第4話 すべてはなかったことに?

 母にどやされ、真也は学校への道のりを歩いていた。


「どういうつもりだ母さんは……なんであんな頑なに学校に行かせたがるんだ……」


 千沙といい母といい、真也には周りの人間にいまいち危機感が足りていないように思えた。


「……まぁいい、今のところ政府からの連絡もないようだしそれまでは好きに行動することにしよう。みんな昨日のニュースは見たことだろう。そして俺の名が異世界人の口から出てきたことに驚いたはずだ。今まで俺をバカにしていた奴らの顔でも拝みにいくことにでもするか」


 そうだ。偶然とはいえ真也は言わばこの街の救世主のはずである。真也がエイルを召喚し、宇宙生物と戦うように命令しなければ、おそらくこの街はいまだに戦火の中だっただろう。


 俊は真也の事を認めてくれた。今日は学校中の生徒にまるで神のように称えられるはずだ。


 そしてこれからもサーバントのエイルを従え、この街を宇宙生物の手から守っていくのだ。


「しかし、果たしてどれくらいの人間が学校に来ているのやら」


 この状況で千沙のようにくそ真面目にいつも通り学校に登校する生徒など少数派だろう。


 完全に遅刻だが、とやかく言われることもないはずと、真也は軽い気持ちで学校へ向かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 しかし学校にたどり着き教室の扉を開いてみると、授業が普通に行われていた。


「なんだ、桐嶋遅刻かぁ?」


「え……はい、まぁ……」


「ったく、次からは気を付けるように」


 教室内を見回すと、そこには真也以外のクラスメイト全員が揃っているようだった。


「な、なんで……」


 学校に来る者などむしろ少数派だと思っていたのに。この中であの宇宙生物による被害を受けたものは一人もいなかったというのか。


「どうした、早く席につけぇ」


 真也は担任の態度に一瞬イラっとしてしまった。この担任は昨日のニュースを見ていないのか。救世主に対する感謝の意がまるで感じられない。


 席についたあともクラスの様子は真也にとって解せないものだった。担任だけではなく、誰も真也に昨日の出来事について触れてこない。あれは全国で流れたはずの放送だったのに。


 そのまま三限目になり、真也はついにその空気に耐えられなくなった。


 授業中、いきなりその場にガタンと立ち上がった。みんなの視線が一気に真也へと集まる。


「なぜだ……みんなどうした!? 宇宙生物が襲来したんだぞ! それを俺が救ってやったんだ! また襲撃があるかもしれないってのに、何で呑気に授業なんて受けてられるんだ!?」


 その言葉に少しの間、教室内の全員が言葉を失っていた。


「桐嶋、お前は何を言ってる。何の冗談かしらんが、そういう事は授業外でやってくれんか」


「はぁ……!? 俺がいなければみんな死んでいたかもしれなかったんだぞ……!?」


「ぷッ……」


 その時、お調子者のクラスメイトが噴き出した。


「ぷはははははは! 桐嶋お前おもしろすぎだろ!」


 それを皮切りにクラスメイト全員が大声で笑い出した。


「「あはははははは!」」


「宇宙生物からお前がみんなを救ったって? 一体それはどこにいるんだよ!」


 みんなの嘲笑の視線と声が真也に突き刺さる。


「くッ……! なんなんだよ!」


 真也はその空気に耐え切れなくなり教室を飛び出した。


 みんな偶然にも宇宙生物がやってきた事を知らずに昨日を過ごしたというのか? まるで真也の方が嘘をついているような雰囲気だった。そんなバカなことがあっていいわけがない。


