おまけ

月夜の願い――果ての未来

 秋の夜。

 透き通るようなクリアな風が俺の肌を突いてくる。

 月のお手本と言わんばかりのまん丸お月に住むウサギは、街の高台にある展望台公園で一人物思いに耽る俺を見つめていた。

 ていうかこの世界にも月があるんだな……。

 街は未だに十億討伐祭ウィークとやらでお祭り騒ぎだ。

 高台からでもその賑やかさは伝わってくる。もちろん俺はこの手の騒ぎは苦手なので、初日以外パスしているが。


「……あいつらどれだけ元気なんだよ……フッ、まだまだ奴らも青いな」


 後ろで地を踏む音が聞こえてきた。

 音の正体へと首を回してみる。


「私をこんな真夜中に呼び出すなんて、馬鹿なの? いえ、馬鹿だったわね、あなた」


 眉は釣りあがり、頬はムッとしていて、右手で俺を指差し、左手は腰の上というまぁ分かりやすい程にテンプレ(怒り状態)である美人は、元永聖軍団中佐のセレスティア・ランヴェルト。

 歳は俺の一つ年上で十八だ。

 普段からお酒を飲むのが好きで、今日も少し頬がほんのりと紅潮してみえる。


「いや、今しれっと決めつけたよな。ていうか何でその服装? 馬鹿なの⁉」


 セレスティアの服装は、誰がどう見ても寝間着、ネグリジェそのものだった。薄いピンク色をしたもので、至る所に装飾されるフリルは、セレスティアのいつもピシッとした雰囲気を微塵も感じさせない。

 それにいつもより胸元辺りが緩いのは気のせいだろうか、いや気にするな俺、これは童貞しんし狩りの巧妙なトラップだ。


「だ、だって仕方ないでしょ! あんたが急に話があるっていうから走って来てあげたんじゃない‼」


 なるほど。だから少し頬が赤かったのか。


「今日は、その、皆と飲んでないのか?」

「え――あ、うん。私だってそんなに毎日馬鹿みたいに飲まないっていうか……(あんたもいないから今日はいいかなっていうか……)」

「え?」


 気のせいか先よりもセレスティアの頬がより赤く見える。


「はっ、何でもないから‼ そんなことより、で、何、話って。どうでもいいことだったらホントに許さないわよ」

「あ、あぁ。いや、まぁそんなにたいした事じゃないんだけど……」

「はぁ⁉ もういいから早く話しなさい」


 そういうセレスティアの肩は少し震えて見えた。秋とはいえ、流石に寝間着だと寒いのだろうか。

 なるべく手短に終わらせてやろう。


「俺――入るよ」

「えっ⁉」

「お前のギルドの何だっけ、アンビバ……何とかっていう」

「アンビバレンス・ハート‼ ちゃんと入りたいギルドの名くらい覚えておきなさいよ!」

「そうそれ。アンビバレンス・ハートに俺も入れて欲しい」

「…………本当にいいの? あなた、あの変な名前のお店もあるんでしょ?」

「変じゃないから、【ツヅル・カミツカ】な‼ ちゃんと覚えとけ! あと一応、これ俺の名前だから! 店はまぁ、何とかする」


 そう、俺は【ツヅル・カミツカ】というカフェレストランを経営している。と言っても最近始めたばかりだが。

 店名の由来は、何かたまに自分の名前入れる店があるのを参考にした感じだ。

 何かそっちの方が凄みが出ると言うか、風格があるというか、名店感があっていいかなって思った次第だ。


「まぁそうだったのね……失礼したわ」


 いやいや本気で知らなかったの、もしかして俺の名前忘れた?

 ゴブリンとかそういう覚え方されてるのかなぁ。


「何で、急に入ってくれる気になったの?」

「うーん、何て言うんだろうな」


 俺は近くにある手摺にもたれかかり、視線を街に向ける。ぽつぽつと光るこのメルクリウスの街並みは、舞咲市と違ってまだまだ発展途上国って感じで高い建物も殆ど無い。

 けど舞咲市よりも何処か活気が感じられて、色が暖かい。


「――もっと知りたいんだ、生きる意味を。この世界で生きる以上に大切なモノがあるのか、もっと――未来が見てみたいんだよ」


 何故かセレスティアは呆然と俺を見つめている。


「あ、何か俺、変なこと言ったか?」

「ううん。別に。急にあなたらしくないこと言うからちょっぴり驚いただけ」


 そう言ってセレスティアは俺の隣に近づき、同じように手摺に腕を置いた。

 セレスティアは真っ直ぐ、夜空の彼方を見つめている。

 高台に吹く風は、金色の前髪をかきあげる。

 そのお陰で良く見える水晶のような緑青色の瞳は、月光の輝きと相まって俺の心を容易く奪ってしまいそうなくらい魅了的だった。


「――なら、私が見せてあげる。あなたが見たこともないような、うーんと素晴らしい未来を――」


 セレスティアは俺の方を向き、手を差し伸べてきた。


「……フッ、何だよ、素晴らしい未来って」


 何か照れくさいが、ここで手を握らない訳にもいかなさそうなのでそうしてみる。冷たい。細くて綺麗な指。

 俺より背が十センチくらい低いセレスティアは、自然と俺を上目遣いで見てしまう。


「――私はいずれファウストを創りたいと思ってる。私達AIとあなた達人間は、いつかきっとこうやって皆が手を繋ぎ合えると信じ、願っているわ」


 セレスティア本人もどこか照れくさいのか、頬が朱色に染まっているのが分かった。


「マスターとしてあなたをアンビバレンス・ハートに受け入れます……ツヅル。このセレスティア・ランヴェルトの名に懸けて」


 次の瞬間、俺の手の甲に柔らかく生暖かい唇がそっと触れた。


 月の明かりに照らされたセレスティアは、まるで何処かの国のお姫様のように綺麗だ。

 当然、俺はあまりのことで脳内の思考速度がフリーズし、暫く硬直して動けなかったが……。


 そんな二人を見て、まん丸お月に住むウサギは、何を想うのだろう……。


(おしまい)

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Another Life to End 文鷹 散宝 @ayataka_sanpo

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