私の英雄(2)

 俺達は長い洞窟を抜け、スキナカス大森林に入っていた。

 行きはダラダラと歩いていたので時間を食ったが、今回は三人とも《フィジカルエンハンス・アジリティー》を使って激走していたので一時間くらいで戻ってこれた。

 そんな道中でセレスティアは、俺に素朴な質問を投げかけてきた。


「あなた、戦えるの?」

「いや、俺はお前みたいに剣とか使えないし弱い。もはやサポートに徹することしか出来ない」

「じゃあなおさら理解できない。なぜ自分からわざわざ十億がいるかもしれない所に?」

「……そこに、俺の師匠がいるかもしれないから」

「あなたの師匠?」

「あぁ。ちょっとていうか、だいぶ不器用をそのまま言葉で表したような人」


 セレスティアの表情はフードであまり見えなかったが、多分首を傾げていたように感じた。

 そこからも休むことなく走り続け、ようやくスキナカス大森林を抜けて草原フィールドへと出ようとしていた。


「ハァハァ……ちょっと、あなた達、飛ばしすぎじゃないかしら?」


 何だかんだ言ってトオルが息を切らしながらついてきているのは少し以外だった。セレスティアは呼吸一つ乱れていない。

 俺もこれくらいなら毎日の走り込みで鍛えてるお陰か、スキルも使えて幾らか楽だった。それでも結構全速力で走ってきたことに違いない。


「そうだな。少しペースを落とそう。それにもうすぐ大森林を抜ける。そこからは俺達もどうなるか分からない」


 二人共頷くと同時に俺も唾を吞み込んだ。ここからはいつ命を落としてもおかしくないと思うと急激に身体が重く、胃が締め付けられるような感覚を襲った。

 そうして俺達はスキナカス大森林を抜けた。


 行きは晴れていたはずの空がいまはどんよりと曇り、パラパラと雨が降り始めている。


「おっとぉぉお~。本当に来やがったぜぇ」


 そこにテンション高めな金髪男が俺達を出迎えた。その金髪男の真っ赤な派手なコートとは違って、後ろには八人の黒服が佇んでいる。

 俺達はこいつを華麗に無視して通りすぎようとした瞬間――光が――サッと鋭利な刃先が俺の目の前を通り過ぎた。


「危ないっ‼」


 咄嗟に、セレスティアが俺の首根っこを引っ張ってくれたお陰で何とか無事ですんだ。


「おい、誰を無視してんだよ、ガキィ」


 ガキって俺のことかよ。この手の輩は無視するのが一番傷つくのだろうか。


「ここから先は通行止めだぜぇ~通りたきゃ通行料払いなぁ‼」


 金髪男は手に持ったナイフをちらちらと揺らしながら威嚇している。


「通行料っていくらだ」

「はぁああ⁉」


 金髪男は指で目ん玉を引ん剝くように俺を見つめ、突然、腹抱えて笑いだした。


「ヒャーーハアアアア。お前、本気で通ろうとしてんのか、この状況でぇ。マジか。ヒャーーハアアアア」


 どんだけウケてんだよこいつ。幸せ者か。

 そこでグラサンをかけた黒服の一人が、俺達の前に出てくる。


「我々は日本内閣機密集団。俺は黒川、今は……サブリーダーだ。お前達には急で悪いが暫くの間、この先へ通せない。二時間ほどな」

「日本内閣機密、集団……」


「おいおい、黒川クンさぁ。なんで俺より偉そうにしゃしゃり出てんの? え? なんでぇ? ここのリーダーはこの秦野様って決まってるよなぁ‼」


 金髪男は秦野と名乗り、黒川の腕にグサッとナイフを刺す。


「グッ……すいません、でした……」


 秦野は黒川からナイフを抜き差し、血を器用に薙ぎ払う。どう見てもそのナイフ捌きは、普段から使い慣れているものだった。


「あ、ごめんごめーん。で、さ、君達人間? それともAI?」


 秦野の質問に俺達は顔を見合わせる。正直、こいつに構っている時間はない。

 でも向こうは九人。それも結構手練れだ。


「人間二人とAI一人だ」


 俺は出来るだけ手短に答えると、秦野はまた大爆笑した。いやウケすぎだろ。


「うそうそ、本当にAIと、人間が、仲良く、一緒に、行動とかしちゃってるの? え、え、ヒャーーハアアアアア」

「何がそんなにおかしいのよ‼ ていうかあなた達、何の権利があってこんなことしてるの‼」


 しびれを切らしたトオルが秦野に突っかかる。


「うるせぇ黙ってろカマ‼ 俺達はお前らみたいな浮かれた野郎をここで止めるように政府から命令がきててな~でもよ~俺は正直お前達みたいな奴ら殺したくて仕方ねぇんだわ」

