大賢女(7)

 夏。

 このALEにもちゃんと四季は存在するらしい。

 正直、仮想世界なんだから春と秋の二季設定に出来なかったのだろうか。

 夏は暑すぎるし、冬は寒すぎる。加減を知らないこの二季に何度腹を立てたことだろうか。

 確かに四季折々とは良く言ったもので、当然、世界にとってメリットは山ほどあるだろう。

 でもその世界の中心で愛を叫ぶ人様が、結構な確率で文句言ってる気がするのは間違いない。(俺調)

 まぁそんな文句言った所で自然様には敵わないので、今度現実世界に帰ったら大森に文句を言っておこう。

 さて、何故こんな永遠の課題に思考を注いでいるのかと言うと、どういう訳か俺は現在、湖付近にあるテントから、元気に泳ぎまわる師匠を体育座りしながら眺めているからだ。

 綺麗なクロール。

 腕でスムーズに曲線を描き、軽くリズミカルにバタ足を刻む。時折、見える白い肌。背中の辺りなんか絶妙にエロいな~。

 師匠が息継ぎのタイミングでこっちを向いたその一瞬、目と目が合った気がした。

 すると師匠は泳ぐのを中断し、こっちに戻ってくる。しかも結構本気で走って。


「チッ、ゴブリンかぁああああ‼」


 水着姿になった師匠の豊満なそれはもう、ボクシングのパンチングボール練習さながらのブルンブルンである。俺の拳でお願いしたら凄い動体視力上がりそうな予感。

 あれ、でも何かすっごい怒ってるような……。


「死ねぇぇえええええ‼」


 ってそのまま師匠の前蹴りは、俺の顔面付近すれすれで寸止めされた。


「ヒィイイイイ⁉」

「なんだ、お主か……」

「いやもうワザとやってるだろ!」

「ワザとではないぞ。本当にお主の私を見る目がだなぁ」

「ハイハイ、もう分かったから……師匠の身体はエロいっ‼」

「ハッゥ⁉」


 今まで一緒に居て、一度たりとも聞いたことのないその頓狂な声と共に、師匠の顔はグングンと赤面していくのが分かる。

 胸を両腕で隠そうに、こう、色々隠せてない。

 それに普段から結構露出してる癖に何で今更そんなリアクションなの。ちょっと可愛いけど。


「師匠って……もしかして男性経験とかって、」

「お、お、お主……何をっ⁉ わ、私は主をそんな風に育てた覚えは無い‼」


 師匠は羞恥と憤怒が入り混じった赤鬼さながらの形相で、急速に手からバチバチバチと音がした次の瞬間には、俺の全身に雷が落ちた。


「ギャアアアア‼ もう、言いませんから……」


(バタン)


 ***


 師匠とテンマリナ湖でテント生活を始めて一週間が経った。

 特に稽古内容は、スキナカス大森林時代と何も変わらない。

 毎朝のランニングや禁トレから始まり、残りは武術稽古と属性アディションをローテーションするだけ。

 正直、テンマリナ湖にわざわざ来た理由が分からない。

 スキナカス大森林から随分と西へ向かった先に、このテンマリナ湖がある。

 というか師匠、単純に暑いのが嫌でスキナカス大森林を離れたんじゃないのだろうか。

 アイ・ジーのボックスから本を取り出し、いつも通り読書に耽るスタイルは変わらない。けどそれとは別に師匠は毎日の泳ぎを欠かさない。俺も良い訓練になるからと、毎日泳がされるのが少し面倒くさいが。

 確かにロケーションは割と良い。

 湖が一面に広がり、林の奥に見える山の頂上と青空のコントラストは絶景さながらだ。

 湖付近では時々モンスターが現れるが、師匠を見るとすぐに逃げるか、勇気あるモンスターは瞬殺されるだけだ。

 前から疑問に思っていたのだが、スキナカス大森林というモンスターにとって絶好の住処にある師匠の家に、何故モンスターが近づいたり住みつかないのか最近になって理解した。


