絶滅危惧種とアイ・ジー(6)

 午後十二時半。

 あれからしっかりと二度寝をかまし、昼に起きた俺は酷く後悔した。やっぱ昼飯頼んどけば良かった。

 俺は簡単にインスタントラーメン(豚骨味)を食し、母親からアイ・ジーを受け取って現在、自室にてアイ・ジーを見つめている。

 母親からアイ・ジーを受け取る時に『まぁ~つーちゃんもやっとアイ・ジーを使うのね。ウフフ。おかーさんとお揃いだわ~キャ♪』

 どこがそんなに嬉しかったのか分からないが、とにかく天使の様な笑顔で俺に小さめの箱を渡した。一応俺はマザコンではないと言っておく。

 箱には俺宛の記載事項が記されているだけで、中身を知らなければ本当に何が入っているか分からない、普通の郵便物だ。

 俺はその箱のテープを綺麗に剥がし、まず一目に入ってきたのは黒の腕輪のようなリング。それと小型瓶に入った一つの小さなカプセル。最後に三枚の説明書が綺麗に二つ折りに入っていた。

 俺はまず二つ折りにされた一枚目の紙を広げ、中身をサラッと読んでみる。


【Intelligence gain使用する際の注意事項と初期設定方法】


 そして二枚、三枚目と……。

 フムフム、なるほど。理解した要点を纏めるとこんな感じだ。


 ・アイ・ジーはIntelligence gainの略称

 ・アイ・ジーは個人番号マイナンバーを持つ全ての国民に送られてくる。

 ・実は二年前の二〇五二年にアイ・ジーを使って生活するように国から要請が出ていた(強制ではない)俺はそんなこと知らないし聞いてない、もしくは話されてたけど聞き流していたか。

 ・小型カプセル(人工知能細胞)は決して自分以外の人に与えてはいけない(動物なども含む)

 ・小型カプセルは人体に決して悪影響を及ぼすことはないが、万が一異変が起きた場合は、ただちに近くの病院にて診てもらうこと。

 ・初期設定は小型カプセルを服用してから三十分後以降にアイ・ジーを起動させるように。

 ・アイ・ジーのシステムアップデートはこまめに行うこと。


 うーん、まだまだ細かい説明がまだまだあるので、分からなくなったらまた読み直すか。とにかくこの小さいカプセル、人工知能細胞とやらが入っている小型カプセルを飲んでみよう。

 ゴクリ。うん? 特になんかあるって訳でもないな。まぁ他のアイ・ジー使ってる奴らもいたし、いきなり異常が起こる訳でもないか。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 暇だ。三十分が果てしなく長く感じる。俺は待つのが大の苦手だ。待たすのは平気だが。最低とでも何とでも言ってくれ、俺はそれを代償に多くの人付き合いを無くしている。五分五分だ。

 俺みたいに待つのが嫌い、でも人付き合いは続けたい強欲な人がいるならばアドバイスしておく。絶対に五分以上人を待たすなよ。ただそれだけだ。

 五分も待ちきれなかった俺は左手首に黒色のリングを装着し、初期動作時、絶対に唱えなければいけない言葉を唱える。


「確か…………アイ・ジー、オン!」


 ・・・・・・あれ、間違ったかな……。


「わっ⁉」


『アイ・ジーの生体認証システムをスキャンします。

 使用者ID29960708……認証成功。

 使用者の視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚を拡張します。

 残り十秒前、九、八…………四、三』


 いきなり俺の脳内に響いてくる女性アナウンスの声。


「え、え、え」


『ニ、一…………ようこそアイ・ジーへ』


 装着していたリングのミニ液晶から空中へと光が差し込み、俺の目の前にスクリーンモニターが映し出された。

 俺は驚きのあまり、ベッドに腰を下ろす。

 これがアイ・ジー……なのか。俺が動いてもモニターはそれにすぐさま対応して操作を可能とさせる。


 目の前には、「あなたの名前をキーボードで入力、または音声で入力して下さい」と映し出されている。


 すげぇー、これが最新テクノロジーというやつなのか。流行に乗るのは少々気が引けるが、今や学校にも行かない、咲華を探しに行かなくてはいけないという名目で、自分の捻くれた血を制御コントロールした。

