絶滅危惧種とアイ・ジー(8)
「え、どうして分かったんだ?」
というかこいつ人間だったんだ。あまりにインパクト強すぎてAIかと思ったわ。
「普通ね、仮想世界では自分の本名を名乗るなんてことはまずないわ。それも何の躊躇いもなく、なんてのは今の現代社会では珍しいことなのよ。まぁALEではその概念が少し薄れてきてるのもあるけど……」
「それって、SNSを使って発言する時とかと同じ感覚か?」
「そうね、まぁだいたいそんな感じ。自分の本名で何か行動を起こすというのは非情にリスクのある時代なのよ、色々社会的に、ね」
「まぁその辺ことはもうどうでもいいよ。俺はご明察の通りさっきこの街にやって来たばかりなんだ。それよりこの街の騒ぎようは何なんだ?」
「どうでもいい、ね……。そうそう、ツヅル君あっちを見てごらんなさい」
トオルが指差した奥の方からは、全身に白いロングコートに身を包んだ集団が街のど真ん中をぞろぞろと歩いてくる。集団の後方には終わりが見えない。
街の民衆は、その集団の為に道を開けている。
それは戦場で戦った軍が勝利の凱旋をする時のような雰囲気だった。実際にはアニメや漫画とかでしか見たことないけど。
「あれは、何の集団なんだ?」
「そうね……。言うならばあれは」
『来たぞ!
その時、民衆の一人が大きな声を上げた。
先までざわざわとしていた喧騒は一つの大歓声へと様変わりし、民衆のボルテージが瞬間的に最大になった。まるでワールドカップ決勝戦で大逆転ゴールを決めた時のような。
そんでこいつら知らない者同士で互いに抱き合うサポーターか。
「なんだ、何なんだこれ⁉」
俺はもちろんそのテンションに全くついていけず、指で耳の穴を塞ぐ。
『いつも街の警備ありがと~』
『頑張ってね~永聖軍団~』
『モンスター討伐いってらっしゃい~』
『アルン様かっこいい~キャアア♡』
『セレスティア様~~最高‼』
『姫~~待ってましたゾ~』
『ワッショイ、ワッショーイ!』
などと民衆はそれぞれ思い思いの声をかけている。あ、因みに補足しとくと四番目はトオルだ。
というか急にどうしたこいつら、ヤバめの宗教信者か。
「凄いでしょ、ツヅル君‼ これが
トオルはいつの間に出したのか、『ア・ル・ン・様』と色々デコレーションされた団扇を振っている。アイドルオタクとやってることが一緒なので、現実と仮想での既視感が俺を軽く混乱させる。
メルクリウス……最大規模のギルド……永聖軍団か。
俺はしばらくボーっとその列を眺めていた。
やがて長蛇の列は俺達の真ん前を通ろうとしていた時だった。先頭を歩く女と目が合った気がした。
遠目からでも分かるくっきりとした大きい目。エメラルドグリーンのような花緑青色の瞳。
尾骶辺りまで伸ばした金色の髪をひらひらとさせ、皆と同じ白いロングコートに身を包んでいる。
時折、歩くタイミングで絶妙に覗かせてしまう、
女の笑顔と手を振る仕草は民衆に向けられるもので、決して俺なんかの一個人に向けられたものではないと知っている。知っているはずなのに……。
「えへへ……」
自然と手を振り返していた。
だって普通に綺麗な人だよ~。当たり前だよね~。
「ちょっとツヅル君⁉ あれは駄目よ、もうあれだけはナンセンスよ。あの女だけは――」
何故かオネェは、苛立つように綺麗な女の方へガンを飛ばしまくっていた。
怖い怖い、なに、乙女同士の因縁とかそんな感じか?
