計画(2)
図太い声を頑張って高かめに出そうとするその主を見上げる。
「やっぱりツヅル君じゃないの⁉ 一体どうしたのこんな所で?」
「オネェさんが話聞いてあげる」と勝手に俺を抱き上げたそのオネェは、俺が初めてALEで知り合ったトオルだった。
「確か、トオルだったよな。なんか久しぶりだな」
「本当ね。なんか以前会った時より随分と良いカラダになってない?」
相変わらず派手なメイクをバチ決めし、深緑のショートヘアパーマはクルンクルン。
そんなトオルが俺の身体を滑らかに指先であちこち撫でまわす。ゾッと全身に鳥肌が立った。
「ヒィイ‼ 触るな‼」
「あらやっだ、もう。相変わらずシャイボーイなんだから♡」
「俺は別にシャイじゃない。ていうかお前がむやみやたらに触りだすからだろ!」
そう、俺は別にシャイボーイではない。チェリーボーイではあるが。
「まぁここで話すのもなんだからウチ、寄ってかない?」
そう言ってトオルは路地裏の方へと指差した。
「アタシらがやってるバーがそこにあるんだけど、どう?」
「いや、俺お酒とか飲まないし。というか未成年だし」
「ジュースでも良いわよ。それに今日は特別にアタシの奢りってことで、どう」
正直、トオルみたいな奴らが他にもいると思ったら体力的、精神的にも嫌気がさしたが、ここまで言ってるので仕方ない。まぁ一杯飲んだらすぐに帰ろう。
「じゃあ、ちょっとだけなら」
「オッケー、じゃあついてきて♡」
トオルはそのまま俺の手を取り、グングンと引っ張る。自然体なんだろうが最早スキルでも使っているんじゃないかと疑ってしまう。
「……ちょうど面倒くさいのもいるし。好都合ね」
なんかどさくさに紛れてボソッとトオルが呟いた。
それを問いただす前に入口扉前に辿り着く。扉は黒で派手な看板も無い。
小さなプレートに【ブーケンビリア】とピンク色の文字が書かれていた。
「ここよ。さぁ、入って入って」
トオルは俺を無理やり中に入れると、俺の予想とは全く違う雰囲気の店内だった。
カウンターに数席と近くにテーブル席が二つある。店内の照明は薄暗く、とても静かないい感じの大人なバーだった。もっとこう派手なミラーボールとかあって、ウェーイ勢が騒がしくしてる感じだと勝手に思っていた。
カウンターでグラスを拭くオネェは、これまた一段と派手だ。
「あら、トオルのお客様? 可愛い坊やじゃないの。適当にすわりなさいな」
言われるがままに俺はカウンターの席に座ろうとしたとき、端っこの席で一人呑み潰れたのか、金髪女性がうつ伏せ状態でうなだれていた。
「あ、あれは気にしなくて良いわよ。昼間っから勝手に潰れてる可哀想で哀れで惨めな女だから」
「あ、あぁ」
とりあえず席に座り適当に何か飲み物を頼もうとしたとき、隣から突っかかるような声が聞こえてきた。
「ちょっと待って、いまの私のこと? 私は別に好きで、ヒッ、こうしてるの」
「あーらごめんなさいね。てっきり眠っているものだと思って」
「眠ってたらいいとでも思ってるのあなたは。これだから野蛮な男は、ヒクッ」
「あぁん、今なんっつた女狐‼」
トオルが男はつらいよ状態になっている傍ら、それに対抗する女の人も途中しゃっくりしながら負けず劣らずって、あれ? 一度目を擦り女の方へ目を向ける。見間違い、か。
金色の髪はくしゃくしゃに乱れ、酔っぱらって頬が真っ赤に染まりきって勢いよく立ち上がったものの、千鳥足で今にも倒れそうだ。あれ、やっぱり何処かで。
「お、おい! あんたもしかして、」
「は?」
誰? と言わんばかりに俺の顔を虚ろな瞳で見つめてくる。いやいや俺の方が誰って言いたいくらいだわ。
