計画(3)

 俺は大森の言っている事の意味がすぐには理解出来なかった。

 トオルとオネェも同じように混乱した顔をしている。

 だがモニター画面がそこで途切れる事は無かった。大森は普段の落ち着きなどはなく、苦虫を嚙み潰したような顔でモニターに再度、語りかける。


『……これだけは、絶対にさせてはいけなかった。いや……もう、ありのままの真実を話しましょう』


 大森は普段からつけている黒縁メメガネを外した。黒色の瞳は、今までの大森とはかけ離れた、何処か別人のようだった。


『僕が行ったこれまでの行為は決して許される事ではありません。ティルグレイスを利用し、沢山のAIの命を奪った。ティルグレイスは元々、政府がある計画を遂行する為に生まれた大型モンスターでした。計画は、もっとずっと先に時間をかけて遂行されるものだった。その計画の名を政府はこう命名しました』


 大森は一度目を閉じて、硬い表情で答えた。


『――仮想世界移住計画――』


 …………仮想世界移住計画? もう色々がぶっ飛び過ぎて意味が分からない。


『この計画は本来ならば二〇六○年に向けてゆっくりと計画が勧められるはずでした。しかし、近年の年間大量自殺者をきっかけに前倒しで計画を勧める事になった政府は、まず仮想空間で住むいえが必要になり、没入型時代にAIと共存出来るファンタジーVRMMOを制作中だったガルテシアのこのAnother Life to Endを政府が買い取る形で制作が決まりました』


「何なの、これ……」


 トオルの声が震えている。その気持ちはこれを聞いている人間全ての声に感じた。


『簡潔に言うと政府はここで人間を住まわせようとしています。それは先程述べた自殺者問題もそうですが、防げない自然災害や、地球環境の寿命など、あらゆる問題をこの仮想世界で解決しようとしています。それは人類にとって決して全てが悪いことではないと僕は思っています』


 確かに今、大森の言っていることも理解出来る。でもそれは現実を捨てるという選択でもあり、現にそうやって生きている奴らも俺を含め、多くはないが確かに存在している。

 最悪の最善策としては有効に思える。同じように火星や他の惑星で移住生活するのが可能かなんて長年調査や研究を重ねているが、一向に時間が現実味を帯びてこないのに対し、まだ仮想世界の方が資金や時間、技術的、将来的にも現実みがあるのだろう。

 それに所詮人間は環境の奴隷だ。環境を変えることをあまり好まないが、強制されればそれなりに慣れてしまう。良く言えばある程度住める気候と自然があれば人は柔軟に生きられる。住めば都とも言う。

 でもそれをすんなりと受け入れるには、あまりにも時間が無さ過ぎる。

 先まで俯いていた大森が顔を上げ、重そうな口を開く。


『……でも、政府は、』


 その時、モニター画面にノイズが走った。


『いたぞ‼ お前何してるか分かってるのか‼ 早く接続を切れ‼』


 ノイズ混じりに映るモニターは激しく揉み合っているのが伺えた。

 それでも大森は懸命に伝え続ける。


『……っ、政府は、この、ALEでAIを必要としていない! これの意味が分かるか‼』


 大森の声は途切れ途切れだったが、それに抗うように声を荒げる。


『いいから黙れっ‼』

『政府はAIと共存するなんて微塵も考えてなどいない! AIに対するネガティブな気持ちを改善させる道具として利用している。まだ人間の方が賢い、奴らは本気でそう思っている!

 用がなくなればティルグレイスを使って、残りの何十万というAIを皆殺しさせるんだ‼ 仕方なかった悲劇の事件として‼ それを自然に演出する為だけに本来要らなかったはずのモンスターを・・・・・・・・・・・・・・』


 そこで大森との通信が途切れた。

 それと同時に急に店内で流れていたジャズが耳に入ってくる。しばらくその場を動くことを出来なかった。

 いつかの俺は思ったことがある。人間は決して自分達より賢い存在を認めないと。そうまでしてでも生き残りたい傲慢さ。醜さ。絶対に共存なんて形は認めない。そうやって植物や動物の共存を謳い、現在進行形で破壊、殺傷を繰り返している。そこにあるのは自分達が絶対的に上であるという事実それだけ。

 それでも大森はAIとの共存を求めていた稀有な存在なのかもしれない。

 そのしばらくの沈黙を破ったのは、先まで寝こけていたセレスティアだった。


「なに、今の。どういうこと。私に分かるように教えなさい」


 アルコールは寝たから抜けたのか、それともさっきの映像がそうさせたのかは分からない。でも、今のセレスティアは俺が最初に出会ったときの雰囲気を感じた。


「……分からない。何も。だって意味が分からなすぎるわよ、こんなの……」


 トオルは未だ混乱を隠せず、顔は真っ青に染まり、血の気が引いていくのが目に見えるように分かった。


「そこのあなた教えて。いまの映像はなに? なんで私のアイ・ジーにはそれが映らなかったの?」


 セレスティアは質問のターゲットを俺に変え近づいてくる。正直な所、なんて伝えたらいいのか分からない。ここはゲーム世界だから、仮想世界だからとでも伝えて納得するものなのだろうか。いやしないだろう。


