私の英雄(3)

 咲華は俺のことなど視界にも入れない。

 残りの二人は俺が街で見かけた二人の男女だろう。

 秦野がよろよろと紅蓮の一団に向かっていく。


「よぉ~ザコギルド~。何度も何度も邪魔しやがって、たかがお前達のリーダーっちまったくらいでよぉ~ま~だ根に持ってんのか?

 あいつはファイブ、立派な犯罪者だ。殺されて当然、俺みたいになぁ。で、お前らもあのカスAIみたいにされたいのかって何回言えば気が済むんだぁ⁉」


 それに反応するように咲華は一人前に出る。咲華の声はいつもよりも低く怒りを伴ってるように震えていた。


「……黙れ。今度こそグレンの仇をとりにきた。何度も言わせないでッ‼」


 ……なんか今のやり取りで少しだけ腑に落ちた。全部は理解できないけど、咲華がALEで生活する理由も。叔母さんが言っていた事も。俺にシギフラワーで言った咲華の最後のセリフも。

 もうずっと咲華はこの仮想世界を、この現実を、仲間たちと生きていたんだ……。

 咲華は左手を空に手を挙げる。そこに何十もの銃が空中から飛び出てくる。それぞれサイズや種類がまるで違う。これは初めてみる射出スキルだろうか。


「《ファントムレイン》‼」


 咲華は号令と共に腕を振り下ろす。それに共鳴するように一斉に銃弾が発射される。秦野はすかさず黒服を盾にして守られている。

 俺はその光景をただ呆然と見ていることしか出来ない。


「あれが本当の咲華なのか……」


 混乱する脳内をどうにか整理しようと試みるも、現実での咲華の姿が俺の思考を鈍らせる。

 すると咲華とは別に、もう一人の女がこちらにやって来た。


「今のうちに行って。何となく状況は理解しているわ。それに……」


 女が咲華を見るや俺に向かって。


「あなた先日、エミカと何か会話していた人よね。理由は分からないけどエミカがあなたを見た瞬間、あの三人を逃がしてって」

「…………そうなのか。ありがとう、助かる」


 咲華と話したいことはあるけど、とにかく今は、早くこの先に行かなくてはいけない。

 俺達は紅蓮の一団を背に、草原フィールドへと足を運んだ。

 道中、二人には俺と咲華の関係を聞かれたが、普通に「幼馴染なんだ」と言って躱した。

『呪われたギルド』なんて言われてるくらいだから、気になるのは当たり前の反応かもしれないが、今はそんなこと気にしている暇もない。


「いたわよ‼」


 やがて目的のモンスターは、前方で見つかった。

 今も巨大門付近で白のロングコート集団が十億と交戦中だった。あれは街で警備やら他の仕事で残っていた永聖軍団の残りだろう。こんな戦いの最中だろうと吞気で暮らす住民の為に全軍はモンスター討伐に回せないことが、幸い功をなしたのか。

 それでも相手はあの十億だ。災い、災害と言っていい。

 どんどん十億に近づいていく。その度に心臓がバクバクして落ち着かない。

 俺は二人に振り返って様子をチラ見した。そこにトオルはいてもセレスティアの姿はなかった。

 セレスティアは後方で足を止め、暴れる十億をただ呆然と眺めている。


「おい、セレスティア。ここにいるか。俺達は援護に行くけど」


 セレスティアに俺の声は聞こえていない。花緑青色の瞳は虚ろとしている。

 そんな様子を見たトオルは、セレスティアの元に行き頭を優しく撫でた。


「無理しなくていいのよ、あなたは」


 ハッと我に返るセレスティア。


「……ごめんなさい、気を使わせて。でも、大丈夫だから」

「本当に大丈夫か、そんなんで十億に立ち向かっても死ぬだけだぞ?」


 俺の言葉にセレスティアはむぅと頬を膨らませる。


「……あなたツヅルの癖に生意気ね。うんん、らしくないのは私の方か……でも、これで私も目が覚めた。それに、この戦いが全部終わったらやりたいことが沢山あるから」

「ふふ、何かしら、貴女のやりたい事って?」


 トオルはどこか楽し気に聞いた。


「この謹慎中に色々考えたの。私ね、この戦いが終わったらまず永聖軍団を正式に辞めようと思う」

『え?』

「もう一度、最初からやり直そうってね。今度は大切なモノを自分でちゃんと守りたいから……」


 セレスティアの顔色は先よりも血の気が通って見えた。


「私ね、生まれたときからお父様が凄い人でね、でもそれと同じくらい冷たい人だったの。家族よりも仕事。愛よりも権力。その考えは今の永聖軍団を大きく、強く成長させたし多くの民を救った。軍でもその考えは強く根づいてる。

 私は優しかったお母様を十五のときに亡くしてるから、いつも皆の前ではちゃんとしなくちゃって思って一つの仮面を被ったの。それが正しいことだと信じて。けどそれが私にとっては間違えだった。だって……何も護れなかった。