「おい、休憩は終わりだ」

「あぁ」


 休憩の終わりを告げられた俺は、再び組手稽古に戻る。

 最初はフルボッコされる日々だったが、最近は師匠のクセなんかも段々と分かってきた。

 でもそれに気付いた俺に気付き、師匠は何度も攻め方を変えてくる。

 この時には、回復補助魔法オグジュアリーマジックの中でも最初からロックが外れていた技の《フィジカルエンハンス・アジリティー》以外にも、筋力値を底上げする《ストレングス》や跳躍力を上げる《ジャンピング》なども俺は覚えていた。


《ストレングス》なんかは結構簡単に覚えた。禁トレ(筋トレ)中に限界がきた時、何度も諦めそうになってからも粘り続けてやってたら全身が薄緑色に包まれたのが始まりだ。

 これは師匠に教えて貰ったのだが、武器ウェポンスキル、魔法マジックスキルは両方無詠唱でも脳内で思考すれば、それにアイ・ジーが応えて技が使用出来るらしい。でも慣れないうちは口に出して唱えることでアイ・ジーとのリンクがより確実となり成功率が上がるとか。なんてジンクス染みた教えなんだ。

 現に今行われている組手は、お互いがフィジカルエンハンスを使った組手だ。

 気を抜けば骨は折れるし、気切だってする。師匠の一撃は尋常じゃない程に重い。

 この世界では女だろうとスキルがそれを凌駕することが、ままあるらしい。


「考え事か、随分と余裕だな‼」


 そう言って師匠の腕が赤く発光する。

 俺はそれに備え、受け止めるように防御姿勢に入る。

 スキル『なし』と『あり』では比べものにならない程の重い正拳が、俺の肘を粉砕する。


「グッッ!」


 何とか防御しきったものの俺は一メートル程突き放された。


「そろそろ、頃合いだろう。お主もここ数カ月間、毎日体術稽古に身をおいた。私も少々本気で行くぞ‼」

「え、ちょ、」と待てよ! 待って、ホントに怖いんですけどこのモンスター。


 師匠の足元は薄緑色の光に包まれ、急激に俺との距離を縮める。《フィジカルエンハンス・アジリティー》だ。

 すると再び、師匠の右足が赤く発光する。そこでスケート選手のようにくるっと宙で回転し、飛び回し蹴りを俺の顔面に繰り出した。


「ヴッッ!」


 何とか片腕で致命傷を防いだが、頭がクラクラする。というか額から生温い汗が、と思いきや血でしたー。殺す気か‼ 

 流石に俺も命の危機を感じたので、どうにか反撃しようと試みる。

 師匠はすかさず距離を縮めてくる。

 次は多分、得意の上段蹴りだ。

 ただ先からいつもと違うのは、技を繰り出す時の赤い光。先から師匠は、武器ウェポンスキルの一つである武術スキルを使ってきている。

 今までの回復補助魔法オグジュアリーマジックの《フィジカルエンハンス・ストレングス》に武術スキルを組み合わせているので、威力や技のキレが違うのが一目で分かる。

 でも俺はこの上段蹴りの対策を熟知している。

 まず、しっかりと軌道を予測し、頭を下げるように腰を左よりにシフトして落とす。そこには必ず大きい隙が生じる。

 ここだ‼ と言わんばかりに左拳を師匠の脇腹目掛けて振り抜く。

 すると俺の動きに合わせるように、拳が赤く発光する。いつもよりも腕を振り抜いた時の軌道が正確で楽な感じがする。

 ズドンッツ‼

 師匠の腹にガッツリとめり込む拳。確かな感触。


「ウッ‼」


 漏れ出る呻き声。少しやりすぎたかな、そんな心配も束の間。


「甘いッ‼」


 師匠の裏拳が俺の頬に直撃する。あぁこれも武術スキルなので威力は言うまでもないだろう。


「ブゲッ‼」


 情けない奇声と共に俺は、二メートルくらい吹っ飛ばされた。ホントに裏拳ですよね?

