第一章 

ジ・エンド(1)

 二〇五四年 五月


 ビューっという轟音と共に暴風が俺の身体を吹き抜けていく。

 あぁ~実に心地よい。

 それに見てくれこの絶景の夜世界を。

 暗闇の中で小さな光が米粒みたいに散在していて、自分が一番だと常に存在意義を示そうとする愚かな人間の集合体ではないか。

 フッ、小さい、そんな暗闇の中で必死に足掻いているお前達を俺は遥か真上から見上げる。所詮一般人のお前たちにこの愉悦を理解できるはずもないか。


「おーい」


 再び、俺の身体に心地よい暴風が吹き抜け。


「そこの」


 あぁ。実に爽快な気分に。


「君ィ―ッツツ‼」


 なりそうだったのに、先から後ろの声が非常に耳障りだ。


「なぁー考え直してみないか少年。まだ、まだ今なら間に合うから、なっ‼」


 どうしてこういう時まで人間という愚かな存在が俺の邪魔をする。無視だ。


「少年、少年はきっとはまだ若いのだろ? なんか嫌なことでもあったなら僕が聞いてやるから。ほら相談して‼」


 俺が何をしようと勝手だろ。ほっとけ、多分おっさんか。後ろから呼び止めようしてくる多分おっさんの声を耳から完全に遮断する。

 目を一度瞑り、ゆっくりと深呼吸する。

 ふぅ。俺はもう決めたんだ。この世界に未練なんかない。希望もない。特にやりたいこともない。

 俺は軽く振動する足を一歩前に進めた。


「ちょっと待ってェェェェエエエ‼!」


 うるさい。またノイズが聞こえてくる。


「ほら、震えているじゃないか少年。それはきっと君がまだこっちに戻りたいと願う何よりの証拠じゃないか‼」


 ふ、震えてなんかねぇよ。これは武者震いだ。それにどんな根拠だよ。

 俺は再度、意識を街の愚かな光の粒に集中する。真下は決して見ない。

 理由は無い。べ、別に怖くて真下向くと腰が引けるからとかじゃないからな、決して。


「考え直すんだ少年、未来はまだ君の手できっと変えられる」


 そしてゆっくりとまた一歩踏み出したその時。今までより更に強い心地よさ皆無の暴風が俺の身体を大きく揺らした。あれ、やばっ。


「なぁ少年。今度僕と一緒にご飯でも行かないか? 奢ってやるから、今未来を変えたらそんなことだってありえ……ってアァァアアアアアアアア‼」


 身体中に急激な風圧が押し寄せてくる。次に俺の口内を風が支配し、一気に息苦しさが増す。


「少年ぇぇぇぇぇええええんん‼」


 あばよ、おっさん。俺のことは気にするな、先に行け。

 ぷっ、このセリフ一度言ってみたかったんだよな。

 どんどんおっさんの叫び声が遠くなっていく。ふぅ。でもこれで静かだ。

 これまでスカイダイビングとかを自分からやる人の気持ちとか全く理解出来なかったけど、今なら少し気持ちが分かる気がした。

 だがお生憎様、只今俺が絶賛体験中なのは、スカイダイビングなんて甘ぬるいものじゃない。

 そう、ここは俺が住む街の舞咲市にある二〇階建ての大型施設『舞咲スカイハイ』だ。

 地下の食品スーパーから一階の化粧品売り場、中階などには洋服や本屋、玩具屋、映画館など、都市には一つくらいありそうな大型施設だ。

 因みに俺が先までいた屋上二〇階の売りポイントは、『空中庭園から見える舞咲市の絶景』が売りらしい。

 確かに綺麗だったが、今の俺は誰よりもこの景色を楽しんでいる自信がある。

 満天の星が広がる夜景を背景バックに絶賛スカイハイ中なのは俺だけだ。舞咲スカイハイだけに……なんちって。

 それはそうとこういう時、走馬燈が見えるとか誰かが言っていた気がするけどそれらしきものは来ないな。でもグングン下に引っ張られていく感覚はある。

 クソ。時間がない。俺が振り返るか。


 俺、神司かみつか つづる。歳は十七歳。

 年齢通りさっきまで舞咲高校二年生をやっていた。

 両親に普通に育てられ、普通に生きていた。母親いわく、俺は幼少期の頃から少し捻くれた思考をお持ちのようで、ほどほどに放任主義で教育する方が伸び伸び育つと判断したみたいだ。

 さすが我が母君、懸命な判断だよ。

 小学生の時もその捻くれた思考が垣間見えながらも、まだ少年の血が通っていた俺は、活発で多くの友達と遊んでいた。

 中学生になる頃にはその捻くれた思考が、少年の血を徐々に濁らせ、「俺は一つのことには囚われない、だから部活なんてやってられるかっ!」って先生に啖呵きって胸倉の掴み合いになったのはいい思い出だ。

 そして学校終わりの放課後、すぐさま帰宅してコソコソ一人で料理作りに没頭していたことは、その先生はないし、周りの同級生も知らない事実だったりする。

 やがて高校生になる頃には、脳にある捻くれた思考の部分だけ超肥大化していたのだろう。その才能はみるみるうちに開花していき、少年の血など大いに色を変えさせてしまって、一滴も亡くなっていた。

