大賢女(6)

「? どういう意味だ?」

「十億戦で娘を救った時にお主が使ったスキルだ」


 ふと、あの時の記憶を振り返ってみる。

 嫌な出来事が多かったのであまり思い出したくないんだが、それでも一つ心当たりが見つかった。


「……そうかあの時‼ え、じゃあセレスティアを助けた時に、足が雲のように軽くなったのが……」

「そう。使用者の敏捷性を一時的に加速させる」


 ふむふむ。冷静になって……俺、もしかして天才?


「そ、そうだったのか……。俺の隠された才能がついに」

「なに馬鹿を言っておる。あんなのは基礎中の基礎」

「え? そうなの……」


 容赦の無い師匠のツッコミは、俺の浮かれた心を一気に封殺してくる。

 そんな俺のしょ気っぷりを見てか、気遣うように師匠は一言付けたしてくれた。


「まぁでも、本来スキルというのは誰かに教えを乞うて覚えるものだ。それを無自覚でやる奴は少ない方だろう」


 師匠優しい。そして俺氏ヤバイんじゃない。その内、秘密の力まで解放される日がくるかも。


「じゃあじゃあ他にもマジックスキル使ってみてもいいか?」


 興奮気味の俺は、師匠が先程やっていた《ファイヤーボール》とやらを見様見真似でやってみる。

 いや、やり方とか知らないけどね。とにかく技名を唱えればなんでも出来ちゃいそうな気分なんだよ。あるだろ、皆も。何やっても上手く出来そうな『ゾーン』に入ってしまう時って。

 俺は右腕を上空に向け。


「お、おい‼ 勝手にやる、」

「《ファイヤーボール》!」


 すると、掌が少し暖かくなり、それと同時に薄っすらと煙がヒョロヒョロと焚いてきて………………。

 ボカッツツツ‼


「イッデ、アッヅ⁉」


 それは掌で暴発した。焼けるように焦げた俺の掌は、熱く痛い。それを口から吐く息でなんとか冷まそうとフゥフゥする。

 人って冷静な思考速度で物事を捌けない状況になると、無理なの分かってるのに無意味なことするの何でだろう。

 すると横から嘆息混じりに、呆れを通り越した師匠のお告げが聞こえてきた。


「お主は本当に人の話を聞かない阿呆だ。次、勝手なことしたら殺す」


 そう言って師匠は、俺の焼けた掌にそっと触れ。


「《ミティゲーション》!」


 いつかの時の呪文を唱えてくれた。薄緑色の光の粒子は俺の手に溶け込むように全てを癒した。


「……すいませんでした、もう勝手なことはしません……」

「フゥ。これでお主の才能が如何に、特別なものではないかと思いしるいいきっけになっただろう」

「はい、返す言葉もございません」

「いいか、大方の物事において順序というものがある。それらを省けるのは神くらいだろう。天才であれ、必ずしもどこかで順序を踏んでからそれが使えるようになるものであって、ただ人と違う捉え方をしているだけに過ぎない。勿論、お主はその天才では無いから安心するように」


 師匠の追撃は、容赦なく俺の心臓を突き刺した。


「はい。僕は凡人で何も取り柄なんかないただの人です……。もう勘弁して下さい」

「ふぅむ。まぁ焦らず地道にやることだな」

「はい。よろしくお願いします、師匠」


 そんなこんなで思いっきり出だしでつまずいた俺と師匠の実戦稽古の日々が幕を開けた……。


 ***


 二〇五四年 七月


「ハァッツ‼」


 俺の左頬すれすれにキレッキレの拳が空を切る。

 危うく風圧で切り傷でも出来たんじゃないかと思ったのも束の間、すぐに俺の脇腹付近に中段蹴りが炸裂しかけて俺はそれを左腕で庇う。


「イッ‼」


 左腕が痛むのを我慢して、俺は一瞬の隙をつくように右ブローを相手の脇腹に放つ。

 しかしその攻撃を当然のように読まれていたのか、拳はしっかりと師匠の掌でキャッチされた。


「そこ! 甘いッ‼」


 冷淡かつ鋭い声が聞こえた同時に、俺の鳩尾に前蹴りがめり込んだ。


「グヘッ‼」


 K.O‼


「お主もまだまだよな。攻め方が単調すぎる。もっと色々なパターンをだな……」


 その後も姑のようにグチグチとねちっこく呟くのは、推定年齢三百歳以上(自称)の大賢女であり俺の師匠。

 そしてへなへなと力が抜けたように地面に座り込むのは、仮想生活二カ月目を迎えた俺だ。

 えーと、何処から話せばいいのか。

 まずこの状況からしてなんで俺が姑に、いや師匠にボコられいるのかというと。

 えーここで悲報です。俺氏、全然才能どころかセンスの欠片もなさすぎて、魔法マジックスキルどころか、武器ウェポンスキルすらもまともに扱えないことが判明しました。

 これは世紀の大発見すぎて全俺が泣いたよ。


 あれから師匠と頭を捻らせ、これからの方針を思索した結果、まず殴り合おうということで組み手をすることに。

 喧嘩など人生で数回しかしたことない俺だが、格ゲー経験がギリ垣間見えたのか、師匠に「フム。お主はこのスタイルでいこう」となんか残り物みたいな感じで泣く泣く決定した。


