第3話ネゴシエーション

大山の自宅から新宿へ戻った二人はすぐさま対策本部へは行かず菱丸銀行前の基地まで行った。

銀行前にはテントが張られそこが現場基地になっていた。「お疲れ様です。報告します。大山の自宅で女の遺体を発見しました。現場にあった写真から大山の身内だと思われますが身元はまだです。現在捜査中なので追って連絡があります。」そう報告すると周りに動揺が広まった。現場基地には既にネゴシエーターチームが来ていて大山との交渉をしようとしていたところだった。他の刑事達にもたらされた情報では大山には借金があり、それは銀行だけにとどまらず色々な闇金にもありかなり苦境に陥っていたらしく、借金の為に強盗に入ったと思われていた為金目的ならば交渉をするにはまだ色々余地が有った。だが、二人がもたらした情報で交渉するにあたっての流れを軌道修正する必要があるかもしれないからだった。大山の自宅で見つかった遺体が妻だった場合、そして大山が妻の死を知っていた場合交渉をするシュミレーションが全く違ってくるからだ。もし仮に遺体が妻ではなかったとしても状況はあまり変わらないだろうと予想された。周りが慌ただしくなる中、岩山は今朝ほど野中が話していた件を現場責任者に相談したのだった。始めは無理を承知で相談したのだが意外にも交渉の邪魔をしないならば近くで見ていても良いと許可が下りた。野中は隅の方ではあったが交渉の声が聞こえる位置に陣取って静かに始まるのを待った。

始めは拡声器を使って犯人に呼びかけた。中からの反応は全くなかった。段々と空が暗くなっても周りの野次馬が減ることはなく反対に周辺の会社が終わった後は増えていった。次に銀行に電話をかけたが犯人が電話に出ることはなく、その後も30分間隔で電話を鳴らしてはいるがまだ電話に出なかった。その間に本部から新たな情報がもたらされた。大山の自宅で見つかった遺体は妻の千寿子だった。死因は絞殺で、荒らされた様子がない事や状況から夫である大山の犯行だと断定されたのだった。これにより状況は益々悪くなったのだ。人ひとり殺している状況から人質の安否が心配された。

終電の時間が過ぎると野次馬は三分の一に減ったがマスコミのカメラや報道陣は相変わらず沢山残っていた。午前2時を少し回った時大山がこちらからの電話に出たのだ。最初は少し世間話のように会話をしてそれとなく人質の安否を確認した。それから人質達への食事の提供を申し出た。

「食べるものは女一人に運ばせろ!それから何か変な事をしたらここにいる誰か一人を殺すからな。」

食料を女性警官に持たせて銀行に向かわせた時中から大山が人質を連れて顔を出した。人質の首にナイフを突きつけ表に出てきたのだ。一斉にカメラのフラッシュがたかれ一瞬にして辺りは騒然となった。

犯人がナイフを突きつけているのは学生服を着た高校生の男の子だった。高校生に食料の入った袋を受け取らせるとまた中に入っていった。

その後何度か電話で話をして相手の様子を伺いながらついに確信に迫る質問をした。

「大山、一体何をしたいんだ?要求があるなら言ってみろ。出来るだけお前の意向に沿うようにするから人質を解放してくれ。せめて女、子どもだけは解放してくれないか?」少し沈黙した後

「俺を苦しめる闇金どもをここに連れてこい。あいつらのせいだ。あいつらを道連れにしてやる!」段々と興奮した様子で最後には怒鳴り声になった。

「そんなに人質がいたらお前も大変だろうからここにいる誰か一人と他の人質を交代させたらどうだ?もちろん丸腰で向かうから。」そう言って説得を試みたところ意外にも大山は賛成したのだ。

そこでこちらから誰が人質に行くかを決めようとした時岩山が止めるのも聞かず野中は自分が人質になると申し出た。

人質の交換準備が整い野中は犯人にわかるように服の裾を捲り上げて銀行へ向かった。野中が銀行に近づくと中から何人かの人質が走りながら出てきた。そしてその後で大山は食料を受け取った時と同様に高校生にナイフを突きつけ表に出てきた。

「闇金どもはどうした!まだ来ないのか?こいつを殺してもいいのか?」半ば叫び声のように怒鳴りながら大山が問いかけてきた。

「今、こちらに向かっている。だから落ち着いて先に人質の交換をしよう。」

「黙れ!早くしないと本当にこいつを殺すぞ!」そう言いながら高校生の首にナイフをつきたてようとした。

その時突然大山の身体が膝からアスファルトに崩れ落ちた。その瞬間何が起こったかわからない状態で周り中が静まり返った。その直後周りで待機していた刑事達が一斉に大山に向かって走り出した。

大山の眉間には穴が開いてそこから血が吹き出していた。


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