「永聖軍団のセレスティア? だよ、な?」
「ヒクッ、あなた私の、こと、知ってるの?」
酔っ払い赤面状態だが、整った顔たちと、エメラルドグリーンさながら花緑青色の瞳は変わらない。それに一度抱き上げた華奢な身体は、あの十億戦の時にこびりついたイメージと類似しすぎていた。
「当たり前でしょ。あなたちょっとは自分の立場考えたことある?」
横からトオルが鋭い口調で問いただす。
「ま、まぁね~。だ、か、ら、こんな薄暗くて、陰気で、一目が気にならない所で飲んでるんじゃない‼」
「カッチーン。あなたその発言今すぐ取り消しなさい‼」
「はぁ? 一応言っておくけど私、お客様なんですけどー‼ ヒクッ」
どんどんヒートアップしていく二人。確か初日の時もトオルは、セレスティアにやたらと対抗心剝き出しだったのを思い出した。というか俺の中での彼女は、もっと清楚でお淑やかなイメージだったはずだが、今まさにそれが崩壊しようとしている。
「お、おい。二人共その辺で……」
とにかく今はこの二人を止めないと後々面倒になりそうな予感がして、間に入ろうと手を伸ばしかけた。
「ツヅル君は黙ってて‼」
「ていうか先からあなた誰よ?」
ひぇぇえええ。怖いよこの二人。そして揉み合いが始まった所で。
「あんた達! やるなら外でやりな‼ それにトオル、いい加減にしな、お客様の前ではしたないよ‼」
カウンターに居たオネェが凄みのある迫力で二人を制止させた。
「……わ、悪かったわ。ツヅル君ごめんなさいね、はしたない所見せちゃって……」
「いや、別にいいから。トオルもほら、なんか飲んだら」
少し恥ずかしそうにトオルもカクテルを頼んで、セレスティアの方はフラフラとテーブル席のソファーに向かって行き、ぶっ潰れるように眠った。
「あれって、本当にあの永聖軍団のセレスティアなんだよな……」
寝息をたてるセレスティアを見ながらつい胸の内が漏れ出てしまう。
「そうよ、あれが彼女の本性。表向きは容姿端麗、清廉潔白みたいな感じだけど彼女を知る人達からすれば女狐も同然だわ」
「そ、そうなのか……。日頃からこんななのか?」
「いいえ、彼女がこの店に来たのはごく最近の話よ。性格は元からだけどね」
「最近?」
「ええ。ていうかツヅル君、彼女のこと何も知らないの?」
「何もって、知ってるようで知らない、みたいな」
俺の曖昧な返答に、トオルは首を傾げたが、再び話しを続けた。
「三ヶ月前に起きた十億戦知ってる? そうそう、ちょうどツヅル君とアタシが初めて出会った日よ」
「あぁ。覚えてる」
例の十億戦。知ってるも何も俺はその現場にいたし、その残酷さは三ヶ月以上が経過した今でも脳裏にはあの映像がしっかりと焼き付いている。
「いくら十億の急襲だったとはいえ、あの日の失態で彼女は、半年間の自宅待機と三段階降格の懲戒処分にあったの。その成れの果てがこれよ」
トオルはくるっとカウンターの椅子を回転させ、スヤスヤと眠るセレスティアを哀れみの目で見つめる。
「そうだったのか……」
あの十億戦では多くの命が亡くなった。
それを率いていたセレスティアには責任があっても仕方ないのかもしれない。
でも、俺は彼女だけが諦めずに最後の一人まで戦い決して倒れなかった姿も知っていた。どうにもやるせない気持ちになる。
「そしてある日、彼女が精魂抜かれた廃人みたいにこの店にやって来たのよ。多分この店ならあまり目立たないし、何よりこのブーケンビリアは悩みや迷いを抱えた苦労人が最後に辿り着くような店だから。街でヤケ酒なんかしてたら目立ち過ぎて、それこそヤケ酒どころではなくなるからね」
「なるほど……ていうかトオルってセレスティアのことやたら嫌ってなかっけ、店に入れて大丈夫なのか?」
