第六章 

計画(1)

 ずっと考えていた。むしろ考えることが多すぎて思考速度上げまくりだ。

 あれからスキナカス大森林にある師匠の家にも行ったが、もぬけの殻だった。暫くは帰ってこないつもりだろう。

 お陰で道中、無意識にモンスターを倒していたかも知れない。拳やあちこちは傷を負っていた。

 気付けば俺は、久しぶりに街に戻って来ていた。

 やはり商店街や露店が並ぶこの大通りは、目まぐるしいくらいに騒がしい。

 あれ、そういえば門番のあの仲良し二人組はどうしてたっけ。

 もう何から考えればいいのか、俺の思考は混雑している。


「……あ、俺、何すればいいんだ?」


 俺は街のど真ん中で両膝をついた。

 無気力。まさにその言葉が今の俺にはピッタリだ。

 その時——街の喧騒に紛れて俺の名前を呼ぶ懐かしい声が聞こえてきた。


「つ、つーちゃん⁉」


 俺をその名で呼ぶのはそう多くない。

 顔を上げる。

 実年齢よりも幼く見える童顔。

 襟や袖口など所々に赤の刺繡が施された黒いロングコートを羽織り、深めに被っていたフードが邪魔なのか、サッとそれを脱ぐとツヤのある黒髪ポニーテールが揺れた。

 俺を良く見ようとクリクリの目を何度も瞬かせる。


「…………えみ、か」

「なんで、なんでつーちゃんがここにいるの⁉」


 驚きの顔を浮かべる咲華。

 現実世界での俺を知っている者なら驚くのも無理はないだろう。


「なんでって……」


 言いかけた所で言葉が喉の奥で引っかかる。

 そういえば俺がここに来た理由は、咲華を探しだして話を聞くことだった。

 そして何よりもあの時のことをちゃんと謝ろうと。


「あのつーちゃんがアイ・ジーを使ってALEにいるなんて、何があったの?」

「あ、あぁ。俺も自分でびっくりしてる……」


 俺は照れくささを紛らわす為に、頭を掻きながら乾いた笑みをこぼす。


「で、何でこんな街中のど真ん中で膝なんかついて……」


 咲華は俺の身体が傷だらけなことに気付き、言葉を止めた。


「大変‼ つーちゃんあちこち怪我してるよ⁉ すぐに治してあげるからしばらくじっとしててね」


 咲華は俺の身体あちこち手に取って観察する。


「イッ⁉」

「あ、ごめんなさい。痛かった? ちょっと待ってね」


 そう言って咲華は、傷だらけな俺の両手をギュッと握り、目を瞑る。


「《ミティゲーション》!」と師匠が俺にしてくれた回復補助魔法オグジュアリーマジックを行使した。


 ていうか近い近い。

 俺は至近距離で咲華の薄檸檬色の瞳、次に透明感ある唇を凝視しそうで、慌てて視界を両手に移す。

 俺の手から足元まで、薄緑色の光の粒子は、隈なく浸透していく。光が消えた頃には俺の身体は完治していた。

 咲華は治療を終えると、そっと瞼を上げる。

 至近距離で俺と見つめ合う。急激に頬が赤くなるのを感じる。あれ、これウェポンスキルの光じゃ、ねぇな。


『ヒュ~ヒュ~真昼間からお熱いね~』

『おいおい、いくらラブラブだからって街の真ん中でおっぱじめんなよ‼』


 外野が囃し立ててくる。

 咲華は焦って俺の手を放し、急いで立ち上がった。その際にコートの裾を軽く払い、再びフードを深く被りなおす。

 あーなんかこれに似た記憶があるな。

 でも今は昔の俺ではないので、無理に慌てること無く冷静に振る舞う。


「ありがとう咲華。助かったよ」

「ど、ど、どういたしまして……」


 なんか口元でごにょごにょ言ってるけど、小さすぎて聞き取れない。


「少し場所を変えて話せないか?」

「え?」


 咲華は周りを気にするように辺りを見渡す。


「五分くらいあれば終わるけど、咲華が時間なかったらまた、今度でも……い、」


 そんな俺の言葉を無視して咲華は少し離れた露店へと走り去って行った。


「あっれぇ……」


 俺のことそんなに嫌いなの? まぁ最後に会った時もあんな別れ方だったしな。

