Another Life to End

meimei

プロローグ

衰退と発展

 二〇四五年


 人の感覚機能である五感を仮想世界へと繋ぐ没入型システムの発展により、時代はVRゲーム全盛期。

 その中でもVRは人々の夢を抱き、理想を胸に思いを馳せ、日夜、仮想世界にダイブし続ける時代。ファンタジー、アクション、FPS、日常、恋愛、シミュレーション、街づくり系など様々なジャンルが人々を魅了した。

 多くの企業が総力をあげてVRゲームを日夜研究し、怒涛のようにゲームを作り出し、切磋琢磨しあう、そんな数々のVRゲームが活気に満ちた時代。


 人はそれをVR戦国時代と呼んだ。


 使用されるデバイスも様々で、頭に機械を装着し、仮想世界へとダイブする「レザスタ」。


 また、ゴーグルのように装着する次世代型ダイブ機器の「アテナス」。


 これらの機能はまさに人々の心を熱狂させた。しかし、その熱とは裏腹に人々の心は荒廃しつつあった。

 その大きな理由は大まかに分けて三つ。

 まず一つ目は、SNSの発達。

 これは長年にわたって議論されてきた問題ではあったが、普段から自分の発言や他人の発言に過剰に意識をしてしまい、見たくもない情報や暴言は長い年月をかけて人々の心を荒廃させていく原因となった。

 しかし、SNSは便利に使えば大変有効的な面もあって、個人の使い方に任せるというのが世界的な認識だ。

 だが人間は弱い生き物。何かあればすぐさま心をネットワークに繋いでしまう。常に他人との優劣をつけようとするこの状況は、止められない慢性的な病気の一種でもあった。

 それはまるで、麻薬中毒者のように。


 そして二つ目は、artificial intelligenceAIの発展。

 人工知能じんこうちのうの進化が進み、人々の職は刻々と奪われていった。

 AIロボットは目的の業務に沿ったプログラミングが施され、仕事をこなす。

 簡単な接客業や生産工程などは、AIロボットがこなしてしまうのでアルバイトや正社員求人の募集は、大きく減少した。

 AIロボットを取り入れる企業の数は年々増加していき、企業にとって素晴らしい業績をもたらす労働力となった。

 十年前では考えられないことだが、世の中から『ブラック企業・ブラック労働』と呼ばれる言葉は死語になっているくらいだ。

 しかし、それは企業の一部お偉い人間のみが感じる特権であり、それ以外の人間はただ無残にも職を奪われるしかなかった。

 さらに職を奪われたからといって、日本の経済システムの負担が軽減されることもなかった。

 そうしたことから国民の不満や怒りは、溜まっていく一方だ。

 人はその気持ちをAIにぶつけても感情が無いだけに、余計やるせない気持ちになるだけで、その怒りの捌け口を誰に向けていいのか分からず、一番愚かな行為とも呼べる同種の人間にぶつけるしか無かった。

 それはまるで、実験室に閉じ込められたマウスのようだ。


 そして最後の三つ目は、VR戦国時代ならではの環境問題。

 没入型ダイブ機器の「レザスタ」や「アテナス」は脳の神経系にゆっくりと負担を蓄積していることが学者の研究で発表された。

 さらにプレイ中の現実世界での身体は寝たきり状態が頻繫に続く。

 この現象はエコノミー症候群や皮膚の炎症。唾や痰などをコントロールする嚥下機能の低下、筋力低下や関節痛による運動障害。

 さらに仮想世界がアクティブな分、現実世界に戻ってきた時の喪失感からくる自律神経失調症や精神障害。

 仮想世界で使っているアバターでは食事を摂るも、現実にある本体は食事を摂る回数が大幅に減少して栄養不足。

 排尿排便を無意識に我慢し続けた結果、自分では制御出来なくなる排尿排便障害など、他にも数え切れないほどの問題や事件を引き起こした。

 それはまるで、人類が全滅するカウントダウンのようだ。


 これらのあらゆる要因は後に取り返しのつかない事件を引き起こす……。


 二〇四七年


 その事件とは、『年間自殺者大量増加事件』だった。

 二〇四五年以前の人口は増加現象にあり、年間自殺者も年々減少傾向にあった。

 しかし二〇四五年以降に起きたVR戦国時代の翌年からは、前年を遥かに上回る自殺、未遂事件や怨恨などからくる殺人事件も多発した。

 一億四千万人以上いた日本の総人口は、今や一億人を切ろうとしていた。

 この異常事態に人々は恐怖や疑念を感じるも、今更ネットワークを切ることが何よりも恐怖だと多くの者がそう解釈した。

 そうした異常事態は翌年、その翌年、さらにその翌々年と留まる事を知らなかった。そこから五年の時が経った……。


 二〇五二年


 この異常事態をどうにか脱却しようと試みた日本政府が、革命を起こす。

 ある日、個人番号マイナンバーを持つ国民に「Intelligence gain」通称「アイ・ジー」という名の郵送物が送られてくる。

 送られてきた郵送物の中身は一つのミニカプセルとミニ液晶付き腕輪リングにその取扱説明書。

 日本政府が国民に出した要請は、「直ちにこのカプセルを飲み、腕輪のリングを装着して日常生活を送ること」だった。


 誰しも最初は困惑し、SNS上では「飲んだら死ぬ」「飲んだら下痢や嘔吐が止まらなくなった」など良からぬ噂が飛び立ったりもしたが、「大丈夫だ、むしろ早く飲むべき」「なんで飲まないの? こんなに凄い世界があるのに」と言う人々の数は増えていき、発達したSNS時代の前ではあっけなく多くの人々に安堵を与え、その要請を実行させることになった。