 倒れる俺に師匠は呼び掛ける。


「戦いの最中に敵の心配などするな。それが命の終わりだと思え」


 命の終わりって……。まぁそれが実戦なら本当なのかもしれないけど。

 師匠は俺にゆっくりと近づき、ついにとどめでも刺さされるのかと思ったが、「《ミティゲーション》!」と傷をしっかり癒してくれた。

 俺の粉砕した腕や他の傷口の痛みはもうない。僕に天使が舞い降りた。


「少し休憩だ。終わったらもう一回だ」

「あ、あぁ……」


 やっぱりこれ、傷は治しては壊す拷問なのかと。訂正、僕に悪魔が舞い降りた。


「ついにお主も新たな境地にたどり着いたな。いやはや、長かったか?」


 師匠はぐびっと筒に入っている水を飲む。いい飲みっぷりだ。


「新たな境地って、さっきのボディーブローのことか?」

「あぁ。スキルを見て見ろ」


 師匠に言われて「エクセプションコマンド・オープン」と唱え【スキル】から武器ウェポンスキルを選択する。

 因みに武器スキルは『魔法マジックスキル・ツリー』とは違い、『武器ウェポンスキル・サークル』という円環にある武器マークを回転させながら操作する。その中にある拳マークを選択し、武術スキルの技一覧を見て、確信した。


「ホントだ」


 技名 《ボディーブロー》


 そのままだ。

 でもこれで俺もやっと初武器スキルを習得したことになる。


「実戦において、特に武術スキルで技名を唱えるのは中々難しいことでな。その辺はお主も理解しているだろうが。だから一度覚えた技は何度も反復して精度を上げていくしかない」


 確かに、敵を攻撃するのに「殴りマース」「蹴りマース」っていうのはイカレタ系キャラの専売特許みたいなとこあるもんな。今度やってみよっと。

 余程の大技ならむしろ決め技っぽくてカッコイイかもしれないが。


魔法マジックスキルはその逆でな、状況にもよるが唱えることでより、精度が確かなものとなる」

「戦闘状況的にも魔法マジックスキル使いは距離を取って戦うのが多いからだよな」

「あぁ。でもそういう何もかも当たり前の常識が通用しないとき、お主ならどうする?」

「? どういう意味だ?」

「分かりやすく絶体絶命とでも言えばいいのか?」

「うーん、そこまでやばい状況なら俺には多分何も出来ないから大人しく諦める、あ、神様に願うとか?」


 師匠はどこか俺を試すような、微笑を浮かべる。


「フフ、それもありだな。でも神はお主など全く助ける気もないらしい。どうする?」

「……じゃあ天使や仏にでも願う、って何なんだ師匠。さっきから何が言いたいのかさっぱりだ」

「フッ。お主もまだまだよな。そこは己を超えていくしかないだろうに」

「なんだよそれ、あ、もしかしてオーバーヒートってやつか?」

「フッ。あれは己を超えるとは言わん。現状維持、もしくは退化と言った所か」

「それじゃあ結局、諦めるしかないのか?」


 師匠は突然立ち上がり、遠く、青空に語りかけるように、言葉を紡ぎ始めた。


「――――限界を超える。想いを力に変えて――――それをユニリティースキルと呼ぶ」

「……ユニリティー、スキル?」

「性格、経験、精神状態、イメージ力、細胞力セルフォース武器ウェポン魔法マジックスキルの技量など、あらゆる全ての状態から生み出されるこの世にたった一つだけ、唯一無二の想い」

「おぉ……」


 自然と関心してしまう。もう俺の妄想力が止まらない。暗黒魔界の力が疼きそうだ。


「そのユニリティースキルってのはそういつにしか使えないってことなのか?」

「あぁ。それはモンスター戦において必殺であり、対人戦におけば最後の砦にもなる」

「お、俺にも使えるのかその技⁉」

「フッ。笑わせるでない。お主はユニリティーどころか、既存スキルすらろくに使いこなせてないのにどうやってそれを生み出すのだ? それに、このユニリティースキルというのはスキルリストにも載らない幻の技でな、一度使えても次また同じように使えるとは限らない。限界を超えた先に要約辿りつけるかつけないかの境地なのだ。まぁまず普通の者には使えんさ」

「普通の者……それもそうか」


 少し悔しい気持ちもあるが、現状の俺では仕方ないのも事実だろう。でもこれはいい情報を聞いた気がする。モチベーション大アーップ‼


「師匠、もう休憩はいいから早く続きをやろうぜ」

「フッ。分かりやすい奴め。そら、次はもう少しギアをあげようか」

「やっぱりもう少し休憩を」

「やるぞ、立て‼」


 この後もしっかりとボッコボコにされた俺であった……。

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