トオルの額に一瞬青筋が見えたが、カクテルを口に含み、一度落ち着いて答える。
「嫌いに決まってるじゃない。でもね、彼女は彼女できっとアタシ達には想像できない程の苦悩を抱えて生きてる。それに彼女はまだ十八で、その重みに耐えられる精神なんて備わってないのよ。可笑しいでしょ。アタシ、AIと人間に差なんてないと思ってるの」
そうか、トオルも。
「……俺もここで暮らしているうちに同じことを思ったよ」
「ツヅル君もそう思う? まぁそれに何より、彼女が私達の店に来ることがその証拠みたいなものでしょう?」
「まぁそれも、そうか……ってそれよりもALEって十八でお酒飲めるの?」
しかも年上だったのか……。
「え、えぇ。ていうかなんで知らないの。ここでは十八歳から成人扱いなのよ。ま、何よりあの戦いでアルン様が生き残って帰ってきただけでも、アタシには彼女をここに居させる理由くらいにはなるんじゃないかと思ってね」
トオルの表情は何処か暖かみを感じるものだった。
「ホント、素直じゃないんだから……」
カウンター越しのオネェが優しく微笑する。
「はぁ? あんた何言ってるの。
トオルの照れ隠しにオネェも「
「じゃあ俺はそろそろこの辺で」
これ以上オネェ同士の泥仕合に巻き込まれるのもごめんなので、席を立とうする。すかさずトオルが両手で俺の肩ごと沈めた。尻がイスにドスーン! とおさまった。
「ちょっと、何帰ろうとしてるの。まだあなたの話してないじゃない」
「は? 俺の話?」
「そうよ。さっきから女の話ばっかりでアタシはツ・ヅ・ル・君の話が聞きたいの♡」
生暖かい吐息と共に耳元で囁かれ、俺の全身の身の毛がよだつ。
「ヒィイイイイ⁉ 耳元で囁くな‼」
「そういうところもホント、可愛いわ♡」
それから俺は今まで三ヶ月間の出来事をざっくりと話した。いや正確には脅迫で吐かされた。
「ふーん……大賢女。なるほどね……」
トオルは独り言をぶつぶつ呟き納得するように何度か頷き、思考モードに入っていた。
そのまま無言の時間が過ぎ去っていく。店内にはオサレなジャズが流れ、時々、セレスティアの寝息が聞こえてくるほど静かな時間が過ぎていく。――そんな時だった。
同時にアイ・ジーが一斉に鳴り響いた。
聞こえてくるアラーム音は、聞いたこともない不気味で何か危険を知らせるのが分かる警報器のようだった。
「っ、なんだ⁉」
不覚にも驚きのあまり声が出てしまう。
皆の顔も何処か自然と強張って見えた。セレスティアは……何事かと眠たそうに目を擦っていた。そこで気付く。セレスティアのアイ・ジーだけは何故か起動していなかった。
俺やトオル、オネェのアイ・ジーだけが強制的に起動し、モニター画面が目の前に映し出される。そこに映るのは見知った顔――大森だった。
『えーAnother Life to End開発ディレクターの大森です。急な警報をお許し下さい。現在ALEでプレイする皆さんには、強制的に僕の映像を映し出しています』
久しぶりに見た大森はいつもより一段と疲れ果て、頬が削がれたようにやせ細って見えた。
『たった今、僕の開発者権限は全て政府に剝奪されてしまいました。よって僕のユニリティースキルの一つである《テイム》が効かなくなり、メルクリウス史上最も危険なモンスター【ティルグレイス】通称=十億の制御が取れなくなり、完全に野放し状態になってしまいました。
直ちにこの映像を聞き終えたらプレイを中断し、今すぐ現実世界にログアウトして下さい』
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