私の英雄(5)
何も答えられなかった。
というよりも答えを知らなかった。
「僕もね、当初レイア達がスキルを使える事に驚いたんだ。それでも最初はそういうものなんだって思い込んだ。でも時が経って、その違和感は拭えなかった。そこで色々調べていくうちに一つの仮説が出来た。
このALEで生きるAI達は、プログラミングされたNPCでもなければAIでもない……そうじゃないと政府がAIを狙う理由が分からない。けど方法に確信はない。でも僕はこれを――」
正直、この先は聞きたくなかった。いい話な訳がないから。
「非人道的実験から産まれる『疑似人間』だと想定している。レイアは多分、人工知能細胞を飲んだ時点で、染色体、遺伝子に何らかの異変が起きた
もう俺にとっては訳が分からないというか、意味が分からないレベルだった。
「何処からか集めた母体を使って核を抜いた精子と卵子を強制的に受精させる。予想だがその中に日本人はいない。国籍を持たない外国人だと僕は睨んでいる。
神司君、君もAI達の中に日本人っぽい人は見かけなかっただろう?」
「あ、あぁ……確かに」
そうだけど……それを本当にやる奴なんて……絶対法的にもアウトだ。
「そして僕は、未だに分からないでいる。――人は一体何処からが人間で、何処からが人間ではないのか――感情か、容姿か、会話か、愛の有無か。産まれ方か。育ち方か」
「じ、じゃあ師匠達は仮想世界内で育てられた人間ってことなのか?」
「あぁ。本当ならまだ僕たちと同じ世代、歴史を生きるはずだったけど、時間加速を使ってもう三百年以上前の過去の人達となっている」
数秒間、誰も口を開かなかった。
沈黙の時間はあまりにも静かで、時が停止しているように感じる。
そのせいか、十億が動いたのがすぐに分かった。
咆哮が響き渡る。
「グヴァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッツ‼」
十億は四本脚を勢いよく漕ぎだし、俺達の方へと突進してくる。
「もう目覚めよったか……」
師匠が舌打ちし、俺達もとにかく急いでその場を離れようとする。
だが一人、呉羽はその場を離れず両手を大きく広げる仕草を見せる。
「ティルグレイス! 僕だ、覚えてないかー‼」
「何してんだ呉羽‼ 早く逃げろ、死ぬぞ‼」
俺の声は呉羽に聞こえていない。フラフラと十億に向かって進んでいる。
セレスティア達は既に移動している。俺も師匠も少し離れてしまっていた。
当然、【テイム】の首輪がとれた十億は、呉羽の呼びかけに応じることなく突進してくる。
「あぁ、クソっ」
俺は踵を返し、前足を一歩踏み出したその時。俺の肩が誰かの手に引き留められた。
「お主はここにいろ」
「でも、呉羽が⁉」
師匠は軽く舌打ちをして。
「私は一つ、お主に言っておかなければいけない事がある」
「こんな時に何言ってんだ!」
「いいから聞け! ったく相変わらずお主は人の話を聞かない奴だな」
師匠は俺の肩に手を置いた。冷静になれと言わんばかりに。
「……私は大賢者との約束を『一度』も守ったことなどない」
「え……?」
それはいつかの約束の話だった。
「そもそもお主達がこの世界に現れたのがちょうど一年前。私は三百年前の約束なんて正直忘れかけていたさ。でも永聖軍団がそれを受け入れた。私はむしろ、のうのうとこの世界にやって来たお主達人間を嫌悪していた。人間との共存なんて戯言だと。それに、先の話を聞いてより人間を醜いと思ったのも事実」
師匠が明かす本音。
それは誰にも攻めることなんて出来ない正当な理由だった。
「だが最近な、そんな未来も悪くないと思ったのも事実……」
相変わらず不器用すぎるその物言いだったが、弟子の俺にはそれで十分だった。
「お主……しっかりとその眼に焼き付けておけ」
そう言って師匠は俺から手を放し数歩前に出る。
右足を前に踏み出し、右手を突き出した。
「これが大賢女の――」
師匠を中心に、草砂が円柱状に風が舞い踊る。
「――本気だッ‼」
疾風に混じるように紫電が弾け、空間を切り裂く。
「――《
師匠の全身を包見込む風と雷は、ドレスのように煌びやかに見え、神々しさを伴っていた。
今まで一緒に居て、一度だって見たことのない技。それはカンストした
「あれが……想いの力……」
師匠は予備動作なしで気づけば呉羽を抱きかかえ、俺の元に返ってきていた。
地面に置かれた呉羽は何が起きたのか、状況を把握しきれていない。感覚として瞬間移動した感じなんだろう。
すぐに紫電が十億の方へと迸るのを見て、呉羽は安堵するように吐息を漏らした。
「相変わらずレイアは凄いなぁ……」
「――当たり前だ、俺の師匠だからな」