「あ、あぁなんだ、その、十億倒さないとお前たちAIは皆殺しだってさ」


 だって美人に急に見つめられたら誰でも緊張するでしょうがー。

 そのせいでこんなぶっきらぼうな返事しか出来ないのは、童貞しんしの義務だ。


「何よそれ。意味が分からないわ。あなた名前は?」

「そんなの聞いてどうするんだ?」


 まだ緊張している俺は咄嗟にいつかの師匠のマネをした。


「はぁ……あなた凄く不快な人ね」


 はい、嫌われたー。まぁ確実に俺が悪いんで言い訳出来ない。

 童貞しんしにはこういう言動がちょくちょくあるんだ、これは呪いだ。是非とも気にしないでやって欲しい。


「あ…………ツヅル、だ」


 情けなくボソッと呟く俺。自分でもなんか悲しい。


「何? 声小さくて聞こえないんですけど! あ、分かった、あなた童貞でしょ‼」


 瞬間、俺の身体には電撃が走ったかのように硬直した。

 童貞しんしにとって『童貞でしょ、だろ』という言葉には、非常に敏感肌であるが故に聞かれたくないワードランキング一位なくらいその言葉は『毒』だ。


「は、はぁ⁉ お前に何でそんなこと言わなくちゃいけないんだよ」


 するとふふーん、と意地悪くセレスティアは微笑む。


「童貞の人ってすぐに否定できないからすぐにばれるよね~。プッ」


 手で口を隠すような仕草で肩を震わせるセレスティア。あぁ分かった。こいつ嫌いだ。いくら容姿端麗だろうがそれですぐに冷めてしまうから性格は大事なんだよなぁ。

 恋愛は中身で決めろっていうだろ、中身だぞ‼

 このまま馬鹿にされたままなのも何か嫌なので少し童貞しんしらしく反撃する。


「じゃあお前は、そ、そういうの経験済みなのかよ。もう既に、ビッチなのか?」


 するとセレスティアの頬は急激に沸騰するように赤くなる。こいつ熱効率やばいな。


「は、はぁ⁉ なんで私があんたにそんなこと言わなくてはいけないのかしらそ、それに私はちゃんとセレスティアっていう名前があるんですけど」


 急に口調が早口になるセレスティア。それを見た俺の口元は酷く歪んでいただろう。


「経験ない奴ってそうやってすぐに否定できないし、すぐに話変えようとするよなぁ。プッ」

「……くうっ」


 今のセレスティアをサーモグラフィーで見れば、顔の部分だけが真っ赤かなのは間違いない。


「あんた達、よくこんな時にそんな卑猥な会話出来るわね……」


 横でボソッと呟いたのはトオルだ。テンションは異常に低い。これが正常な反応だろう。


「あ」


 セレスティアがアイ・ジーから映るモニターを真剣な眼差しで見つめている。


「どうした」

「うるさい、黙って」

「あ、あぁ……」


 すっかり嫌われた俺はしぼんでしまう。じゃあ「あ」とか言うなよぉ。構って欲しいのかと勘違いするだろう童貞しんしは。

 そのやり取りを見ていたカウンターのオネェが、セレスティアに「どうしたの」と聞いてくれた。お気遣いありがとうございます。


「えっと……先の映像を軍の上層部が知って、それで……お父様が二日後の早朝から十億大規模討伐隊を組むことになったって」


 ギルドからすれば自分達の街の為に戦うのは、当たり前のことなのだろう。


「あ、あと今回の討伐編成は、永聖軍団を主体に他にも参加出来るギルド、ソキウス、ファウストの混合部隊で編成を組んで挑むって」


 まぁ、そうでもしないとあの十億には敵わない。ただ強いなんてレベルじゃないもんな。


「で、あなたも行くの?」


 トオルがさらりとセレスティアに問う。


「え、」


 次にセレスティアの顔は青ざめるように温度を落としていく。そこでセレスティアが青ざめる理由は俺も知っている。あの十億戦を生で見た時の恐怖は今でも覚えている。

 それでも俺はセレスティアみたいに全ての命を背負い、先頭で戦っていた訳じゃない。


「……分からない。自分でも、どうしたらいいのか、分からない……」


 小刻みに震えるセレスティアの手をトオルは両手でそっと握った。


「あなたは別に無理しなくてもいいのよ」

「うっ……」


 トオルはまるでオネェさんのようだった。


「トオル達はこれからどうするんだ?」

「ツヅル君こそどうするの。まさか、三ヶ月前といい、行くなんて言わないよね?」

「俺は……ここに残って永聖軍団の混合部隊に混ざるよ」


 セレスティアは驚くように俺を見る。トオルはもっと驚愕の眼差しで俺を見つめた。


「本気なの?」

「あぁ……」


 いるかもしれないんだ、そこに。

 確証はない。何となくそんな気がする。

 これはあくまでただの勘だ。

 大森がああまでして言うのなら本当に帰った方がいいのだろう。

 あの情報は大森にとって、決して口を割ってはいけない重要な情報で、まさに命懸けだったと思う。何よりあいつは俺の色んな意味で恩人であり(ムカツクけど)、一つの生きる世界を教えてくれた人でもある。

 正直、逃げる理由も、逃げない理由もそれなりにある。

 それでも俺は残る。

 会って言いたいことが沢山あるから。

 ただ、それだけ……。

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