絶滅危惧種とアイ・ジー(5)

 大森は俺の質問を聞いた直後。


「アハハハハハハハハハハ‼」


 やっぱこいつ嫌いだ。腹抱えて笑ってやがる。


「だから笑うなって言っただろ、それにこの質問のどこがそんなに面白いだよ!」

「ハアァ~ いや、ごめんね。改まって話そうとしてたから一体どんな質問してくるのかと思ったら君の真剣な口調から出てきたコトを聞いてつい拍子抜けしちゃったよ。やっぱり君は本当に変わり者だ」


 どこがそんなに受けたのか俺はこいつのツボが全く分からなかった。


「いいから早く答えろよ、じゃないともう帰るぞ」

「悪かった悪かった、お願いだから気を悪くしないでくれ。じゃあその神司君の真剣な質問に答えるとしよう」

「お前まだちょっと馬鹿にしてるだろ」

「してないよ。それよりこれはゲームの良い宣伝になりそうだ」


 うん、宣伝?


「神司君が言っているのは没入型VRゲームのコトだと思う。現実世界の身体を寝たきり状態にして、脳の神経にアクセスする。そして脳のあらゆる神経系を遮断し、ニューロンを通して五感を仮想世界に繋ぐ」

「あぁ。それくらいなら、学校で習ったから何となくだけど知ってる。脳や身体、精神にあらゆる負担をかける問題ゲームだろ」

「……アハハ、中々ネガティブなイメージを持っているね」


 大森は自分の頭皮をボリボリ掻き始める。


「じゃあそのあらゆる問題の一つが、排便障害や栄養不足などに挙げられているのも知っているだろう」

「いちいち回りくどい。いいから答えを教えろよ」

「そう慌てない。物事には順序というものがあるんだよ」


 なんかますますこいつが嫌いになりそうだな。


「何より没入型時代のダイブ機器の『アテナス』や『レザスタ』にとって最も危険視された問題は脳の神経系に蓄積されていく負担なんだ。人間にとって脳は、非常に重要な場所なのは理解できるのだろう。

 このご時世、すでに人間と仮想世界は切っても切り離せない関係になっている」


 こいつ本当に回りくどいな、絶対友達いないだろ。まぁ俺もだけど。


「かたや現代社会での多くの人間は、仕事やその役割をAIに取られているのは君も知っているだろう」

「あぁ、体験済みだ。アルバイトでな」

「そんな荒廃していく心を持つ現代人にとって今最も必要なのは仮想世界だった」

「だから俺はそんな弱い人間と一緒になりたくはない」

「そうだね、だから君は自ら命を絶とうと試みた」

「でもね、実際は君みたいな子は近年本当に多く現れたんだよ」

「年間自殺者大量増加事件、だろ」


 それくらい俺も知ってる。ニュースでたまに見る。でも俺はその大量の一人ではないと信じている。勇士の決断だったと。


「そう。ここ数年で日本の一億四千万人以上もいた人口がもう一億を既にきった。これは異常事態だ。でもね、それでも皆が皆、神司君みたいに自ら命を絶つ勇気なんてないんだよ」


