に限った話ではないがな。だから俺はこんなことをやっているんだ」


「……いや、よくわかんねーよ。なんであんな風になりたくないんだよ。わざわざ日常部に入るってのは確かに変なことのような気もするが、日常を送るってのは普通なことだろ」


「普通だからだ。これまで何度も他の奴が繰り返し送ってきたような人生をなぞるように生きることに何の価値がある? 俺はこの普通な世界には飽き飽きしてるんだ。もっと特別な……そうだカオスな世界へ行きたい。俺はこの日常をぶっ壊してしまいたいんだ!」


「カオスな世界……? ま、お前の言いたい事、少しは分かったけどさ、実際問題そんな超常的なことはないんだから仕方ないだろ。宇宙人、UMA、幽霊、超能力者、それに異世界人だっけ? そんなものいないんだ。だから見つからない。単純な話だろ。もうこんなの撤収してさっさと家に帰ろうぜ」


 俊が手すりを離して踵を返し階段室に向かって歩き出し時だった。


「ね、ねぇ……あれ見て」


 千沙が何かを指差して少し垂れた目を見開いていた。


「ん……?」


 真也と俊は千沙の示す方向に目を向けると思わず千沙と同じように目を丸くした。


「な、なんだ……?」


 真也の通う学校は小高い丘の上にあり部室棟の屋上からは東京の街が一望出来た。そして、その街の上空に何か、幅数百mはあろうかというような巨大な宇宙船のような物が浮かんでいた。黒い船体に赤い光が時折点滅している。


「な、なんだあれは……あんなの見たことないぞ……ア、アメリカの軍用機とかか?」


 俊は眉をひそめながらその宇宙船のようなものを凝視してた。


「ククク……」


 そんな俊の耳に何か含み笑いのようなものが聞こえてきた。俊が隣に目を向けると真也が口角を上げて、宇宙船らしきものを見つめていた。


「俊、お前には分からないのか? あんなもの今の人類に作れるワケがないだろう! 間違いない、あれは宇宙船だ。ついにやって来たんだよ宇宙人が!」


「そ、そんな馬鹿な……」


 しばらくその場で三人は宇宙船の動向を伺っていたが、その場で滞空しているだけで特に変化はないようだった。


「一体これからどうなるんだ……」


「千沙、お前確か携帯でテレビ見れたよな。見せてくれないか」


「う、うん!」


 真也の言葉に千沙がポケットから携帯を出しテレビのアプリを起動させた。真也と俊は千沙を両隣から囲うようにしてテレビ画面を覗き込んだ。


『ごらんください! どうやらあの上空にある巨大な物体は宇宙から飛来してきた模様です。あの中にはもしかしたら未知の生命体、宇宙人が乗っているのでしょうか!?』


 リポーター、その後方上空には宇宙船が画面に映し出されている。真也達がいる位置よりずっと近いからの中継だ。


「お、おい、何か降ってくるぞ」


 その時俊が声を上げた。真也が画面を注視すると宇宙船から何か黒いものが大量に降ってきていた。リポーターもそれに気づき、カメラがそれを追う。


 その一つがリポーターがいる近くの地面に突き刺さった。何か卵のような形をしている。リポーターの姿や周りの建物と比較してみるとその高さは5mほどはありそうだった。


『あ、あれはいったい何でしょう。宇宙船から何かが降ってきました。遠方では車に突き刺さっているものも見えます! き、危険かもしれませんが、少し近づいてみましょう』


 リポーターがその黒い卵型のものに近づいていくとピシリとヒビが入り始めた。


『な、中になにかがいるようです! それが中から殻を破って出てこようとしています!』


 そして次の瞬間、大きな亀裂が入りいきなり卵から一本の黒い足のようなものが飛び出してきた。アスファルトで舗装された道路面にそれが突き刺さる。


「お、おい……なんかマズいんじゃないか」


 俊が不安そうな声を上げる。その足の先端は尖っていて、表面は堅そうで関節の感じからしても甲殻類のような感じだったが、なんだか黒く太い毛がたくさん生えている。


 そこからバリバリと一気に卵の殻が裂かれ、沢山の足が飛び出した。中から現れたのは……


『く、蜘蛛です! 巨大な蜘蛛が中から出現しました!』


『ひ、ひいいいいい!』


 その蜘蛛はなんと周りにいた一般市民たちを足で串刺しにし始めた。


『た、大変です! 蜘蛛が人々を襲い始めました!』


 次の瞬間。蜘蛛は一瞬体をピタリと止め、八つある目をカメラの方へと向けてきた。


『こ、こっちに向かってきます! キャアー!!』


 リポーターがフレームアウトしてしまった。


『お、おい! 逃げるぞ! バカ野郎! カメラはもう置いていけ!』


 次の瞬間、カメラが地面に放り投げられたようで、天地が逆さになる。画面には『しばらくお待ちください』というテロップが出され、そのまま動かなくなってしまった。


「な、なんだこれは……」


 三人はしばらくその場で固まり何も言い出すことはなかった。今あの宇宙船の下はきっと阿鼻叫喚な光景になってしまっているのだろう。


「フ……フフフ……」


 その静寂を破ったのは、真也の笑い声だった。


「し、真也……?」


「フハハハハハハ!」


「な、なにを笑っているんだお前は! 宇宙生物が人を襲い始めたんだぞ! ここだってきっとそのうち危険にさらされる! 俺たちも殺されるかもしれない!」


「ふっ、かもしれん……だが俺はな、ずっと求めていたんだ。この世が普通でなくなることを……このつまらない日常が破壊されることを……!」


 そんな真也を俊はドン引きした様子で見ていた。


「お前……マジで危ない奴だったんだな……さすがに冗談だと思ってたぞ」


「俺はいつだって本気だ。中学から一緒だったのにそんな事にも気付かなかったのか?」


「お、俺は逃げるからな! あの宇宙船から出来るだけ離れるんだ!」


「……そうか、達者でな」


 俊は踵を返し、階段室へと向かおうとしたが、再び二人の方を振り向いた。


「千沙!」


「え……?」


 名前を呼ばれた千沙はキョトンとした顔で俊を見た。


「そんな男と一緒にいても早死にするだけだぞ! 俺と一緒に来い!」


「え……う……」


 千沙は真也と俊の顔を交互に見た。真也は千沙の事などお構いなしに宇宙船に爛々とした目を向けるばかりである。


「わ、私真也と一緒にいるから……!」


 俊はその言葉に一瞬拳を握りしめ、下を向いた。


「ちッ……! あぁそうかよ! どうなっても知らんからな!」


 そして再び俊は踵を返すと、階段室の方へと走っていってしまった。


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