 そうだ、破壊された街並みを見ればみんなあの出来事を認めざるを得ないはず。


 そう思い、階段を上り校舎の屋上から景色を見渡して真也は唖然とした。


「そんな……バカな……」


 それは先日までと何ら変わらない光景だった。あの宇宙船の残骸もなければ、あの蜘蛛による被害もない。街は完全に元の状態に、日常へと戻っていた。


 真也は屋上の端まで歩くと手すりを両手で掴んだ。


「一体……どうして」


「真也!」


 その時、真也の後方から声が聞こえた。振り向くと俊の姿がそこにはあった。あとをつけてきたらしい。


「俊……そうだ俊!」


 真也は俊に近づくとその両肩を掴んだ。


「な、なんだよ。一体どうした。いきなり教室出ていってよ」


「お前……覚えているよな、蜘蛛型の宇宙生物が昨日この街を襲撃してきたこと。俺が異世界の戦士を召喚してその宇宙生物たちを殲滅させたこと……!」


「……あのなぁ。さすがにお前ヤバいんじゃないか、もう中二病超えちゃってんぞ。それじゃただの狂人じゃねぇか」


 俊は自身の肩に置かれた真也の手を払った。


「覚えて……ないのかよ」


 しかし真也にはそんなことを言われても納得なんて出来るはずもなかった。


「なぁ……」


「なんだよ」


「昨日、俺は何をしていた?」


「昨日……?」


 俊は訝しそうに真也の少し俯き気な顔を覗き見る。


「いいから教えてくれ。放課後からの話でいい」


「……放課後か。お前はいつもの通りわけの分からんことを言い出して部室棟の屋上で魔法陣を描き始めたな」


 どうやらそこまでは真也の記憶と変わらないようだった。


「それで……?」


「それだけだよ。特に何も起こるわけもなく俺と千沙とお前の三人で帰っただろうが」


「そう……なのか」


「話せることはそれくらいだよ。どうだ、満足したか?」


「あ、あぁ……」


「じゃあ……教室に帰るぞ」


「……すまないが、しばらく一人にさせてくれ」


 俊は少しの間渋い顔をしていたが「……分かった」と無理やり連れ帰ることはしなかった。


「でもちゃんと後から戻って来いよ。それとお前、もうオカルト研究部なんてやめろ。変な妄想しすぎて頭がやられちまってんだよ。それがお前のためだ」


 俊が屋上から姿を消したあと、真也は再び屋上の隅に行き携帯でニュースを読み漁り始めた。


「くそ……くそッ……!」


 しかしいくら探しても昨日蜘蛛の形をした宇宙生物が地球に襲来してきたという記事も、異世界人が現れたという記事も存在しなかった。日本だけではなく他の国にもだ。


「クソオオオ――ッ!」


 真也は溜まっていた鬱憤を吐き出すように叫び手すりを拳で叩いた。


「一体何なんだ……どうなってる……」


 真也の頭の中には完全な形で頭の中に昨日の記憶があるというのに。真也は考えを色々と錯綜させてみたが答えを導き出すことは出来なかった。


 真也は強い苛立ちを覚えていた。喪失感でいっぱいだった。やっと望んだ世界がやってきたはずだったのに。誰も信じないことを証明し、この街の救世主になれたはずだったのに。


 それなのにクラスメイトから浴びせられたのは称賛ではなく嘲笑だったのだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 午後から教室に戻り、腫物を見るような目を向けられながら真也は一日を終えた。


 放課後になると真也は俊の忠告も聞かずオカルト研究部へと出向いた。しかし真也の目的はオカルト研究部というよりもそこにやってくる千沙にあった。


 部室に入ると千沙は魔術書をペラペラとめくっていた。いつもの千沙だ。


「あ、真也」


「千沙……」


「……どうかしたの?」


 千沙からは昨日の修羅場を体験してきたような何かを感じ取ることが出来なかった。


「……なんでもない」


 もしかしたら千沙なら。あれだけ真也の事を肯定していた千沙ならばと思っていたのだが。


「ねぇ真也、今日はこの魔法陣なんてどうかな。モンスターを召喚出来るって書いてるよ」


 千沙は無邪気な顔で魔術書を広げて真也に見せてきた。


「……ごめん、今日は何だかやる気がおきないんだ。先に帰ることにするよ」


「え……?」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 真也は帰宅すると夜ご飯を食べ、バラエティ番組を見て過ごした。


 午後九時半。あとは風呂にでも入って明日の準備でもして寝るだけだろうか。そしたらまた学校に行かなくてはならない。そして家に帰って……以下同じことの繰り返しだ。


 真也は自室に戻りベッドにバタリと倒れると昨日起こったはずの出来事を思い起こした。


 あの時の高揚感、日常が壊され、自分がこの世の特別なんだという感覚……忘れられない。


「このままでは以前と何も変わらない……つまらない日常が続いていくだけだ……このままじゃ終われない……!」


 真也は気付いた時には部屋を飛び出し、更には家の玄関を飛び出していた。


 自転車をこぎ学校を目指す。そうだ、あの屋上に行けばまた特別な事が起こるかもしれない。


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