絶滅危惧種とアイ・ジー(9)
「え? トオル、ソキウス作ってるのか?」
「そう。と言っても小さいソキウスだけどね。アタシ達みたいな
たまにだけどフィールドに出て、お金の為に絶対に勝てるモンスターと戦闘するコトはあるけど、基本はバー経営を中心にやってるわ」
「アハハ……。つまり二丁目的なやつか。まぁその今回は遠慮しとくよ……」
それはそれで戦ってるとこ見てみたい気もするけど。
「あらそう……。もう絶対にツヅル君ならうちの子達にも気に入られるはずなのに、もったいない。ま、必要以上にしつこくするのは乙女の嗜みに反するものだから気が向いたらまた来てね♡」
「あぁ。それと最後に一つ聞いていいか?」
「ナニナニ、キイテ、キイテ⁉」
バッと目を見開いて俺に近づいてくるトオルの迫力はそれはもう、ホラーだった。
「近い近い、それと暑苦しいから」
「で、何かしら聞きたいことって?」
「モンスターのいるフィールドってどこにあるんだ?」
トオルは分かりやすい程に驚いた。
「もしかしてソロで戦闘するつもり⁉」
「いや、別に。ちょっと興味があるだけなんだけど、一度は見ておきたくて」
俺の発言を聞いたトオルの目つきは、一段と鋭さをましていく。
「……悪いことは言わないわ、やめておきなさい。いくらツヅル君が腕っぷしに自信があってもモンスターとの戦闘は危険すぎるわ。それもソロでなんて」
「いや腕っぷしに自信なんてないし、ていうかめちゃくちゃザコだけど。大丈夫だって。ちょっと見るくらいですぐに逃げるから」
次の瞬間、トオルは俺の顎に手を伸ばし、クイっと持ち上げられた。
それも真剣な眼差しで。って顎クイすな‼
「そうやって調子に乗ってフィールドに出て行ったきり、帰って来なかった奴を何人も見てきたの‼」
「え? でも……」
「本当よ。別にツヅル君を脅したいとかそんなことで言ってる訳じゃないの」
「……そ、そうか。分かったから、放してくれ」
なんか色々あるみたいだな。でも正直俺には関係ないことだ。フィールドに出るのは俺の自由だ。特に俺は、昔から人の話を聞かないらしいからな。
沈黙の中、トオルのアイ・ジーが振動した。
「ちょっと失礼するわね」
「あぁ」
トオルはアイ・ジーから映し出される映像と通話をしていた。同じオネェ仲間だろうか。一分間くらいですぐに戻ってきた。
「お待たせ。ちょっとアタシ急用が入っちゃって、そうだツヅル君、連絡先教えて?」
「無理だ」
「ウブッ‼ もう何でよ、いいじゃない、これだけ仲良くお喋りしたのに、ね、いいでしょう~」
トオルはその場を立ち去ろうとする俺の腕を必要にブンブン引っ張ってくる。
「さっき必要にしつこくするのは乙女の嗜みがどうとか言ってただろ!」
「それとこれは別に決まっているでしょう、連絡取れたら便利だから。ね、ね、いいでしょ、いいでしょぅ~」
その後、俺はアイ・ジーのメニューウィンドウをトオルにいじくられ五分間の交渉の末、泣く泣く連絡先登録者第一号に【♡トオル♡】をゲットした。
トオルと別れて、近くにちょうど良いベンチがあったので腰かけた。
「よっこいしょ」と無意識に声が出る俺はもう歳かも知れない。
トオルにはフィールドに出るなと言われたが、俺の好奇心はそんなくらいでは憚れない。永聖軍団の大軍にこっそり付いていって、戦闘見学でもしよう。
「…………」
腕をベンチに預けた俺はボーっと空を見上げる。
青い空に広がる雲はどこか見慣れた風景だ。この空も、街も、AIも、このベンチの感触すらもリアルだ。
「でも仮想世界なんだよな~」
俺が生きてきた現実世界とは違う、異世界。戻りたければいつだって戻れる。
「あ、そうだ。ログアウト……」
そう言えばこっちにきたら試したいことも結構あったんだった。
「アイ・ジーオン」
微かな駆動音がしたのち、腕からメニューウィンドウが映し出された。
映し出されメニューウィンドウには五つのバーが縦に並んでいる。
「これが完全転移モードに切り替えたアイ・ジーなのか」
さっきはトオルが勝手に俺のアイ・ジーを操作していたのであまりちゃんと見ていなかったが、現実世界の時に起動したアイ・ジーとは全然違う。
あの時は確かアプリケーションのアイコンが先にずらっと出てきただけだった。
とにかくまず上から順に見ていく……。
一番上から順に、
【ステータス】↓【マップ】↓【ボックス】↓【コミュニケーションコール】↓【システム】
の順だった。
俺はまず一番優先して確認しておきたかったログアウトがあるか心配になって【システム】をタップした。
それに反応して電子音が鳴り、リストバーが降りてきた。
目的のログアウトはすぐに見つかった。一番はじめにログアウト、それからヘルプや運営へのお問い合わせ、クレジットなどもあった。
なんかこういう所はゲームっぽいんだけどな……。
ふと、時刻を確認する。午後三時半か。
「あぁ~なんか疲れた……」
もうこのまま一眠りかましてやろうかと意識が朦朧としてくる。
それからどれくらい経ったのだろうか。数分間、いや数十分、分からない。
その時、全身がはっと何かを思い出したかのように起き上がった。
「しまった⁉」
せっかく永聖軍団の戦闘を見に行くつもりだったのに、すっかりベンチに完全ダイブしていた。クソッ、これがニートの呪いだというのか。
さっきまでいた軍団の長い列は今やもぬけの殻だ。
慌てて俺はマップを開き、近くのフィールドに続いていそうな場所を探す。
とにかく急いで向かった先にある門は、予想以上に大きく、高さは十メートルそこらありそうだ。いったい人以外の誰が通るんだと思わせる門の扉はきっちりと閉まっている。
多分この先にモンスターのいるフィールドなのは間違いなさそうだ。
頑丈そうで守りに徹している巨大門の前に、門番と思われる二人の傭兵が待ち構えていた。一人見覚えのある傭兵はあの時のドワーフみたいなおっさんだった。
「そこのあんちゃん、ここより先はモンスターの住むフィールドだ。
アイ・ジーのパス通知が我々にこないのを見た所、まだフィールドに一度も出たことがないようだが?」
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