絶滅危惧種とアイ・ジー(7)
「なっ⁉」
フラッシュを受けた時のように視界が白くなって何も見えない。
すぅーと足元から冷えていく感覚が襲ってくる。それが徐々に下半身を超えて、上半身へ。
そして頭部へと全身が包みこまれるのを感じた時、俺の意識は途切れた。
――眠っていたのも束の間、一瞬で意識が戻ってくる。
視界がようやく安定してきた頃、俺は全てが真っ白いただ何も無い空間にいた。
『ようこそ。アイ・ジー完全転移モードへ』
現実でアイ・ジーを使っている時と同じアナウンス音が今度は空間内に響き渡る。
「ここは……?」
『ではまず、使用者ID29960708さんには完全転移モードの、簡単なチュートリアル及び注意事項を述べさせて頂きます』
アナウンスは淡々と続いていく。
『ここはアイ・ジー完全転移モードを使用する際における中継空間地点となります。完全転移モードを使用して仮想世界に転移、又は現実世界にログアウトされる場合は必ず、一度この中継空間地点を挟んで貰います……』
うーん、なんかダラダラ長いな。
要は現実世界から仮想世界に転移する際に、俺の仮個体データを送ってから転移しないと俺の身体が壊れてしまうってことらしい。
それはログアウトする時も同じで、転移先では身長体重、ケガなどの変化がそのまま反映されるので、一度この中継空間地点で個体データを再認識し、仮個体データを転移先に送信する為らしい。
あと素粒子がどうとか、物理状態がとかは難しすぎて、俺にはまだ早い。
その後もダラダラと三十分以上チュートリアルと注意事項は続いた。
こういう退屈が何よりの苦痛に感じる俺にとっては、三十分が一時間以上に感じた。
『以上で完全転移モードのチュートリアル及び注意事項の説明を終了致します。もう一度聞きたい、他に不明な点や質問などは、是非この中継空間地点をご利用くださいませ。それでは転移する仮想世界を選択して下さい』
はぁ、やっと終わった……えっと、転移する世界ですか。ALEしか知らないけど他にもあるのか?
「あ、あの~転移する世界ってどうやって選ぶんだ?」
…………。
なんで無視なんですか。
「あ、あの~」
『使用者ID29960708さんが現在、転移可能とする仮想世界はありません』
「は?」
『新しい転移先を選ぶには仮想世界をダウンロードを選択してください』
「なるほど……ってそれを先に言ってくれ‼ で、どこでそのダウンローってやつを選択出来るんだ?」
…………。
『では、こちらが現在転移可能とするダウンロード一覧になります』
「って用意出来るんかい‼」
なんか調子狂うな、このアナウンス。
で、えっと……アナザー……ライフ……あれ。あったんだけど、これって。
現在、俺の前にプカプカと浮いている直径一メートルくらいある水晶玉。
俺の上半身を全て覆い隠せそうな程の水晶から映し出されている映像は、プロモーションビデオらしく、その世界観が分かる背景やそこで暮らす人々が動いたりしている。
でもその一つの水晶玉のみだった。
しかもその水晶玉の上にAnother Life to Endとコバルトブルー色の文字が浮かんでいる。
「えっと……他の世界とかはないのか?」
『はい、現在アイ・ジーを使用したのちに転移可能とする仮想世界はこのAnother Life to Endのみです』
そうなのか。てっきり他の仮想世界もあるものだと勝手に思い込んでいた。そう言えば大森も確かALEはフリーソフトだとか言っていたような。
まぁどのみち俺はこのALEに行くつもりだったし、今はこっちに集中するか。
そうして俺は目の前にあった水晶玉に軽く触れた。
するとそれに呼応するかのように波紋が広がっていき、円周が黄色く発光した。
この世界に転移しますか? YES/NO
俺は迷わずYESをタップした。
『了承しました。それでは直ちに使用者ID29960708さんをAnother Life to Endの世界に転移します。暫くお待ち下さい』
そして目の前にあった水晶玉は、先よりも徐々に強く発光しはじめた。
やばい。視界もやばいんだけど、なんか足元の感覚が無くなっていくというか、真下に落ちていく感覚が同時に襲ってくる。
「うわぁぁあああああ‼!」
『それでは、いってらっしゃいませ』
どんな時でも冷静でかつ無機質なアナウンス音は、俺の焦りなど微動だにせず仮想世界に送り出すという業務をしっかりとこなした。
***
――遠くから喧騒が聞こえてくる。その音は徐々に正確に聞き取れるように、気付けば男の図太い声が俺に近づいてきて――。
「どけぇぇぇえ‼」
「え?」
「いいから邪魔だ、道を開けろぉ‼」
そう言って鎧を全身に纏い、背中に斧を持ったいかにもドワーフみたいなそいつは、俺を虫けらのように払いのけた。
俺も俺で、ちょっと手で払われただけなのに、地面に尻餅をついてしまう。だっせぇ……ってちょっと待て!
