絶滅危惧種とアイ・ジー(4)


 午後二時。

 近くの川沿いでは、犬が飼い主のおばあちゃんと戯れている昼下がり。

 昼飯のラーメンは豚骨だったので俺の気分は高揚し、散歩にでも出かけていた。

 この時間はほとんどの学生が学校で授業を受けているだろう、だが俺は何にも縛られない自由を手に入れた優越感しかなかった。言うなよ、ニートじゃないからな。

 そうして俺は散歩のついでに、全国に数える程しかないゲームセンターに足を運ぶことにした。

 今の時代、格ゲーやってるなんて公言した次の日には、クラスで迫害の対象になり、人権すら失うかもしれないから一言も“格ゲー”や“ゲーセン”なんて単語は出せない。この世の中も中々に生きずらいよな。

 そんなこんなでいつの間にか辿り着いた。

 今にも潰れそうなオンボロの風貌に身を包んだビルの一階に足を踏み入れる。

 耳に入り込んでくるゲーム機の騒音。

 動かないユーフォーキャッチャーのクレーン。

 誰も握らないドライブゲームのハンドル。

 一ミリも動かないメダルのタワー。

 黄色い声が全く聞こえてこないプリクラコーナー。

 たまに動くスロットの回転音。

 本当にこんな状態でよくもまぁ経営しているな、と逆に関心を覚える。

 俺は数人がカード交換をしている萌え萌え系アーケードゲーム機の島を通り越し、目的の格ゲーの島に直行する。

 あった、あった。


【剛健3】


 俺はすぐさま席に座り百円玉を投入する。

 この電子マネー時代であっても硬貨や紙幣はまだ存在する。後に製造中止になるのも時間の問題である気がするか。そうなったらいよいよゲーセンも終幕を迎えそうだな。

 適当にウォーミングアップがてらにCPU対戦を繰り返した頃、画面にチャレンジャー乱入のエフェクトが映し出された。

 向かいに人なんていたか? まぁいいや、なんか久しぶりだなこういの。ちょっとワクワクしてきたぜ、さぁかかってきな、チャレンジャー。

 俺はいつも通りカポエイラを得意とするキャラを選択する。

 そしていざ、開戦。

 最初は互いに牽制し合っていたが、俺はリズムに乗るようにコンボを落とさず決めていく。しかしそれを相手がほぼノーダメージでいなしていく。

 フッ、中々やれる奴らしいがここまでは作戦通りだ。

 俺だって世間がVRゲームなぞに嵌っている間にどれだけのオンライン対戦の猛者達と揉み合ってきたか、それなりのプライドはある。相手が使用するキャラの技も余裕で対応出来る。すぐさま反撃だって……あれ、何このコンボ。クソ、なんだ、これ、見たことないぞこんな技。

 いつのまにかアップデート入った? 