「ど、どうしたんだよ急に⁉ あの人凄い綺麗だし、先頭を歩いてるってことは凄い人なんだろ。まさにアイドルみたいな存在じゃないか」
「アイドルーーっ⁉ あの女の名はセレスティア・ランヴェルト。父親のコネで中佐まで登り詰める悪魔みたい女よ‼ おい、そこの悪女、アルン様に気安く近づくんじゃねーよ‼」
まぁ察するに、セレスティアのすぐ後ろにいるインテリ系イケメン(メガネ)がトオルの言うアルン様で、その近くにセレスティア・ランヴェルトが存在することは許せないみたいな感じか。
こう言っちゃトオルには悪いが、二人は理想のカップルだったとしても民衆的には、見栄えが大変良く、微笑ましいものだろう。
あれだ、イケメン俳優と美人女優が付き合っているテンプレだ。ちっ、しょうもない。
今もなお民衆に手を振り続けるセレスティアは、コネとか美人とかもそうなんだけど、こう、カリスマ性というか、人を惹きつける魅力を持っている印象だ。
しかし、前腰あたりからはみ出る剣の握りからして彼女は剣使い、それも集団のトップを率いる実力があることも同時に指し示していた。
鼻筋もすらっとしており、口、目元も整っている、言わずとも美人。年も俺と近そうで十代後半くらいだと思う。もしくは二十代前半くらいか。
そんな美人と目が合った気がしたのだから、
「えへへ……」
自分でも分かる程にニヤついている。アイドルを応援する奴の気持ちが少し分かった。
「もう、なんて顔してるの、情けない‼ ツヅル君もああいう女だけには絶対騙されちゃいけないわよ」
「トオルも一緒だと思うだけどな」
「やっだ、もう、アルン様は別よ。あんな仮面女と一緒にしないで欲しいわ」
何が違うのか良く分からなかったが、俺の目は相変わらずセレスティアに釘付けだった。
落ち着けぇ俺。これは男子特有の目がよく合うとかで起きてしまう「あれ、こいつ俺に気があるんじゃね」症候群だ。
この症候群は多くの男子を苦しめてきた前例がある、冷静になるんだ。
いくら綺麗だろうが、俺の思考速度についてこられる女子なんて今まで一人もいなかっただろ。落ち着け、俺は
「よし! なぁトオル。このクソ長い集団はどこに向かってるんだ?」
「モンスター討伐戦の為にフィールドへと向かっている所よ」
「モンスター……ってALEは人生シミュレーションゲームじゃないのか⁉」
「まぁそうなんだけど、街を出たフィールドには何故かモンスターが存在するの。でも大丈夫よ。そういうのはAI達が倒してくれるから。私達は好きな職場で働くことに専念できるの」
「てことはこのクソ長い集団みんなAIなのか?」
「えぇ。まぁ恐らく物好きな人間も混じっているだろうけど、ざっとこの集団は千人規模くらいかしら。でもこれも永聖軍団の一部隊に過ぎないのよ」
「千人で一部隊⁉ ……どれだけ大きいんだよ」
確かにセレスティアは中佐でコネとか言ってたけど。
「そう思うわよね。ツヅル君には一つ、ALEでアタシと出会った記念にこの同業者組合制度について教えといてあ・げ・る♡」
「同業者組合、制度?」
「えぇ。このALEには大きく三種類の組合に分けられるの。一つがこの永聖軍団のような親であるマスターがAIの組合を【ギルド】というの。
そして二つ目はその逆で、親であるマスターが人間の組合を【ソキウス】というの」
「へぇ……じゃあその子である団員は人間とAIを問わないのか?」
「フフ。いい所に目をつけるわね。そうよ、両者が何人いようが変わらない。
そして最後の三つ目が、アタシ的にALEを配信した目的の一つだと思う組合の一つ。親であるマスターを人間とAIの二人揃えなければいけない組織を【ファウスト】というの」
なんかいかにもファンタジーってきたな、これ人生シミュレーションだよな、大丈夫か。
「一つ疑問なんだけど、そのファウストってのは最上位組合みたいなものなのか?」
「……違うわ。でも役所から支援される金や世間的立場は圧倒的に有利になったりする。だけどそれは会社に社長が二人いるようなものだから、すぐに揉めて解散するのが現状ね」
確かに社長が二人いてさらに種族も違うと特に揉めそうだな。でもなるほどな、これが人間とAIの共存システムの一つなのかも知れないと俺の思考が納得する。
「一つ、質問いいかトオル?」
「えっ⁉ ナニナニ、アタシに何でも聞いてちょうだい☆」
トオルは嬉しそうに何度もつけまつげをパチクリさせる。
「そのギルドとソキウスには職業とかの違いはあるのか?」
「特に大きな違いはないわ。マスターが人間かAIかそれだけ。そうね、アドバイスを送るならツヅル君にはやっぱり、人間がマスターであるソキウスで職を探すのをオススメするわ」
「なんで?」
トオルは一瞬、難しそうな顔した気がしたが、すぐさま明るく振る舞う。
「AIと人間の確執? みたいなものかしら。もちろん人間の技術力を高く買ってくれるAI達や快く迎えてくれるAI達もいる。
でもね、私達人間側もどこかまだAI達を警戒しているのだと思う。だから今だに両者間でよく揉めることが多いの」
確かに現実世界では分かりやすい程に俺達人間側の職はAIに奪われていった。でもそれはAIロボットであって、ALEのAIはちゃんと人間しているというか、もはや違いなんて分からないレベルだ。
「それにツヅル君にソキウスを勧めるには他にも理由があるの」
「なんだ、その理由って?」
「元々ALEが配信されたのが一年前でね、それまでこの世界にはAI達しかいなかったから組合組織がギルドしかなかった。そのせいかギルドにはかなりの数の戦闘職が多いの。
表向きは服屋なんかでも裏稼業はバリバリ戦闘職、なんてこと結構あるらしいから」
「お、おぉ。恐ろしいな、それは」
「でもソキウスなら人間がマスターだから、現実世界に近い職が沢山あってね、ギルドよりも遥かに高い技術力を持った職人や業種も多数あるからいいかなって」
「なるほど、色々と教えてくれて助かる」
「やっだ、もう、アタシ達の仲なんだから何でも聞いてよね♡」
「ヒィイイイイ、触るな‼」
トオルが俺の腕に抱きつこうとするのを間一髪でするりと躱す。
「それよりツヅル君さぁ、アタシ達のソキウスに来ない?」
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