 当たり前だ、人間は自ら命を絶てる数少ない生命体の一種だ。

 でもそれは選ばれた者だけの特権なんだと思う。出来れば選ばれたくないというのは禁句だ。


「だからそれらのあらゆる事情、問題を知っても尚、人間は心を仮想世界から切り離す事が出来なかった。切り離すくらいなら、生きている意味すらないという者が大勢だ」


 いいから早く言えよ。


「そこでだ……」

「あぁーもう帰るわ」

「待って待って、ここからがいい所だから‼」


 大森は俺の肩を掴んで俺の動きを制止させようとする。


「えーっと、そこで出てきたのがアイ・ジーなのだよ!」


 どこか自慢気な大森は、少し胸を後ろに反らしはじめた。


「何でそこでアイ・ジーなんだよ」

「本当に君は変わり者だよ、神司君。君はアイ・ジーのコトを何処まで認知している?」

「えーっと、それはあれだろ。スマホが要らないとか、モニター画面が目の前に映し出されて現代的で超便利なんですけどー、とかそいうのだろ」

「えーっと、間違ってはいないけど少し間違っているかな」

「どこがだよ」

「本当に知らないの?」

「何が?」

「ALEを?」


 ALE? 何かの機能か? 全く心当たりが無いので適当に思いついたことを言ってみる。


「最新カメラ機能か、それとも拡張現実機能搭載‼ とかそんなやつか?」

「プッ、アハハハハハハハハハ‼ 最高だよ神司君、君は本当に天才だ! アハハハハハハハ」


 こいつが今、俺を最高クラスで馬鹿にしてるのだけは伝わった。よし帰ろう。


「待って、待って、プッ。あとちょっとだから‼」

「いい加減にしろ、人を馬鹿にするのも大概にしとけよおっさん‼」

「本当に悪かった。この通りだ」


 大森はすぐさま俺の目の前で九十度お辞儀をした。なんて軽いお辞儀だ。

 大森は姿勢を戻し、一度咳払いをして。


「ALEとはね――――Another Life to End――――という仮想世界の略称のことでね」


 ――アナザーライフ・トゥ・エンド。


 それは人生で初めて聞く単語だったような気がした。


「このALEでは、没入型ダイブシステム時代に決して出来なかったを可能にしたんだ」

「ある、システム?」

「あぁ。それは現実世界の身体をそのまま仮想へと飛ばしてしまう


 完全転移型……システム? 

 俺はその場で、がっちりとフリーズしてしまった脳みそを回転させるのに時間がかかったと思う。


 ***


 大森とゲーセンで会ったその翌日。

 時刻は午前十時。

 今日も安定のベットの上で毛布に包まっている。しかし昨日とは違ってどこか気持ちがそわそわして落ち着かない。

 俺は完全転移型システムとやらのことを少しずつ理解しはじめていた。

 没入型時代の仮想世界とは違い、本当に現実世界の身体を仮想世界に持っていってしまうということ。だから向こうで取った食事やそれから出る排便排尿なんかの問題も無い。

 何より転移するということは、寝たきり状態でプレイすることもない。

 そこで昨晩の俺は思考速度を上げて色々物思いにふけっていた。

 恐らく咲華えみかが帰ってこないという理由は、そのALEとやらにいるのが原因だろうということ。

 俺は少しだけALEに興味を惹かれて無い訳でも無いが、捻くれた血がそれを邪魔していること。

 そもそもALEで死ぬと本当に死んでしまうということ。これを聞いた時は驚愕した。これをプレイしている人は正気なのかと。でも身体を完全転移するのだから、それは当たり前ということも。

 それにこのALEで生活すること自体は、政府にも推奨されているということも。

 最初は政府認定ゲームってどんなゲームだよって思ったけど、公式サイトを見る限りは割と普通のファンタジー世界観の人生シミュレーションゲームだった。

 公式サイトに書かれていた活字だけの世界観詳細は、あまりにも長くて読む気が失せて読まなかったけど、サイト内に実際に住んでいる人達の写真や何よりも感情を持ったAIが共存しているということにも興味がそそられそうになった。

 AIが感情を持ち独自に生活しているので、NPCの概念が無いことにも驚いた。

 でもやはり一番驚いたのは、このALEで生活することが国から推奨されていることだ。だってそれなら学校に行かなくても、仕事を頑張って探さなくてもいい。あっちで稼げばいいのだから。

 まぁどうやって稼ぐとかは向こうに行って考えればいいだろう。適当にバイトでもするか。

 これは後から知ったのだが、義務教育の期間だけは、現実世界の学校に通わなければいけないみたいだった。

 ちょうどいつもの時間にコンコン、とドアをノックする音と共に瑠琉るるの声が扉の奥から聞こえてきた。


「おにーちゃん、今・日・も、学校に行かないの? ママがお昼ご飯何にするのーだって」

「それはお前もだろ、ったく今日は昼飯要らないから」

「えっ、おにーちゃんお昼ご飯要らないの? また飛び降りたりしないよね? だいじょうぶなの⁉」

「しないから。それより後で母さんに俺のアイ・ジーが何処にあるか聞いといて」

「お、お、おにーちゃんがアイ・ジー⁉ やっぱり様子が変だよ‼ ママに言ってくる!」


 そう言って瑠琉は「ママ~‼ おにーちゃんの頭がまたおかしくなってるよ~」などと失礼すぎること言ながら一階のリビングへと降りて行った。


 全く妹よ、兄は悲しい……。

 俺がアイ・ジーを使うのがそんなにヤバいコトなのか。

 なんか今日は寝つきが悪かったせいか、とにかく眠たくなってきた。アイ・ジーを先に触っておきたかったけどこれだけは譲れない。いざ至福の時。

 はぁ~ALEに行けば俺は晴れてニートじゃなくなるな……。

 そう自分に言い聞かせて瞼はゆっくりと閉じていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る