誰かの英雄(3)
皮肉か。こんな問いに答えなんてあるのか。
それでも俺は内から溢れ出る『言葉』を止めることなんて出来なかった。
「……分かんねぇ。でも俺は……俺が弱いから、そんな自分を変えたくて、強くなって、凄くなって、大事な人を守って、そして……世界を見返してやりたくてこの世界に来たんだっ‼
なんか文句でもあるかァァアアアアア‼」
言い切った。超絶恥ずかしいことを惜しげもなく。
穴があったら入りたいとはこのことか。
「フッ。そうか。それがお主の『言葉』か。なら、まずそれを見せてみろ‼
見ての通りこの技を使うのには少々時間が必要でな。おまけに広範囲技だ。
それ、
それはまさしくセレスティアのことだった。
「容赦はせんぞ。邪魔な者は殺す。さっきも言ったが私は正義の味方ではないからな」
セレスティアは意識が朦朧としているのだろうか。今にも倒れそうな足が何度もぐらついて見える。
ギリギリ倒れていないのは軍団を率いていたプライドとか責任感とかそんな感じなのか。
「そんなのあんたが助け、」
違う。
あの女が言いたかったのはそんな事じゃない。俺は地面に拳を立て、立ち上がる。
行けるか。あそこまで。
本当に走れるか。
それも違う。
とにかく今は。
「走れッ‼」
俺は一歩、また一歩と重い足を無理やり動かす。
普段逃げまくってきた人生のツケなのか、足が肉離れでもおこしそうだ。
静かに肩を揺らしながら、剣を頼りに片膝をつくセレスティアの元へ走る。
俺らしくもなく、泥臭く必死に。ただがむしゃらに。
セレスティアまであと七メートル。
「頼むから、間に合ってくれェェエエエエエ‼‼」
あと、五メートル。
今にもほつれそうな足を懸命に回転させる。
これで盛大にこけたら超ダサいな。
あと、三メートル。
「あっ、、⁉」
フラグは超高速回収されそうだ。これはこける。
そのまま俺は見事に地面へと顔面ヘットスライディングをかました。
「……いってぇ」
もうこれでセレスティアの命も、俺の決意も、何もかもお終いだ。
やっぱ慣れないことするとこうなるよな。日頃の行いなんてもちろん良いわけないからな。
顔なんて無様に傷だらけ。口の中は泥と血の味で最悪だ。全身あちこちが痛む。
とことんださいな俺。
ホントいつになっても格好がつかない。
「でも、」
急いで立ち上がる。
「たったそれだけだろっ‼」
地面を抉るように力強く、蹴った――瞬間。
薄緑色の光が俺の足を包み込む。
先まで鋼鉄の鎧みたいに重かった足が急激に軽くなる。いつもより遥かに速く回る足。自転車に例えるならペダルを回すケイデンスが上昇していくような感覚。
あと、一メートル。
そこで分かったことが一つ。十億が態勢を立て直し、セレスティアに尻尾をぶつけようとしていること。
世界は、いや、神様はそこまで俺が嫌いか。
「クソッ!」
セレスティアに近づいて初めて気付く。
よくこんなんで自分よりも遥かに大きい十億なんかと戦ってたな、と思わせる華奢な身体。
残り、ゼロメートル。
俺はセレスティアの身体を抱きかかえるように地面に伏せた。その頭上すれすれを凄まじい風圧が空を切る…………何とか乗り切った。
だがまだ終わっていない。
急いでセレスティアを抱きかかえる。予想以上に軽い。こいつちゃんと飯食ってんのかってくらい。
踵を返し、再び足に力を入れる。
さっきのように足は軽くなかった。むしろ重い。いくら体重の軽いセレスティアを抱きかかえているからといって、一人で走るよりかは十分キツイ。
そして今も上空で控えているあの女は、俺が助ける途中だろうと準備が整えば本気で技を撃ってくるだろう。あの女はきっと、そういう奴だ。
これが他人事だったら嫌いじゃない性格なんだけどな。
でも、ここまで来たらやるしかねぇだろ。頼むからさっきみたく軽くなれよ。俺の足。回れよ‼
無我夢中で走る。刹那――くる。薄緑色の光が俺の足を再び包み込む。
俺の足から
「ダァァァァァァアアアアアアアアアアア‼」
「よくやった」
頭上から聞こえてくる女の声は、やはり淡々と冷たい。
でも同時に、俺はその声が聞こえてホッとするような安堵感を覚えていた。
「《ライトニングディバイン》‼」
女の掌に蓄積されていた雷撃は振り下ろされ、十億の脳天から全身にまで行き渡った。
「グゥヴヴヴァアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
俺はセレスティアを庇うようにうつ伏せの状態になる。
危うく巻き添えをくらいそうなほど近くで雷撃の轟音が鳴り響く中、十億の悲鳴も混じって聞こえた。
数秒間の静寂。まだ時々バチッ、バチッと音がする。
黒灰色の煙がゆっくりと薄れるのを待つ。
数分後、すっかり黒焦げになった十億が見えた。その姿はピクリとも動かない。
途端、十億は翼を大きく羽ばたかせ、地上から空へと逃げるように飛んでいった。
辺りはヘリコプターが去っていた後のように風が吹き荒れ、煙はそれと同時に晴れていった。
「追わなくていいのか?」
地面にゆっくりと着地した女は、フードを被り直す。
「あぁ。あれくらいで奴は倒せないからな」
「イッ……ダッ⁉」
「? どうした、傷が痛むか」
「いや、それもそうなんだけど……」
肉離れしてる。今にも足を動かすのが辛い。
すると女は俺に近づき手を俺の太股に触れ、「《ミティゲーション》!」と唱えた。
不思議なことに俺の身体が薄緑に光って、痛みが徐々に緩和していく。
これはいわゆるゲーム世界でよく見る回復魔法というやつか。先から目の前で魔法染みたのをガンガン見せられてたから、驚きは少なかったけど、やはりあるんだな、回復魔法も。
「傷が……ありがとう」
凄い、全身が軽くなった。肉離れも治ってる。
治してもらって言うのもなんだが、これ医者泣かせもいい所だな。
「あ」
「? どうしたまだ痛むのか?」
「い、いや……もうすっかり元気元気! アハハ……それより、これも魔法なのか?」
正直、今は魔法なんかよりずっと別のコトで俺はドキドキしていて、大事な所が元気元気になりそうだった。
何故なら目の前では、大胆に露わなっている太股と豊満な胸元が至近距離にあるという正当な理由だからだ。これで元気元気しない
俺は緊張してないコトがばれないように、太股と胸元を交互にローテーションしつつ女の話に耳を傾けた。
これは自分へのささやかなご褒美だ。
「これはマジックスキルの一つ。
へ~~元気元気……マジックスキル……? えっと、なにそれ。
『うっ……』
そこで倒れていたセレスティアが呻き声を上げた。
「あ、おい、大丈夫か⁉ そうだ、この子にも俺と同じその
「その必要は、ないみたいだな」
女が振り向いた先には、ざっと千人以上はいそうな軍隊が行進するようにこっちへと向かって来ている。それは数時間前に見た全身を白のロングコートで包む集団だった。
「あれは確か、永聖軍団……」
「どうやら援軍が来たようだな。フッ、笑わせる。今になって偉そうに何をしに来たのやら」
女はクツクツと微小を浮かべていた。
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