 そうお亡くなりになったのだ。

 当たり前に部活動になんて所属する訳もなく、歳が歳なので料理は割と好きだし、飲食店でアルバイトを試みた。

 しかし、時代はAIロボットがほとんど料理を作る時代。

 マニュアル通りに作ってもポーションに誤差を出す人間は、ゴミ同然の扱いをされ「こんなマニュアル通りのメシなんて最初ハナから俺に合わねぇんだよっ‼」と店長と胸倉の掴み合いになったのち、クビという名の自主退職をしてやった。

 因みにその後、俺がデザート作りにはまり、ミリ単位の計量の大事さを学んだことはその店長は知らない。

 そして今に至る。

 で、なぜ俺がスカイハイしているかというのは、色々将来のことや、これからの生き方を考えた結果、この世界に未来はないとこの若さで計算して導き出した尊いアンサーだったから。

 これを世間一般的に言えば、「己の酔った世界から出られない可哀想な子供」とか「これだから最近若い奴は、みっともない、フォホッ」なんて酷評してくることは俺の計算内だ。


 しかしだ、常に物事を俯瞰して考えてきた俺だからこそ、この導き出したアンサーにこいつらの思考速度では理解するのにあと百年かかるだろう。

 何がVR戦国時代だ。

 俺はそんな流行りに乗らないし、結局はやることなくてAIロボットに仮想世界へと追いやられているだけの奴らと一緒にされてたまるか。

 ていうかゲーセンの格ゲーや家庭用ゲーム機だって十分面白いだろうに。

 まぁ今時そんなゲーム、プレイしていたら「おっ、ここに絶滅危惧種発見ww」とか言われるからこれは誰にも言っていない、それも俺の計算済みだ。

 それに最近では国の政府がアイ・ジーとかいう訳の分からない物まで送ってきやがった。お前らついにロボットにでもなるつもりか。

 この前だっていつもフワフワ能天気系母親が「ねぇ、つーちゃんみてみて。このアイ・ジーってやつ、凄いわよ~。目の前に映像が映し出されるの、ウフフ……凄いよね~。つーちゃんもほら、アイ・ジー使ってみない?」なんて言ってきた。

 その時とても笑顔だった母親には悪いが速攻で断ってやった。少しショックを受けていた母親の表情を見て、罪悪感が沸かない訳ではないがこれは俺の問題だ。

 自慢じゃないが俺の母親は、割と世間的に綺麗な方らしい……。


「ハイ、マザコンきたーーーww」とか思った奴、乙。

 別にそれに対して「やーい、やーい、お前の母ちゃんでべそ」とかは決して言わないから俺。

 そう、俺はだいぶ精神年齢が高いらしい。これは自称だが。


「こいつどれだけ自分に酔ってんだ」と思った奴も、乙。

 とまぁそんなこんな余計なことばっか振り返って、自分で見えない誰かと勝手に戦って、それもいつも通りの……俺か。

 あぁ……もうすぐ死ぬのか……俺。十七年間、短い人生だったのかもな。

 いや、人間は一番輝かしく美しい時に生を終わらせる、これは勇士の決断だろう。

 特にやり残したことも……無い。はなからそんなにやりたいこともなかったか。

 それでもまぁ日本一周や世界一周旅行でもしたかったかな、そんなお金なんてないけど。

 あと魔法とか一回くらいは使って見たかったなぁ。カフェとか自分のお店もやってみたかったっけ。

 そう言えば女子とデートもしてなかったな、ま、俺についてこられる女子なんていないだろうけど、思考速度的に。

 それより結構したいことあったな俺。

 でもどうせこれからは人間が出張る時代なんて終わりだ。

 AIが好き勝手やればいい。お前達はこの地球上で一番の知能になるだろう。

 二番目になった人間の結末なんてそれは酷いものだ。

 AIに支配され、人間が動物や命あるものに対してしてきたようなことをAIがするだけ。つまり人間が支配される側になるだけだ。

 世間では強いAIや汎用型AIが研究されることに反対する人はいるけど、それはただのエゴイスティックな考えに過ぎない。

 支配する側、一番上である時はふんぞり返って、それが二番目になるから嫌だなんて子供の戯言に過ぎない。

 ま、生み出した親が人間っていうのが何よりの皮肉かもな。

 おっと、もうこれ以上無駄な思考は終わりだ。

 身体が急激に重く、下に引っ張られるように感じる。もうすぐ地上に落ちるな。

 これで俺もぐちゃぐちゃになって終わりだ。

 来世は何になろうかな、AIってのも悪くない。AIを名乗って人間を支配してやるのも中々乙なものだ、フフ。

 あぁ、なんか意識が遠のいていく。これで終わりか、記念に最後の空でも眺めますか。

 重力に逆らうように身体を反転させ、暫く瞑っていた目を開ける。


 ――綺麗だ。


「フッ。未来はそう簡単に変わらねぇよおっさん。ま、次にもう一つの人生があるのなら終わりまで頑張ってみるのも……いいや、そんな奴に、未来なんてあるはずもないか」


 雲一つない夜空に広がる星屑は、街の光の粒よりも何倍も、綺麗に、尊く、感じる。

 広大な黒一色の空に咲く白い花は、俺の眼球に焼き付いて……………………逝った。




『ターゲット落下確保ォォォォオオオオ‼‼ 急げ、直ちに救急車へェェエエエエ‼』


 そう、巨大マットの上で……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る