 アイ・ジーを装着した日から、現実世界での生活は激変した。

 まず腕輪のリングから目の前に映し出される液晶文字や電子モニター。

 街を歩けば、空中をタップし店の詳細や道中の説明が、目の前に浮かび上がってくる。

 スマホなどは一切いらない物となり電話やSNSやアプリやゲームも全てアイ・ジーを使って空中操作出来る。

 そして外国語などの翻訳は全て要らないものとなった。

 外国人との会話も、脳内で自動変換され、すぐに理解することができ、話す言葉もアイ・ジーを装着している者同士では、遠慮なく互いの母国語で会話することが可能となった。

 その影響で学校で学ぶ英語や外国語など必修中の必修と言われていたそれらの科目は何事もなかったかのように消え去り、代わりにプログラミングなどのカリキュラムが積極的に組み込まれる様になった。

 そんな政府のアイ・ジーに対する売り言葉はこうだ。


「――アイ・ジーを使用すれば、人間の知能は一億倍向上する――」


 それを聞いた人々は「そんな馬鹿な、さすがに言い過ぎ」、「政府、それは盛り杉ww」、「これでAIに負けない、たぶん……」などと、あまり信用はしていなかった。

 しかし、今までスマホで行っていた全ての事柄がアイ・ジーで賄え、それ以上に画期的なシステムが誕生したことにより、政府の売り言葉の天秤は信用に傾きつつあった。

 多くの人々がアイ・ジーに慣れ始めて一年が経った頃。その天秤は、大きく傾く。


 二〇五三年


 日本国政府がアイ・ジーを使った最大の画期的な試みが発表された。

 それは普段、人々が五感を使って仮想世界へとダイブする没入型とは違う、新たなシステム。


 『』の体験というものだった。


 アップデートされたアイ・ジーには完全仮想世界モードというシステムが導入され、それに切り替えると五感の感覚どころか、全身を仮想空間にもっていってしまうという信じられないものであった。

 この完全転移型システムは、没入型システム時代に起こったあらゆる身体障害問題を解決するシステムでもあった。

 そこで日本国政府はもう一度、国民に要請を呼びかける。

「この完全転移型システムを使って、仮想世界の中で生活することを政府公認とする。しかしこれは強制では無く、個人の自由を尊重する」と。

 政府のこの発言は多くの人々を驚かせ、同時に様々な反対議論を生ませた。

 没入型時代に生きた人々にとってはこの上ない嬉しさに歓喜し、今もなお現実世界で仕事をし続ける人にとっては猛反対する意見がテレビやSNSで話題になった。

 次に人々はあることを疑問に思う。自分達はどの世界ゲームで生きればいいのかだ。

 今まで多くのゲーム会社は、没入型VRゲームの発展の為に多大なる労力を注いできた。

 急遽、完全転移型VRゲームを制作するとなってもまず時間、資金、何よりもアイ・ジーなる機器の解析から始めなくてはいけない。

 そんな大手有名ゲーム会社が苦戦する中、それを差し置いて誰も耳にした事のない弱小ゲーム会社【ガルテシア】が、一本の完全転移型VRゲームを制作し、更にそれをアイ・ジーを持つ全ての国民に配布するフリーソフトとして世間に発表した。

 そのゲームタイトルは、Another Life to End 通称=ALE。

 アイ・ジーの完全転移型システムを採用した初のVRゲームと、国民全てに配布するフリーソフトということも相まってか、ジャンルはRPGやバトルファンタジーなどではなく『』だという。

 聞いたこともないゲーム会社に、ありきたりな世界観。今やVR戦国時代と呼ばれるだけあって、没入型VRゲームのクオリティー、その技術は年々上がっている。

 精緻な作りをしたリアルな身体アバター、世界観。

 プレイヤーを熱中させる設定ルール、イベント。

 配信前であれば仮想世界内の時間軸を、倍速にする事も可能な領域まである。

 そんな多くのVRゲーム慣れした人々にとってALEは『所詮フリーソフトの領域である』と落胆した。

 それでも興味本意で完全転移したいと思う者。

 ALEを拠点に没入型VRをメインに稼働する者。

 暫くは没入型VR一筋で遊び続ける者。

 ALEに対して人々が慎重に動きだそうとしていた。

 しかし、何よりも多くの人々がこの完全転移型システムの欠点に逸早く気付いていた。

 それはということ、であってALEでの“死”は本当の“死”を意味していることに。

 誰もが大手有名ゲーム会社から、バトルファンタジー、アクション、などの完全転移型VRゲームが発売するのを待ち望んではいたが、同時にバトルなんて怖くて出来ない、という矛盾を抱えていたのも紛れもない事実だった。

 あまり過度な期待はされない中、ALEが配布される前日――。

 開発ディレクターの大森義則おおもりよしのりは、この様な動画を残していた――。


「Another Life to End開発ディレクターの大森です。いよいよ明日、ALEを配信するにあたり、開発者である僕から君達にメッセージを。コホンッ。

 君達はAIと共存する世界を見てみたいとは思わないか。

 なに、現実世界にいるAIロボットや普段君達が関わっている一定の受け答えしか出来ないNPCとは違う、本物のAIと一緒に生活をし、もう一つの人生を謳歌してみたくはないか? 

 それを実現可能にするのがこの政府認定の『完全転移型システム』だ。

 現在もそうだが、これからはもっとAIと共に歩んでいく世界になる。これはきっと避けられない事実だ。

 そこで人はAIと共に手を取り合って共存することが可能なのか。はたまたその立場は逆転したものになるのか。もしくはそれ以外の何かになるのか。

 それを君達に見せて貰いたい。


 この世界はいずれ起きるであろうもう一つの未来。


 そう、これは君達の新たなるゲーム人生だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る