 お父様の娘だからって気を使う、うわべだけの仲間すらも」


 セレスティアは鞘から剣をサッと抜いた。


「私は――間違えた数のぶんだけ正しくありたいと願っているの。でね、そういう間違いとか何もかも全部受け入れあえる本当の仲間が欲しいから――私はギルドを創る」


 セレスティアは言い切った。迷いなく、昔の自分を笑ってやる為に。


「随分と気が早いな。死ぬのかお前」


 そんな俺の皮肉を聞いてもセレスティアの目尻は、優しく緩んだ。

 それは俺がいつか街でセレスティアを初めて見た時の微笑みにも似ていて、少しドキッとしてしまう。


「ふふっ。そうかもね。自分でも傲慢すぎて笑っちゃう。でもそうならない為にもアタシを守ってねトオル。で、ツヅルは私にありったけの力を貸して、いや貸しなさい‼」

「えぇ」

「あぁ」


 というかなんか俺の扱いだけ強制的じゃなかったか。


「いくわよ‼」


 勢いよく走り出したセレスティアのフードが風圧で脱げる。

 金色の髪が風に吹かれ、一本一本が金糸のように輝いて見えた。それが何故か俺の目にはとても美しく映った。


 ***


 事態は防戦一方。

 十億に対抗する約五千の残兵はバッタバッタと薙ぎ倒されていく。正直ここに残っているのは、あまり戦闘力に優れた者達ではないのは見ればすぐに分かった。

 カロリス火山に行ってしまった混合集団軍をこっちに引き戻してくるには時間がかかり過ぎる。でも、残りの連中は必死に戦っている。援軍が来るまで耐える。何時間先だろうと諦めない。それが永聖軍団の誇りであり心の糧として今も繋ぎ止めている。

 しかし圧倒的力の前ではその誇りは容赦なくへし折られ、如何に自分達が無力か思い知らされる。

 メラメラと燃える闘志はゆっくりと鎮火していく。

 もはや自力では燃え上がれない。絶対強者でも無い限り。

 そんな時、彼らは希望をこれまでにないくらい嚙み締めるだろう。


『セ、セレスティア中佐、いや元中佐が援軍に来てくれたぞお前達ィイ‼』


 鎮火しかけた闘志に再度、火が轟轟と湧き上がる。


『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼』


 セレスティアを先頭に集団が動き出す。遠距離からの魔法マジックスキル。隙を見て高威力の武器ウェポンスキルを繰り出す。

 それは死にかけた集団が息を吹き返すようだった。

 それでも十億は、柔軟に攻撃パターンを変えて集団をかき乱す。まるで学習機能でもついているかのように。


「セレスティア、このままじゃ持たないぞ‼」

「そんなの分かってる! でもこの数じゃこれが限界なの」


 苦虫を嚙み潰したようなセレスティアの表情は、現在の状況を教えてくれる。

 それでも十億は攻撃の手を緩めない。尻尾を大きく揺らし横へとスライドさせてくる。あれは全体攻撃の中でもかなりめんどくさい。

 陣形が一気に崩れてしまう。ソロなら回避できるが今はそれも出来ない。


「アタシ達が防御スキルで何とかするからあなた達はその間に逃げさない」


 トオルと数人の盾持ちが前に出る。


「無理だ、トオル達だけじゃ確実に潰されるぞ」

「ツヅル君。アタシ達をちょっとは信用しなさい」

「でも、」

「行くわよ、あんた達ィ‼」


 トオル達はそう言って前に出て盾を突き出す。

 トオルの言葉は本気か強気か。恐らく両者が混同しているのが分かった。


「もう時間が無い、今のうちに迂回するわよ‼」


 セレスティアの声はよく通る。後衛にいる者までその声はしっかりと届き、『おおおぉ‼』と掛け声が返ってきた。

 俺達はスキルを使って高速で移動する。途中、後ろを振り返った。

 光の壁が図太い尻尾と激突する。

 バチンィイン‼ と轟音がフィールドで響き渡る。

 最初は奮闘していたものの、徐々にメキメキと光の壁がひび割れを起こす。

 それを見て、俺の足は自然と止まっていた。


「ツヅル、何してるの⁉ 早く!」


 セレスティアが必死に俺を呼ぶ。でも俺の足は動かなかった。

 正確にはトオル達のいる場所へと踏み出していた。


「《ライト・アディション》‼」


 俺は必死に光の壁が壊れないように補助することしか出来ない。でもこれが俺の生き方だ。めんどくさいことこの上ない。けどこうでもしないとトオル達は死んでしまう。ただそれが嫌だった。

 集団行動としては絶対にしてはいけないことなのは分かってる。


「耐えろよ‼」


 それでも俺は両手に力を込めて加護を送ることしか出来ない。数秒間持ち直したが、再びひび割れが始まる。

 メキメキという音が、終わりを知らせる死へのカウントダウンに聞こえてくる。


「クッソォォォオオオオ‼」


 瞬間、耳を塞ぎたくような硝子の割れる音が鳴り、完全に光の壁が崩れた。

 爆煙が辺り一帯に巻き起こる。

 俺の身体は吹き飛ばされる……はずだった。正確に言うと死ぬはずだった。

 それどころか風圧でその場に倒れただけ。

 とにかく煙が消えるのを待った。

 視界が徐々に晴れていく。

 トオル達も背を向けてその場に倒れているのが見えてきた。

 それでも尻尾に吹き飛ばされることはなかったらしい。

 じゃあ尻尾は何処に……。 

 完全に視界が晴れた先で、巨大な尻尾がぴたりと止まっていたのが分かった。

 その理由は簡単だった。

 ただ、尻尾よりもが、片手で攻撃を受け止めていたからだった。


「元気そうだな。お主」

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