 スタイルという名の「武器も魔法も使えないから元々生まれた時から付いてたぶつりで殴る」に方針が決まった次第だ。ママ、産んでくれてありがとう(泣)

 ……こんなはずじゃなかった。俺の未来はもっと派手な魔法を扱い、華麗な剣技を多彩に扱い、女の子にもモテモテで、千年に一度の天才になるはずだったのに……。

 だが俺とて十億戦の時よりは、身体に明らかな変化を感じていた。

 最初の一ヶ月はひたすら禁トレ(筋トレ)と走り込みをして基礎体力を作り、二カ月目は基礎体力作りは毎日欠かさず、武術稽古をメインにこなしてきた俺の身体は、いい感じに筋肉質になっていた。

 なんだろう俺……来月リングにでも上がるのかな……。カーン!『赤コーナ~さぁ霊長類最強の絶滅危惧種ワイルドウルフ神司がやってきた~』みたいな。

 それともう一つだけ、一ヶ月前とは違う変化があった。

 毎回稽古終わりの数時間と家に帰ってからも暇があればやり続けろと師匠からあるご命令が下った。


「よし、そろそろ時間だ。いつものあれ、やるぞ」


 師匠はそう言って手元に本を出し、もう片方の手で杖を持った。そして手頃の石に腰掛けると読書タイムに入る。


「あぁ……。じゃあ遠慮なくいくぞ……ゴクリ」


 俺はベロを出しながらお言葉に甘えていやらしいことをする訳ではなく、読書に集中する師匠の杖へと両手を向ける。


「《ファイヤー・アディション》!」


 師匠の持つ杖に火の加護を放ち続ける。

 これは師匠から教わった回復補助魔法オグジュアリーマジックの一つで属性バフを付与する技だ。これならどんな才能が無くて、落ちこぼれで、絶滅危惧種の俺でも出来るだろうと教えてくれたアシスト技だ。

 毎回これを一セット十分間、全属性ローテーションしていく。

 次に、水、氷、風、雷、土、光、闇という感じに。

 これが結構キツイんだ。

 まずこの世界にスキルを使用する為にある細胞力セルフォースという概念があるだろう。でもHPやSTRなどのステータスがそもそも無い。

 メニューウィンドウに【ステータス】という項目があるのだが、そこで確認出来るのは身長・体重・血液型などの基本情報だけなんだ。

 アイ・ジーはこれを逐一リアルタイムで読み込み、誤差無く教えてくれる。人によってはとても便利な機能だが、年頃の悩みを持つ人や、健康診断時に医者からきつくお灸を据えられている人にとっては、容赦なく現実を教えられるといった感じだ。

 俺は別にそんな悩みも無く全てが平均だからさほど気にならない。オレってとことん平凡だな……(泣)

 因みに師匠は杖を持ちながら気にせず読書を続ける。

 あくまでこれは俺が憧れた攻撃魔法ではなく、補助魔法だと思い知らされるのが精神的にもキツイ。

 もちろん細胞力セルフォースが無くなってくれば、身体が急に重くなりスキルの類は使えなくなる、というかその場で立っていられなくなる。

 もし、ソロでモンスターとの戦闘中にそんな事態にでもなれば、命の危機だ。

 だから師匠は俺に己の許容量を理解させる為に、スキルを使い続ける稽古を毎日させる。それが例え補助魔法であっても使えば減るし、使い続けるとあっという間に無くなってしまう。俺はこれもこの一ヶ月間で毎日やっている。

 最初は感覚が分からず細胞力セルフォース切れを頻繫に起こし、その場で何度もグダっと情けなく倒れてしまい、よく師匠に抱っこされて家まで連れて帰ってもらっていた。これはこれでご褒美並みに嬉しかったが、同時に俺の小さな器が羞恥心という名の血で溢れかえりそうだった。

 今はだいぶ許容量を感覚的に意識出来るようになったお陰で、自分で歩いて帰られるくらいには成長していた。

 いつものメニューを消化しきった夕暮れ時。息を吐くと同時に師匠は本をぱたりと閉じた。


「よし、今日はここまで。さ、帰るぞ」

「ふぅー。終わった~」


 さ、帰って、風呂でも入るか。最近は湿気と暑さのせいか身体がジメジメして気持ち悪いからな。そしていつも通りスキナカス大森林にある家へと向かう帰り道。


「お主、明日からはテンマリナ湖にて、キャンプ修行を行う、いいな?」

「は?」

「ボックスに着替えや食材の準備を忘れるな」

「え?」

「何をボケっとしておる。帰るぞ」


 これでもここ数カ月間で師匠の無茶ぶりには、ある程度驚かずに対処する自信があった。だがこの女の思考は、俺の思考速度をもってでも完璧に処理するにまだ時間がかかりそうだ。

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