 俺はキーボード入力と音声入力のどちらも試してみた。

 キーボードの方は、キーボードマークを押せばちょうど自分の手の近くにキーボードが映し出され、スマホやPCのように入力するだけ。

 音声入力の方は言葉を発すると、その漢字や言葉の候補が出てくるので正しい方をタップするだけだった。

 やばい画期的だ。すげぇ。流行りになんて流されないという俺の壁がメキメキと音を立てて崩れ落ちていく。なんてもろい壁だ。

 次に俺は個人番号マイナンバーの登録を要求されたので、それを入力して後はスマホなどと同じで、初期設定をしていく。

 そんなこんなで、一時間くらいかけて大体の初期設定を終えた。

 それだけのことでどっと疲れてしまった俺は、一度アイ・ジーの接続を切る。


「えっと、アイ・ジー、オフ、だっけ」


 瞬時に目の前からスクリーンが消え去った。

 ふぅ。ていうか今何時だ。

 俺はアイ・ジーを胸元辺りに近づけると、ミニ液晶に時刻や曜日などがその動きに反応するように表示された。

 午後一時半。

 俺は一度、トイレで用を足してから小休憩がてらにベッドで横になり目を瞑った。シーンとした部屋が何故か、久しぶりに感じる。アイ・ジーを使った時から自室に居たはずなのに、やっといつも通りの自室に帰って来たような感覚になる。

 アイ・ジーは今まで俺が生きてきた十七年間の世界を一瞬で塗り替えた。それくらい衝撃的だった。

 こうした反応は、俺が今まで没入型VRゲームなどの最先端テクノロジーに触れてこなかったのが原因なのかもしれない。皆はもっと当たり前で慣れた感じだったのかな。

 そして何よりもこの拡張現実はアイ・ジーの前座にしか過ぎないってことが正直怖いくらいだ。


「完全転移型システム……」


 俺は左手を真上に上げ右手でリングを覆うように触れる。ゴム製のサラッとした感触に途中無機質なガラスの冷たい手触り。

 でもこんな一歩間違えれば玩具時計と言ってもおかしくない物が、人の身体を本当に転移なんてさせれるのか。

 俺は半信半疑の気持ちが拭えないまま、ベッドで横になっていた身体をゆっくりと起こす。

 するとコンコン、とまた聞きなれたノック音が聞こえてきた。


「おにーちゃん、ママが晩御飯何にするーだって?」


 瑠琉……お前、相当暇なのか、それとも母親の召使いかなんかか?


「あぁ。そのことなんだけどさ、今日の晩飯要らないから」

「お、お、おにーちゃんが昼も夜もご飯いらないって……やっぱ様子が」

「もういいからそのリアクション。頭もおかしくなった訳でもない、ちゃんと伝えとけよ」

「フン、頭はいつもおかしいでしょ、おにーちゃんわ! ちゃんとママにそのまま伝えとくから。バカはバカのままだって。このバカおにーちゃん‼」


 ワザとらしく、ドンドン! と床を踏み鳴らしながら、ご立腹なご様子の瑠琉は下へと降りていった。

 俺そんなに怒らすようなこと言ったかな? まぁ、あいつも色々と難しいお年頃だもんな。寛大な兄はそんな妹でも可愛いと思うものだ。許す。

 あ、因みに俺はロリコンとか無縁だと言っておく。


「さてと、行きますか」


 とりあえず俺はパジャマのままだったので、ニート感を外見的内見的にも出さない為に普段着のTシャツとジーンズに着替える。

 そして外れた訳でもないアイ・ジーを一度だけ目視する。


「アイ・ジー、オン!」と強めの声で呪文を唱えた。


 リングが発光する。

 先程と同様に映し出されたスクリーンで、スライドさせるようにして完全転移モードのアイコンを探す。どこだ……どこ、あった!

 よし、俺のアイ・ジーは既に一年前にアップデートで追加されたらしい完全転移モードがしっかりと組み込まれている。

 興奮気味な俺は、少し震える手でアイコンをタップする。すると。


『三十秒後にこのアイ・ジーを完全転移モードに切り替えます。宜しければYESを、又、キャンセルの場合はNOを押してください』とアナウンスが脳内に響く。

俺は迷うことなくYESをタップする。


『了承しました。それではアイ・ジーを完全転移モードに切り替えます。しばらくそのままでお待ちください』


 あと十五秒……十秒……七……五。

 早く、速く、迅く。

 カウントされる数字がいつもより遅く感じる。

 三、二、一。

 リングが強く発光し、視界を一瞬で奪い去った。

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