第12話蓮の受難

アラブの皇太子の帰郷で都内にも平穏が訪れ、蓮達も元の生活に戻った。アランは相変わらず仕事と蓮の世話で忙しそうだったが蓮は友達と遊ぶ事を楽しんでいた。そんな時、海外へ渡航していた旅行者が帰国後アフリカなどで広がっている伝染病にかかっていた事が判り一部病院では閉鎖される事態になった。その旅行者は日本に帰国後高熱を出し近くの医療機関を受診したものの風邪と診断され帰宅した。夜になって痙攣を起こし意識不明になった為家族が救急車を呼んだのだ。たまたま大学病院へ搬送され、検査の結果アフリカで広まっているウイルスに感染していることがわかった。このウイルスは感染力が非常に高く感染した場合体力がないものは死亡する確率が高かった。公衆衛生課の職員による調査がされた結果感染したこの男性は帰宅後色んな場所へ行ったことがわかり政府は国民に対し身体に異常を感じた場合直ぐに医療機関を受診するように呼びかけた。蓮の高校でも何人か感染者が出た為緊急に健康診断が行われることになった。

毎年春に健康診断が行われるが蓮は学校での健康診断を受けた事はなかった。蓮はかかりつけの医療機関で検査を受け検査結果を学校に提出していたのだ。学校側も蓮の事情を考えてそれを許可していた。今年の春も学校の検診は受けず後日検診結果を出しそれが受理されていた。今回は緊急にという事もあり保健室の先生から蓮にも学校で受けるようにと連絡が来た。蓮は事情を説明する為に保健室へ行ったがいつもの先生ではなく若い教師がいた。

いつもの保健の先生はどこにいるのかと尋ねたら産休に入りかわりに自分がいるとの返事だった。

蓮は暫く逡巡したが、幸い先に起こった事件のせいで蓮の過去は学校中に知れ渡っていたので大丈夫だと思い受診する事にした。

一人ずつ保健室に入り保健医の前に座り診察を受けていた。蓮の番が来て保健医の前に座るとシャツの前を上げるように言われたので何も考えず上げると

隣で補助をしていた先生が急に蓮の腕を掴んでそのまま保健室の奥に連れて行かれた。先生の顔は青ざめ、すぐ戻るからと蓮を残して部屋を出て行った。

しばらくして戻ってくると保健医の先生に何か話しかけた後蓮を連れて保健室を出てそのまま先生の車に乗せられ病院まで連れてこられた。

「あの、先生 俺なんでここに?」そう問いかけた。

「大丈夫!何も心配しなくてもいいからね。大丈夫だから。」

蓮は何が何だか分からなかった。病院ではレントゲン撮影をされたり医者の診察を受けたり慌ただしく色々検査された。そうしてしばらく待っていると前から野中刑事がやってきた。最初は蓮に気付かず保健の先生といくつか話した後、蓮を待合室に待たせたまま共に診察室へ入った。

「それで?虐待を受けている生徒がいるって本当ですか?」野中は医者に直接聞いた。

「受けているという事ではなく正しくは受けていたと言う方が正しいだろうと思われます。

身体中に暴行を受けたと見られる跡があります。

私も医者になってからこんな酷いのは初めて見ました。私の所見では12歳か、13歳位迄暴行を受けていたと思われます。」

医者が身体の写真やレントゲンを見せながら説明した。

この日、野中は署で溜まった調書をまとめていた時

引ったくり犯が捕まったと言う事で みんな出払い留守番をしていたのだが、生活安全課から頼まれて病院まで来たのだった。

野中も顔は写っていなかったがその写真を見て驚いた。あおくなっている痣ではなく何かで斬られた様な跡が無数についていて流石に目を背けたくなるような写真だった。

「それで、その生徒は今どこですか?名前と御両親の連絡先など教えて貰いたいのですが。」

「名前は朔田 蓮君です。御両親の連絡先は…と

あら?連絡先が弁護士になっているんですが。」

先生が答えるのを聞いて野中は驚いた。

「朔田 蓮君…あの、彼は今どこですか?」

先生が待合室にいると言うので診察室から出たところで蓮が二人に気づいた。

「野中さん!一体なんなんですか?」

「俺こそ聞きたいよ。虐待を受けている生徒がいるって連絡があって確認に来たんだけど、まさか君とは思わなかったよ。」

「あ?え?虐待?」蓮が驚いた。まさか自分が虐待を受けていると疑われたとは全く思っていなかった。野中は蓮にちょっとまっててと言って

先生と医者に蓮の事情を少しだけ説明した。それからアランに連絡を入れてくれた。

暫くしてアランが到着して野中と先生と話した。少し離れたところから見ていたのだけれどアランを前に先生は何度も頭を下げていた。そして蓮の所まで来ると、申し訳ない事をしたと謝られた。

先生からの謝罪を受け入れた蓮達は野中と共に病院のロビーまで来た。

「蓮君大変だったね。それにしても身体の傷見させてもらったけどもう大丈夫?あれはかなりの重症だったんじゃないか?」野中が心配してくれた。

「野中さん、俺この傷の記憶無いから大丈夫です。

多分報道されてたと思うんだけど、アルに、あ、アル・ワリード氏に助けられた以前の記憶が無いんです。だから心配しないで下さい。」蓮は笑って答えた。それから野中に挨拶して別れた。

「蓮、貴方なんで学校で検診なんて受けたんですか?」半ば怒ったようにアランが問い詰めた。

「だってこのあいだの事でみんな知ってるから大丈夫かな?なんて思ったしさ!こんな事になるなんて思わないじゃないか!」そう言う蓮にアランは

「貴方全部覚えてるんですから、もしバレたら大変な事になるんですよ!」とアランに叱られた。

蓮は部屋に戻ってもなおアランに叱られ、理不尽な事だと思わずにいられなかった。

署に戻った野中は先程見た蓮の写真を思い出していた。蓮の身上については先の銀行強盗事件の後調べていた。あんなに酷い目にあった事を忘れてしまったのは不幸中の幸いと思った。もしも記憶があったら普通には笑えないと思う。そんな事を考えながら溜まった仕事をやり始めた。



















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