私の英雄(6)
「フ、フッ、フハハハハ‼ 傑作だ、傑作だよこれはぁぁ。人間とAIがなんか小芝居始めましたよぉぉ。ヒャーーハアアアア‼」
テンション高めに腹抱えて笑い出した秦野。
「お前」
俺がこいつをぶん殴ってやろうとする前に、呉羽が先に秦野をぶん殴っていた。
「お前がレイアの意志を馬鹿にするなっ‼」
「いってぇな‼ クレハァアア‼」
秦野はいつのまにナイフを取り出したのか、そのまま呉羽を突き刺そうとする。
刹那――白炎の槍が豪速で飛んできた。
「――《
蛇のようにうねりながら秦野の肩へと突き刺し、貫通した。
「イッデェエエエエエエエエ‼」
地面にのたうち回る秦野。貫通された傷口から大量の血が滲み出てくる。
そのまま白炎の槍は、燃え溶けるように空へと昇華していった。
槍が飛んできた方を見ると、至る所に傷を負った
「……無事だったのか、咲華」
咲華は
空中で高速操作する素振りをみせ、一本の
銃口を秦野に向け、照準を合わせる。
左手でガシャンと
「ヒャーーハアアアアア‼ いいさいいさ。殺せ、殺せよ女ぁ。お前も俺みたいに殺して殺して殺しまくれよぉ‼」
秦野の挑発に咲華の肩は、僅かに震えているように見えた。
「あぁん、どうした、やれよ。早くやれよぉ。こっちはセブンまで死んだんだ。もうけもうけ。ま、死ぬのは少々もったいない気もするが、俺は所詮、
「いつのまにっ⁉」
俺は慌てて街の方を見る。
門の向こうでは、オレンジ色の明かりと黒煙が狼煙をあげていた。
「どうして……」
咲華の声は微かに震えていた。
「なんで……なんでこんな奴の為に……グレンがっ!」
咲華は声を荒立て
「もうこれで何もかもお終いだぁ。俺もお前達もなぁ‼」
「死ねぇぇえええええええ‼」
寸前――俺はその震える手をそっと握った。
「――止めとけ。こんな奴の為に咲華が手を汚す必要もねぇよ」
「えっ……つーちゃん――っ?」
「それでも、俺の師匠が命をかけて守った命なんだ。これはAIと人間の架け橋にしなくちゃ師匠が報われないだろ。罪はしっかり最後まで償わせる」
「つーちゃん……わたし、わたし。でも、グレンが……」
「あぁ。咲華が辛い事だけは分かったよ。でも……」
そのまま秦野の顔面を思いっきり蹴り上げた。
「俺もこいつを許した訳じゃねぇ‼」
「グヘッ!」
秦野は宙で浮き、ドタンと沈んだ。
「悪い、咲華、許してくれ。これが俺のやり方なんだ」
咲華はその場で地面に泣き崩れた。
「っ、うっ……、うっ、わぁあああああああん‼」
こんなとき咲華の傍にいてやるのが正解なのかもしれない。そう思った瞬間だった。
秦野がぶっ倒れている地面だけが鏡のような異空間になったのを見た。その鏡から伸びてくる黒い手は秦野の足を引っ張り、身体ごと一瞬で吸い込んでいった。
「……あ」
目の前で何が起きたのか理解するのに時間がかかった。秦野は吸い込まれる寸前に口元で何か呟いていた。決してあれは謝罪なんかじゃない、分かりやすい程に奴の口元は歪んでいた。
秦野は居なくなった。だがまだ何も解決していない。
「セレスティア」
「えぇ、分かってるわ。もう既に皆には街の避難誘導に向かわせたから」
「あぁさすが元中佐って、何処に行くんだ?」
「時間が無い、いいからついて来て!」
とにかく俺は師匠を呉羽に任せ、セレスティアの後を追いかける。
「なんか、手があるのか?」
大方、十億は師匠を倒したから標的を街に変えたんだろう。
セレスティアは確かに強い。それでも一人で十億に対抗するのはいくら何でも無謀すぎる。
「……一つだけね。でもあれほど巨大な火球を街にもう一度放たれたら、流石に守りきれる自信ないから一応避難してもらってるけど。まぁどの道失敗すれば終わりだから」
俺達が街の巨大門付近まで先回りした頃、十億の口元には超巨大火球が出来上がっていた。
「いよいよあっちも仕留めにくる」
セレスティアは語気を強めて剣を地面に突き刺した。
「来るぞ、セレスティア!」
十億が首を大きく揺らす。
そのまま放たれた超巨大火球は、決して速くはないがグングンと確実に街を捉えている。
「――もう、あの時みたいな失敗はしない。今度こそ、私が守ってみせるから‼」
セレスティアの声に剣が応じて発光する。
その光は瞬く間に地中へと流れ、根を張っていく。まるで樹を生やすように。
「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
セレスティアは強く叫ぶ。
次の瞬間――叫びと共に、光の巨大樹が曇り空へと突き抜けていった。
巨大樹は神々しい程に光り、輝く。
枝は辺り一帯に光の粒子を撒き散らす。
それは全ての生命を輝かせる奇跡にも見えた。
やがて激突する超巨大火球と光の巨大樹。
豪炎の如く燃える火球は、巨大樹を燃え尽くす勢いだ。
しかし、そこからが凄かった。光の枝は、超巨大火球に一本一本巻き付き始める。
やがて枝は火を養分とするかのように吸収していく。どんどん小さくなる火球。