 咲華の背中に手を伸ばすように追っていると、露店の行列に並ぶ同じ黒コート姿の二人の男女に話かけ、そして凄い勢いでこっちに戻ってきた。


「お待たせ、つーちゃん‼ 五分くらいで終わるけど場所も変えたいくらい大事な話って何?」


 いやなんかその言い方だと告白みたいな感じだからやめてくれ。

 要件を手早く済ませようと商店街通りの脇にある裏路地に入る。


「あのさ……」

「うん⁉」


 俺が言いにくそうしどろもどろしているのに対して、咲華は満面の笑みでどうしたのと訴えかけてくる。


「……その、咲華が不登校だって……」


 瞬間、咲華の笑みは天から地へと堕ちていった。

 沈黙する数秒間。また俺と咲華の前に氷の壁が降りてきた。その壁は決して見えない。氷は溶けるどころか会う度に分厚さが増していく。


「……どうしてそのこと……あっ。お母さんが」

「あぁ。叔母さんから色々聞いた。他にも咲華がVRゲームにはまってるのとか。以外だったなぁ。しかもFPSの大会で優勝もしたんだって? 凄いな‼」


 俺はその場を無理やり明るくしようと振舞ったつもりだったが、普段からそんなことしないので場を盛り上げたり会話に花を咲かせるのとか当然無理だった。

 咲華の顔が徐々に俯いていく。


「つーちゃんもこれで私のこと減滅した……よね」

「いや、別にそんなことは……」

「本当は私のことなんか嫌いだよね。いちいち面倒くさいし、いつも迷惑ばかりかけてごめんね」


 咲華はコートの袖口で目元を拭く。


「嫌いなんかこれっぽっちも、」

「じゃあなんであの時もあんなことっ‼ ううん……やっぱり何でもない」


 咲華の口調が初めて荒くなったのをみた気がする。

 咲華の言うあの時とは、どの時なのだろうか。三ヶ月前に花屋シギフラワーで会ったときか。いいや、答えはあの中学の時のことだろう。


「だいたい咲華が謝ることなんて、むしろ悪いのは俺の方で」


『エミカ~そろそろ行くよ~』


 表通りからひょっこりと顔を出し、咲華を呼ぶその女の声はさっき露店に並んでいた咲華の知り合いらしき者だった。


「あ、うん! すぐ追いかけるから先に言ってて‼」


『は~い』


「ごめんね、私もう行くね」

「あ、あぁ」


 踵を返し、裏路地を抜ける手前で咲華は俺に振り返る。その表情は先程までの暗さはどこにもなく、明るい。

 でもどこかいつもの笑みと違っていて。


「つーちゃんが無理してALEここに居る理由って、お母さんに言われたからだよね?」

「いや、全部がそうって訳じゃ」

「……また変な迷惑掛けちゃったね。でもこれからは私のことなんて気にかけないでいいからね。つーちゃんの前だと私」


 そしてスッと俯き、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で。


「…………どんどん自分が嫌いになりそうだから」


 言い終えた頃には、既に咲華の姿は無かった。

 ひんやりと冷えた壁にもたれかかる。体内に溜まった熱がゆっくりと吸収されていくようで気持ちいい。

 でも心はずっと冷えたままだ。


「あー俺、ほんとに何してんだろ……」


 その場に崩れるように座り込む。

 咲華に言いたかったのはあんなことじゃないはずなのに。

 なんではっきりとそれは違うって、否定してやれなかったんだろうとか、やっぱりまだあの時のこと気にしてるよなーとか思考を巡らせる。


「なんで大切な人ほどいなくなるんだよ……」


 がっくりと落ち込む俺の姿は、さぞかし滑稽なものだろう。

 どれくらいそのままだったのだろうか。裏路地の入り組んだ奥の方でカランカラン、とベル音が聞こえた。


「あれ……あなた……もしかしてツヅル君?」

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