 俺は慌てて大技を繰り出そうとする、あ、しまった、大技が避けられ、その反動で硬直する。

 その後すぐに画面には見慣れた“K.O”の二文字が現れた。


「えぇ……」


 初戦をあっさりストレート負けした俺は、あれから悔しくて十戦勝負したが全敗した。

 もうこいつに勝てねぇ、まだまだ俺も修行が足りないってことか。

 そろそろ帰ろうとしてコンテニュー画面を無視し、席を立とうとした。


「やぁ、お疲れ様です。いい勝負でしたね」

「あ…………あ?」


 筐体から身体を乗り出すように、ひょっこりと現れたその人物は、何処かで見た顔だった。


「……確か、大、森?」

「あれ? 奇遇だね、まさか対戦相手が神司君だったなんて、結構やるの、剛健?」


 相変わらず黒縁メガネの下にあるクマは健在で、今日も白衣を羽織っている。


「別に今は毎日くる程でもない。気晴らしに来ただけだ」

「そうなんだ。その割には結構やり込んだ技を難なく繰り出していたようだけど……。それにしても神司君の世代が今時格ゲーなんて珍しいね」

「別にそれは俺の勝手だろ」

「まぁそれもそうか。僕のようなおじさん世代でも格ゲーやる人口は殆どいなくてね。でも神司君のような世代がやるともなればまだまだ格ゲーも捨てたもんじゃないね」


 いや既に結構末期だと思うけどな。


「そうだ、こうして神司君と好勝負するなんて何かの縁だ。ジュースでも奢るよ」


 好勝負って俺全敗したんだけどな、こいつに。新手の嫌みか。


「別にいいよ、俺もう帰るから」

「いいから、それくらい奢られていきなさい。どうせ学校も行かずなんだろ」

「ぐっ……じゃあカフェラテで」

「うん、それじゃああっちに自販機があるから行こうか」


 そう言って大森の後を追うように自販機のある方へと向かって行った。


「えっと……僕はブラック、ブラックっと」


 大森は腕に装着している腕輪のリング“アイ・ジー”を起動させ、すぐさま目の前に映し出されたドリンク一覧のモニターを手慣れたように操作している。

 不思議そうに覗き込んでいると、大森は俺の腕を見つめた。


「そう言えば前から思っていたけど、神司君ってアイ・ジー付けてないよね」


 またこの話題か、もう今まで散々聞かれたよ。

 俺は大森の問いを何気なくスルーしようと、自販機から出てきたカフェラテの缶を取り出す。


「年老いた人達には割とよくあることだけど、若者でアイ・ジー付けてないの生で見たのは神司君が始めてだよ」

「ハイハイ、そうかもな。悪かったな、絶滅危惧種で」

「絶滅危惧種って……別に責めてる訳じゃないんだけどな……やっぱり面白いね神司君は。でもこんな平日のお昼過ぎにゲームセンターにいるなんて、それはあまり感心しないな」

「――もう俺に学校なんて必要ない」

「そうか……でも行った方が親御さんも安心するんじゃないのかな?」

「確かにそうかも知れないな。でも俺は別に親の為に生きてる訳でもないし、俺は俺の為に生きてる、死ねなかったけどな」

「別にそういう事が言いたい訳ではないんだけどね……」


 大森は苦笑していた。


「そう言えば大森はゲーム作ってるんだろ。どんなゲーム作ってるんだ? もしかして格ゲーとか?」


 俺の如何にも話題を逸らす事に感づいた大森だったが、眠たそうにコーヒーを一口飲んだ。


「そうだよ。でも作っているのは格ゲーじゃないんだ。VRゲームさ」

「VRゲームね……。まぁこのご時世で格ゲー作るゲーム会社なんて殆どないよな」

「個人的には好きだけど、今の時代でそれを作ってもコアなユーザーにしか売れないよ」

「それも、そうだな……」


 最近まともに誰かと喋ることなんてなかったせいか、何の意味もない日常会話が凄い心地よく感じる。


「神司君はさ。VRゲームとかやらないの?」


 でもこの質問は既に聞き飽きた質問だ。


「VRゲームなんて一度もやったことない」

「それ本当かい……⁉ 君は何処までも変わり者なんだね」


 大森は何が嬉しいのか、聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと「絶滅危惧種ププッ」って呟いた。いや聞こえてますから。


「君は、流行とか人とは同じことがとことんしたくない性質でもあるのかい?」

「別に。そんなことあまり意識してないけど。でもそんなに楽しいか? VRゲームって」


 少しかっこつけた、これは少し嘘だ。

 俺は周りが流行っている事柄に一緒になってやるのに抵抗を感じる。

 なんかこのままでいいのかとか、俺こいつらと同じ凡人になるんじゃないのかという俺の捻くれた血が疼くんだ。皆もあるよな、そういう時って。

 絶対に中○病とか言うなよ。病院行っても治んねぇんだから。


「うーん、僕も没入型時代の『アテナス』や『レザスタ』を使って幾つかプレイしたことあるけど最初は驚いたね。身体の意識が無くなって、気付いたら仮想世界に意識を――五感を持っていかれて。リアリティーは抜群だったよ。

 それに実際自分の身体を動かす感覚も新鮮だった。まぁそれはゲーム体のアバターに過ぎないんだけどね」


 俺もそれくらいの情報は知っている。

 でも所詮はゲームだ。

 ゲームならボタンやタッチ操作でゲームらしくしろっていうのが俺の偏った概念だ。身体を動かしてなんて、しかもプレイ中に現実世界の身体は寝たきり状態ってお前らそれ本当にゲームしてるのかと言いたい。

 ゲームは画面の中に入れないからゲームなんだろ。もはや画面の中に入ったらそれはゲームっていうのか。まぁこんな意見を世間SNSで言ったらクソリプ連中から横から失礼されて人権失うだろうな俺。


「俺には一生縁の無い世界だろうな」

「そんなこと言わずに一回くらいやってみないか? VRゲーム」

「いいよ、どうせ仮想世界あっちに行っても……あっ⁉」


 あれ? なんか今、物凄く大事なコトを思い出した。

 そうだ、前に叔母さんが仮想世界に行った咲華が帰ってこない話。

 あの時は家に帰ってすぐにスマホで調べようとしてたけど、玄関開けてすぐ父親が家族会議だと俺を引っ張っていき、とっくに忘れていた。

 そこから学校の件もあったから余計に思考領域の端へと追いやっていた。


「? どうしたんだい神司君」

「あ、あのさ、大森は詳しいだろうけど俺はVRゲームの知識とか皆無なんだ。笑わずに聞いてくれ。絶対に、だ」

「う、うん。なんだい急に改まって」


 大森は飲み切ったブラックコーヒーをゴミ箱に捨て、真剣に俺の顔を見つめる。


「仮想世界で食べた食事や排尿排便は、現実世界の生身とは同じ感覚共有なのか? そんな事ないよな。

 普通、現実と仮想の身体アバターは別だよな?」


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