何千人集まろうが倒せない十億に師匠はたった一人で立ち向かう。
風と雷を利用した体術は、パワー、スピードの両方で十億を圧倒していた。
大賢女の異名には相応しくない物理攻撃。このまま本当に師匠一人で倒してしまいそうな勢いだ。
俺はその戦闘をただ素直にカッコいいと心の底から思った。
「凄い。初めて見たわ。あれが大賢女様のお力なの……」
暫くして近くまで戻ってきていたセレスティアを含め、残っていた残兵が見惚れるように眺めている。
そんな時、何処かで聞いたテンション高めな声が聞こえてきた。
「おらおら~何してんのティルグレイスさんよぉ~。たかが老婆一人にてこずちゃってさぁ。さっさと
それは全身がズタボロ姿になった、内閣機密集団のリーダーである秦野だった。
途端、全身に冷たい汗が噴き出し、動機も激しくなる。
「お、おい、お前、紅蓮の一団はどうした⁉」
秦野は一瞬俺を睨んだが、何も言わずフラフラとした足取りで十億に歩み寄る。目がもう完全に虚ろいでた。
師匠に追い詰められ、弱った十億にフラフラと文句を垂らしながら近づいて行く。十億はそれが気に障ったのか、ターゲットを秦野に変えた。
――瞬間。
一気に距離を詰め、前脚の爪を突き刺すように振り下ろした。
「ヒィイ⁉」
秦野はその場で腰が抜け、尻から転ぶ。
誰もあいつを守ろうとしなかったし、俺もそれでいいと思った。
むしろ自業自得だと誰もが思った。
だが、たった一人だけがそう思わなかった。
秦野に爪が振り下ろされる寸前、紫電がズバァンンと迸った。
空に浮かぶ血潮。
「………………うそ、だろ」
鋭く尖った爪先は、師匠のお腹を貫通していた。ぽたぽたと爪先から滴る赤の雫が地面へと落ちる。
秦野の全身は真っ赤な鮮血で染まっていた。
師匠はそれでも力を振り絞り、左手で手刀を作り十億の爪を切り離した。
「グヴァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッツ‼」
悲鳴を上げる十億。その場が凍りついたように静まり返った。
「ゴホッ……」
師匠は刺さった爪を容赦なく引き抜き、大量の吐血を漏らす。
それと同時に身に纏う風雷のドレスは、天へと溶けていった。
「師匠ッ‼」
抱きかかえた師匠の身体は少女のように軽い。腹に開いた空洞から大量の血が漏れている。
まだ微かにだが息はある。しかしその呼吸は驚くほど浅かった。
「だ、誰か‼ 回復を⁉」
俺はセレスティア達に向かって吠える。
でもそれを制するように冷たくなった手が俺の頬に触れた。
「え……」
「……フッ、やっと、死……ね、るな」
菫色の瞳は暖かみを無くし、俺ではなく、じっと真上を見上げている。
「なんで、なんでこんな奴の為に、正義の味方じゃないんだろ! じゃあほっとけよこんな奴! なぁ‼」
俺の瞳から零れた涙が頬を伝って師匠の手を流れていく。
「……少し、うるさい、響く。はぁ……私も、老いたものだ。結果、このざまだ」
「今すぐ街医者の所まで連れて行くから」
街まではすぐそこだ。全力で走ればなんとか。
「いい」
それは冷静になればすぐに分かる事なのに、どうしても受け入れたくない自分がいた。
「……神司君、レイアの話を聞いてやってくれないか」
後ろにいた呉羽が優しい声をかけてきた。師匠の呼吸はもう殆ど感じられない。
「なぁ、お主、私のこの選択は間違いなのか……」
「……っ、わかねんぇよそんなの。でもここで死ぬのだけは間違ってる。あんたは、もっと、幸せにならなくちゃいけない人だろっ……」
「……そうか。お主がそう言ってくれるのなら、私の選択は正しい間違いだったみたいだな」
「何、言ってんだよ! 俺はもっと、あんたに教えて欲しい事が山ほどあるんだ! もっと一緒に居たいんだよっ‼ AIとか人間とかもうどうだっていいよ。俺は、だから……もっと……」
俺の涙は師匠の顔にぼたぼたと落ちていく。
「…………最後まで、自分の良心を、信じて、生きろ。そこにきっと、正義があるから」
師匠は今にも崩れてしまいそうな、儚げで美しい微笑みを浮かべた。
「――――愛しているぞ、最愛の弟子ツヅル――――」
その瞬間、俺の頬にあった師匠の手がパタンと地面に落ちた。
本当なら大声で叫びたかった。
じゃないとこの気持ちをどうしたらいいのか分からなかったから。
本当ならもっと喋りたかったし聞きたいことが山ほどあった。
本当なら……もっと一緒に過ごしたかった。
でも俺は師匠の安らかに眠る顔を見て、頭を撫でることしか出来なかった。
「……ありがとう……ございました……」
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