「ここはもう、ALEなのか……」
あちこち辺りを見渡してみると、確かにここは日本じゃないどこかだ。今いる広場の中央付近には噴水があって、近くに綺麗な川が流れており小舟を漕いでいる者もいる。
それに露店も横一列にずらーっと続いている模様。まさにファンタジー世界じゃないか。俺氏、感激だ。
没入型VRゲーム経験無しの俺にとっては、仮想世界自体がもはや夢の世界に感じる。
俺は擦りむいた手に血が滲むのを見て、完全転移したことをより実感した。
「あ、ら、大丈夫? そこのリトルボーイ♡」
「ヒッイ⁉ さ、触るな!」
びっくりした~。今俺に手を差し出してきた奴はどこからどう見ても。
「やだ、もう。そんな人を化け物扱いして、うぶなんだから♡」
勝手に盛り上がるそいつの髪色は深緑で緩くパーマがかかったショートヘア。前髪がカールしており毛先が白のグラデーション。襟足と、サイドは少し刈り上げている。
身長は百九十センチくらいあるんじゃないかと思わせる程に、スタイルは理想の男性モデル体型。メイクは派手で唇に真っ赤な口紅を差し、頬には赤すぎるチーク。目元にはピンクのアイシャドウ。
白の縦フリルが入った長袖に、パンツは派手なパッションピンク。靴は黒のブーツに、アクセサリーは金色の指輪やらキラキラとしたモノが数箇所に飾り付けてあり、黄色のスカーフをぶら下げている。
ここまで解説してつまり何が言いたいかお分かりだろう。
オネェだ。オカマとのあまり違いとか分からないからオネェでいっとく。
「アッ、もしかしてリトルボーイ、今日初めて
「リ、リトルボーイって俺のことか⁉ 多分、人違いだから他を当たってくれ」
「そうやって恥ずかしがるところも超カワイイ♡」
「ヒィイイイイ‼」
オネェは俺の手を無理やり手に取って立たせた。なんつう力してんだこの怪力男。
「あ、もしかしていま怪力少女とか思った?」
オネェの握力は俺の手を粉砕しそうなくらい強く握りしめる。
「イタッ、イタイイタイ‼ 間違ってるから、怪力少女じゃなくて、怪力男だと思ったから。それ、間違ってるから!」
俺は人生で初めて額に浮かぶ青筋がプチンと音がしたのを聞いた。
「あーら、いけないリトルボーイね・・・・・・」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼」
本気で心の底から謝って、どうにかその馬鹿力からは解放された。
「もう、プンプンさせないでよね~。美容の天敵なんだから」
頬を膨らましたオネェはようやく俺の手を離して、くれなかった。
「そうだ、リトルボーイのお名前は?」
「――
俺の名を聞いた途端、物珍しい者を見るようにオネェは目を大きく見開いた。
「ツヅル……いい名前ね。キュートでプリティでチャーミングで魅力的ね♡」
「いや、それほとんど意味一緒だから」
「もう、細かいことは気にしないのが乙女の嗜みよ。そんなこといちいち気にしてたら前に進める者も進めなくなることだってあるわ……」
オネェはどこか遠い記憶を探るように空を見つめる。そのたった一連の仕草に何か物凄い、実体験に基づく強い説得力を感じてしまった。
さり気なく、ごく自然に、そしてナチュラルに、オネェは俺の肩に手を預ける。さっきからちょこちょこボディタッチが多い。
ちょっと鬱陶しいが、オネェというのはそういう生き物なのだろうと俺は勝手に受け入れた。
根拠なんて無いが、細かいことは気にしないのが俺の嗜みに今、なった。
「アタシのことはトオルちゃん♡って読んでね」
「ちゃんは無理だけど……でもまぁ、宜しくなトオル」
とりあえず初めての仮想世界で中々クセの強い奴と出会ってしまったが、悪人では無さそうなので良かった。
「そうやって蔑む目で呼び捨てにされるのも悪くないわ♡ でも照れちゃう所なんてキュンキュンするからやめて、もう無理、イッちゃいそう♡」
訂正、クセが強いというより、本気のやばい奴だ。悪人かもしれない。
「あ、そうだ。ツヅルくんはさ、VRゲーム経験ってあまり無いんじゃないかしら?」
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