それとは真逆に、巨大樹が放つ光度は上昇していく。
「守ってみせる。でも、私はそれだけで満足しない……」
セレスティアの声はいつもよりも低く、力強さを感じる。
完全に火球を吸収しきった光の巨大樹は、セレスティアが地面から抜き刺した剣へと収束されていく。
それは黄金のように美しく、煌めく、光の剣。
一見、防御技に見えたそれは、絶対なるカウンター技。
俺にでも分かる。これは
これが、セレスティアの
「これが私の正義……」
両手で握った剣を目一杯の力を込めて振り下ろした。
「――《
光の斬撃は、地面を抉り、空間を斬り裂きながら、凄まじい勢いで十億に襲い掛かった。光の斬撃に十億は急いで空へ逃げようと翼を広げる。
しかしそれよりも早く、光の斬撃が十億の躰を切り裂いた。
瞬間、辺り一帯には凄まじい風圧が押し寄せ、そのまま俺は吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
幸い近くには何もなかったので身体を強く打ち付けることはなく、地面を数メートルくらい吹っ飛ばされたくらいで済んだ。
モクモクと爆煙に包まれて目を開けるのもキツイ。
「……やったのか。セレスティア‼」
彼女の名を読んでみる。でも返事はない。
暫くして爆煙が薄らいできた。
俺は必死に目を擦り、セレスティアを呼び続けた。
しかし返ってきたのは……
「グヴァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッツ‼」
鼓膜を破りそうな程凄まじい咆哮だった。
視界が突き抜けるように晴れていく。
「イッ。おいおい、どれだけタフなんだよ。って、いた、セレスティア!」
セレスティアは力を使い果たし、地面で倒れ伏していた。
近くには十億の? 変わり果てた姿があった。躰には先程受けた巨大な斬撃痕が残っている。
しかし――両翼が何処にも無かった。
「…………なんだよ、あれ……」
もはや両翼の跡形などなく、左右に四匹ずつ、合計八匹の大蛇へと変貌していた。
十億と同じような分厚い鱗。
獰猛さを兼ね備えた目と牙。
今にも首を
そんな奴が八匹。しかも中心にはドラゴン。
あれではまるで九頭竜みたいだ。
全身を悪寒が襲った。
呼吸が上手く出来ない。
酸素が薄い。足りない。思考が鈍る。
「セ、セレスティア‼ 早く立て! 逃げろ‼」
「……ごめん、もう……動けない」
俺も何度も経験したことがあるから分かるけど、あれを起こすと身体に有り得ない程の重力が襲ってきてしばらく動くどころでは無くなる。
そう、分かっているはずなのに。
「いいから、今だけ動けよ‼」
こんな無茶苦茶なことしか言えない。そんな自分に嫌気がさした。
もうセレスティアは動けない。
誰も、あいつを救える力なんて残っていない。
誰も、そう、俺以外の誰も。
思考するよりも早く足に力が入っていた。
薄緑色の光が足に灯る。
ダン! と前足を踏み込んだ。それを何度も回し回して、一気に回転数を底上げする。
やがて小さな背中が見えてきた。
今度は油断してこけたりなんかしない。そんなフラグへし折ってやるくらい俺は成長したんだって所を師匠に見せてやりたいから。
俺の行動を察知してか、大蛇の一匹がセレスティアに伸びかかろうとする。
「クソッ……やばい」
――間に合わない。何が成長だ。あの時は師匠がいた。でも今は俺しかいないって先覚悟しただろ。なら……限界を超えろよ。
全身が薄緑色に包まれる。バチ、バチッと紫電が弾けた。
「セレスティアーーー‼」
スライディングしてすかさずセレスティアを抱きかかえ、大蛇の噛みつきを寸での所で躱す。
そしてすぐさま門の方まで引き返す。
何匹かの大蛇が追いかけて来る。
「クソッォオオオオオオオオオオオオオ‼」
泥臭く。俺らしくもなく。
ただひたすら、がむしゃらに走る。
「――っ⁉ うそ……えっ、もしかして……あなた」
セレスティアの頬がほんのり赤面して見えた。でも今はそれ所ではない。
「ちょっと黙ってろ」
何とか大蛇を突き放し、門の近くまで辿り着いた。
セレスティアを地面に寝かせようとした時。
「…………私じゃ、倒せなかった…………だから……その……お願い」
震える手で袖口をギュっと握られた。
「あの時みたいに……その……」
口元でごにょごにょするセレスティア。そのおでこにデコピンする。
「うっ⁉」
「らしくないな……急に乙女ギャップで
両目をギュっと瞑るセレスティアはその…………可愛いっていうか狩られそうだ。
「もう、馬鹿馬鹿、ホント馬鹿! ツヅルの癖に私が動けないからって生意気…………ばか」
このままではギャップにコロッといってしまいそうなので、俺は十億に向かって走り出した。
『――お願い神様。もう一度だけあの人に、二度も私を救ってくれた、たった一人の、私の英雄に
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