「ッ……。本当にあなた達が政府から依頼された者なの? それに何の為にこんなこと」


 秦野は口元はニヤリと釣りあがる。その不気味な表情は危険性を匂わせる。


「理由? ハッ、そんなの俺がAIを殺したいからに決まってんだろ? 後ろにいる奴らはみんな自衛隊や海上自衛隊、警察組織のSITやSATだっけ、それぞれから代表して集まってきてる奴らなんだよ。

 そんなの集めることが出来る連中なんてそうそういないだろぉ~」


 なんだそのドリームチームは。

 今の秦野の言葉で政府の企んでいる仮想世界移住計画はより現実味を帯びてきた。

 そしてこの先に多分十億がいることも。

 ていうか日本国政府はたいぶ黒すぎないか。そう思うのも俺達が勝手に政府は、比較的に善人の心を持っているのだと自然に思い込んでいるかも知れないが。


「あなた達の世界のことはよく分からないけど、あなただけは他と少し違うわよね」


 隣にいたセレスティアが秦野に向かって剣を抜き、剣先で捉える。


「ほぉ~そこの女はやる気だが。俺達は九人、お前達は三人。どうあがいても女一人じゃ何も出来ないのが目にみえるけどいいか~」


 秦野は余裕の表情で俺らの三人を交互に見渡した。


「少し舐め過ぎよ、あなた達」


 そう言ってトオルはいつの間にかアイ・ジーから大楯と斧を取り出していた。

 へ~なんか予想通りと言えば予想を裏切らない役職ですね。

 セレスティアはそのまま秦野に斬りかかる。それを皮切りに黒服達もセレスティアに近づく。

 トオルは《フィジカルエンハンス・ジャンピング》を使って軽く地面を蹴り、勢いよく大楯を地面に突き刺す。


「ヴォオオオオ‼ 《アイアンウォール》‼」


 地面がひび割れ、八人全員が四方八方へと吹っ飛んだ。俺も何もしない訳にもいかないので、セレスティアの剣に光の補助を放つ。


「――《ライト・アディション》――‼」


 確かセレスティアは十億戦の時に仲間に光を求めていたので、何となくそうするしか選択肢がなかった。

 それでも数の差は圧倒的なまでに不利だった。

 トオル一人で当然八人を抑えられる訳もなく、俺の方にも黒服達が四人で向かってくる。おいおい卑怯者め。こいつらリアル戦闘職してるだけあって格闘戦もめちゃくちゃ強い。

 俺も師匠に武術は教わったが、こいつらは積んできた経験が違う。

 それは黒服達の武術スキルにも現れていた。師匠程ではないが、それに近い切れ味、重み、一対一ならまだしも、こう数がいると近接戦ではかなりやばい。

 ていうか痛い。痛い。痛い。俺は追い込まれて、サンドバッグ状態になっていた。


 まだまだ細胞力セルフォースは余っているが、それを使う隙もなければ一発逆転出来る技も知らない。トオルは四人と交戦中。セレスティアは秦野と交戦中。どうすればいい。

 そんな時だった。一瞬、森林の方からがさっと音がした。


 刹那――


「――《白焔華の血槍オブリド・フレイム》――ッ‼」


 白炎を纏った槍が、蛇のようにうなりながら凄まじい勢いで俺と交戦中であった黒服達の身体を貫き、また一人と貫いていった。

 その場で大量の血しぶきが撒き散らされる。

 勢いを失った槍は、跡形もなく宙へと霧散した。それはまるで魔法のように。

 それと同時に森林から現れる。黒のロングコートを羽織る三人組の姿が。

 その三人を見た黒服の一人が、ポツリと呟いた。


「紅蓮の一団……また、お前達か……」


 そのうちの一人は俺が最も知っていて、最も知らない人だった。


「……えみ、なのか?」


 咲華は俺が見たことのないその冷酷な瞳で、黒服達を見据えている。

 隙を見てトオルとセレスティアがこちらに戻ってくる。


「なんでここに紅蓮の一団が……」

「あれは、呪われたギルド……」


 トオルとセレスティアは紅蓮の一団を知っているようだった。


「呪われたギルド……」

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