間章(B)
大事な時ほど神は護ってくれない。だから、神は嫌いだ。
男は暗く狭い一室にて、冷え切った、ブラックコーヒーを啜る。
ブラックコーヒーですら男の舌には“甘い”と感じ“苦さ”をもっと欲してしまう。
男はPCモニターの明かりだけを頼りに、古びた紙面にそっと、目を通す。
今の時代、紙の文字を読むことは稀だろう。でも、男は時折、こうして古びた紙面に目を通してしまう。
何故、自分がこうした行為を繰り返すのか。
忘れない、忘れたくない、忘れられない、そんなところだろうか。
紙面に記される日付は二〇三七年十月二十三日。
今から十七年前。
一人の若き日本人好青年は世界も驚く研究の発表をした。
人の眠っている脳細胞を活性化させ、知能獲得、拡張、演算処理領域を拡大させる。つまりその時代で言う所のスマートフォンという存在が不要になるというものだった。
それは生物学において、常識を覆す発見をした二三歳の天才研究者が現れたと。
その後はあらゆるメディアで取り上げられ、テレビやお茶の間ではスター扱いだったという。
そこで古びた紙面の大見出しにはこう記載されている。
【
Nervous System stimulation Intelligence Acquisition cell=神経系刺激知能獲得細胞
詳細にはこうも記載されている。
【論文不正、存在証明無し】
手の平を返すように、メディアと世間は若き好青年を批難、罵倒した。
『我々』を欺いた罪は重いと、あらゆる力を振り絞って、今出せる最大限の叩きを行った。
勿論、研究所側は青年を守ろうとする筈、だった。でも、そうしなかった。
何故ならそれは至極当然のことであって、『我々』をも欺いたからだ。
これで我々のイメージまでもが台無しになってしまったと、研究者を侮辱した行為として、青年を、その研究チームを見放した。
男は、古びた紙面の頁を捲る。
その一面の大見出しにはこう記載されている。
【
詳細には内容通りの言葉が記載されている。
精神的に追い詰められ心中か? と。
追い詰めたのは誰だ、男は笑う。
研究チームの全員が、仲間が自殺を図り死亡した、一人の未遂者を除いて。
ちょうど古びた紙面には、その若き好青年の写真と本名が載ってある。
写真は現在の容姿とは似ても似つかない。
短めで清潔感ある爽やかな髪は、今では傷み無造作に伸びた髪を一本に束ねているだけ。無精髭も、黒縁メガネも、目元のクマすらない、未来の希望に好奇心溢れる晴れやかな笑顔。
男はその写真の下に記載される本名を何度も確認する。
十七年経った今でも間違いなんじゃないかと。
必死に眼を見開く。何度見た所で文字は変わらない。
男はその名前を何度も何度も何度も人差し指で擦った。
でも、【研究者:呉羽義則】という文字だけは消えてくれなかった。
電子のように紙は修正なんてされない。だから、紙は嫌いだ。
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