第七章
私の英雄(1)
二日後の早朝。
現在、俺は縦にずらりと続く混合部隊の大群に混じり、草原フィールドを歩いている。そして隣にいるのは、緊張しているのかどこか表情が硬いトオル。
更にもう一人。視界が見えるギリギリの所までフードを深く被り、何やらぶつぶつと独り言を呟きながら歩くのは、永聖軍団で元中佐を務めていたセレスティア・ランヴェルト(現在謹慎中、ほぼ
永聖軍団は白のコートで統一された集団に対して、俺達の混合集団は、色も服装も全く統一されていない徴収歩兵みたいだ。
目的地は十億の住処であると言われているカロリス火山。
ひたすら集団をぞろぞろと歩いていくので、目的地までは約四時間程かかるらしい。
そのせいか道中は結構退屈だ。
それは周りの連中も同じで、あちこちで会話が聞こえてきてまだ十億戦の緊張感がない。それともワザと暗くならないようにそうしているのか。
そもそもこの二万人の集団は九割がAIだろう。トオル曰く、この混合集団に参加し見事討伐成功すれば普段の高額依頼の十倍以上の報酬が出るらしい。その為、大勢いれば何とかなるんじゃないかと思った奴らが集まってきた次第だろう。
草原フィールドを抜け、俺のよく知るスキナカス大森林に入り、それを超える。抜けた先にあるやたらと長い洞窟に入りその途中、一時休憩の合図が送られてきた。
俺達もその場で座り込む。正直、こんな所で止まるくらいなら、早くカロリス火山に向かいたい。というか先頭集団辺りは今から十億戦が始まるのかも知れない。
そんな緊張感が前方から伝染していくように、集団の空気がピりつきはじめる。
「あなた大丈夫なの、さっきから顔色悪いわよ」
トオルがセレスティアの背中をさすりながら心配している。
「……大丈夫だから、心配しないで」
そうは言ったもののセレスティアの顔は、普段よりも酷く青ざめて見えた。
数分後、集団は小休止を終え、再び動き出す。
混合集団の目的は、部隊の主力となる永聖軍団の支援という目的が大きいだろう。相手は十億一匹なので、連携がとれる永聖軍団がメインとして戦うほうが上策みたいだ。
そして前方から光が見えてくる。
ようやくして、目的地のカロリス火山へ辿り着いた。
噴き出したマグマがゆっくりと下流へと流れていく。辺りにはぽくぽくと沸騰するマグマ池が、より一層辺りの温度を引き上げる。そのマグマが冷えて固まったであろう熔岩を踏む二万の集団。
「分かっていたけど随分と暑いわねここ、そして十億もいない……」
トオルの言葉は周囲のリアクションと同じだった。
先頭集団の方でも戦闘している様子はない。というかあんな馬鹿デカいドラゴンがいたらその場ですぐ目につくだろう。
集団は肩すかしをくらったようにざわついている。俺達三人はどういう状況か分からないのでその場で立ち尽くすしかない。
未だ指示は飛んでこない。永聖軍団も困惑しているのだろうか。情報によれば十億の住処はこのカロリス火山で間違いなさそうそうだが。
現にこのカロリス火山では、一匹たりともモンスターを見かけない。それは十億がこのモンスター界において頂点の位置にいることを何よりも示している。
俺は二人に「その場にいてくれ」と言い残し、先頭集団にいる永聖軍団の様子を伺いに行くことにした。理由は一つ。俺は待つのが嫌いだからな。
今まで伊達にぼっちをやっていただけあって、この集団をすり抜ける俺のスキル(自称糸縫い)は瞬く間にするりするりと集団を抜かしていく。
これもしかして俺のユニリティースキルなのか、と思ったが、もし本当にそうだったらそれはそれで悲しいので考えるのを止めた。
いよいよ白コートに身を包んだ永聖軍団が見えてきた。予想通りこちらも困惑しており、落ち着かない雰囲気を感じる。
――そんな時だった。
集団の前方で、多分この軍を率いているであろうムキムキ筋肉おじさんみたいな奴が、大きい声で『なあにぃぃい⁉』と叫んでいる。
なんであの手の奴は、声も体格も同じくイコールしているんだろうな。
『はぁあああ⁉ 十億が草原フィールドで大暴れしてるだとぉおお⁉ 本当かそれはぁ⁉』
『はっ。どうされますか大将⁉ 噂とはいえ、あの巨大門を破られると街に甚大な被害が』
分かりやすいくらいに情報をくれた筋肉大将さんのおかげで、何となく理解できた。確かセレスティアが元中佐だから、大将ってほぼトップみたいなもんか。
『ふむ。でも噂は噂。誰かの陽動かもしれんから下手に動けん。それに今から軍を戻すにしても時間がかかる……一度本部に連絡を……』
大将さんが悩みながら腕組みしているのを背に、俺はすぐさま先程使用した自称パッシブスキル(糸縫い)でするりするりと元の位置へ戻る。
「どこ行ってたのツヅル君?」
「悪い、急用ができた。トオル達はここにいてくれ。すぐに戻る」
「え、ちょっ」
トオルが驚くのを横目に、すぐさま来た道を引き戻そうとする。その時、腕がグイッと引っ張られた。その人物は今も深くフードを被るセレスティア。
「どこに行くの」
「えっと……」
俺が返答に困っていると、セレスティアが俺の耳元まで唇を近づけて囁いた。
「もしかして、十億はここにいないの?」
あ、そ、そこ。吐息がぁ、こ、こそばゆくて、か、身体の力がぁあ。
「イデッ‼」
セレスティアが俺の足を踏みつける。
「なんで鼻の穴広げて気持ち悪い顔してるのあなた?」
俺を蔑むような目で見るセレスティア。もはや足を踏みつけられるのも結構マニアにはご褒美だからそういう態度は止めとけよ、喜んじゃうからと心の内で言いとどめた。
「あ、あぁ。えっと……ここには、いない、らしい。多分だけど」
「どういう事? じゃあ十億は何処にいるの?」
「さっき盗み聞きしたから本当の情報かは保証出来ないけど、十億が草原フィールドにいるって」
「えっ⁉」
セレスティアは動揺を隠すように、フードをくいっと深く引っ張った。そう、三ヶ月前の十億戦の時も、スキナカス大森林のすぐ近くにある草原フィールドだった。
「……あなたは、そこに行くの?」
「あぁ。どうせガセ情報だったら俺の無駄足程度ですむだけだしな」
あまり時間がないので、俺はその場を去ろうとする。
「待って‼ 私も行く」
「え、お前、でも……」
「なに二人きりで抜け駆けしようしてるのかしら♡」
トオルがいつの間にか俺の耳元で囁いた。
「ヒィイ‼ 来るな‼」
なんでこいつら耳元で囁くの流行ってるの。訂正、ご褒美にも種類があるそうです。
二人の真剣な眼差しは、今すぐに行こうと促してくるのが分かった。
「じゃあ、戻るぞ」
二人もそれに相槌を打ち、俺たちは集団の真逆を逆走して行った。
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