第3話 魔女の素材

 台所から、楓ちゃんと呼ぶ声が聞こえる。

「はーい、結実さんなんですか? 」

 楓はマンドラゴラを確認する手を止めて、航太たちの母親、結実に返事をした。

「まだあまり日用品もそろってないでしょ? 今日はスーパーに買い物に行くから、ついでに色々買っちゃいましょ」

 楓は自分で買いに行くから大丈夫だと遠慮するが、結実はが言うには衣類などまで置いてあるようなスーパーだと、一番近くて車で三十分とのことで、楓もついていくことにした。

「田舎をなめたらだめよ。どこに行くにも車がないと大変なんだから」

そういうと、結実はさらに言葉を続けた。

「もちろん遠慮も大事な時もあるけど、お預かりしている楓ちゃんが一人で遠出して、事故や事件に巻き込まれでもしたら、おばさん自分を許せなくなっちゃうから。魔女の訓練のお手伝いはしてあげられない代わりに、普段の生活は少し甘えるくらいでいてくれた方が嬉しいかな」

眉毛を八の字にして、遠慮と甘えのバランスって難しいですねと返す楓に、結実は大人でも難しいからねと笑う。

「それこそ、ここにいる間は私をお母さんだと思って、お母さんだって呼んでくれてもいいくらいよ? 」

「んー……心の中では第二のお母さんだって思うことにします。でも、呼ぶのは本物のお母さんが嫉妬しそうなので」

楓がそう言って笑うと、結実もそりゃそうだと快活な笑い声をあげた。


 二人はスーパーに着き、食材コーナーで一週間分の食材を見て回っていると、結実はニンジンの前で足を止めた。

「そういえば、マンドラゴラみたいな魔女の材料ってスーパーにあったりするの? ほら、ニンジンって確か薬でしょ? 」

「ニンジンも使いますよ。でも、私達が食べてる普通のニンジンと違う外国の固有種なので、日本ではほとんど見かけないんですよ。でも、実はスーパーに置いてあるものでも、けっこう材料あるんです。例えばゴボウの種とか、みかんの皮とか、しその葉っぱとか。現代ですと、もっと便利な道具や医薬品なんかもあるので、そうそう使う場面はないんですけど、昔ながらの方法としてちゃんと魔女の図書館に資料が残ってますよ」

 魔女の図書館という幻想的な言葉にも心をくすぐられたが、それ以上に身近の魔女の素材に、結実は少し目を丸くした。

「へー、それじゃあ魔女としてはスーパーもけっこう楽しい素材採取場所なのね」

 楓は大きくうなずきながら返事をした。

「結構楽しいですよ。魔女ってなんだかんだ言って素材の選別とか好きな人が多いですから。でも、実は魔女って植物とかよりも砂糖とか塩とかを見るのが好きな人多いんです」

そう言うと、楓は複数の砂糖を見比べながら満足そうにしている。


 なんでまた砂糖と返す結実に楓は言葉を続けた。

「千種家に初めて来た夜にお話しましたけれど、魔女の素質って、普通の人が見えない音や光の波長をほんの少しだけ広く感じとることができたりとか、まぁそういう感じなんですね。で、普通の人からすると何が違うか分からない素材の違いなんかも、ちゃんと有効成分の多さなんかで選別できたりするんです」

「つまり、私達には見えていない、例えば赤外線とか紫外線みたいな色を感じ取って、素材の良し悪しを判断しているってこと? 」

 結実のまとめに、楓は大きくうなずく。

「その通りです。ただ、魔女によって感じ取れる波長とかは違うみたいなので、必ず紫外線や赤外線というわけではないですし、私も実際何が見えているのか分からなかったりします」

 そういうと、へへっと少しだけバツの悪そうな笑顔を浮かべる。

「ただ、植物とかまで複雑な構造のものだと結構分からないことも多いんですけど、結晶の形をしているものは結構それが分かりやすいんです。なので魔女は砂糖や塩の比較が好きですし、宝石好きの人も多いんです」


 「なるほど、なんとなくだけれどX線回折分析を人の身でやってる感じなのかな……」

そうつぶやく結実に、楓ははてなを頭に生やす。

「んーと、X線ってレントゲン写真を取る時に使う電磁波の一種なんだけど、それを調べたい結晶に色んな方向から照射して、反射や屈折してきたX線を調べることで、結晶の構造や含まれている量を調べたりすることができたりするの。いやー、それを道具もなしに素でやっていると思うとすごいわね」

 結実の解説に、今度は楓が目を丸くした。

「結実さんって何のお仕事をされている方なんですか? 」

という素朴な疑問に結実は答えることなく、内緒とだけ返した。


 魔女ってすごい、他人に見えないいろんなものが見えるのって楽しそうだと言う結実に楓は少し考えてから話はじめた。

「せっかくなので、少しだけ遠慮を脇に置いて甘えたことを言わせてもらいます。羨ましがられる才能だと自分でも思う反面、けっこう寂しかったりするんです」

そういうと、楓は両手に持った砂糖を結実に見せた。

「私から見ると、右手の砂糖がすごい綺麗に見えるんです。でも、他の人からするとどっちも見分けがつかなくて同じなんです」

 楓は手を握り締めて続けた。

「自分が見ている景色は、実は他の多くの人が見ている景色と全く違って、自分だけ全然違う世界に生きていて、何一つ誰かと共有できていないんじゃないかと思うと、けっこう寂しかったりします」


 楓はそこまで言い切ると、へへと苦笑いしたい気持ちとスッキリしたという気持ちを混ぜたような表情を浮かべた。一方で、楓の少しだけ取れかかった遠慮を見て結実は少しだけ嬉しくなった。


「しっかりしたいい子だね、ホント。同じ景色を見られているかを証明することはできないけど、おばさんもこっちの砂糖の方が美味しいと思うわ。なんてのじゃダメかしら」


 結実の言う通り、何一つ解決していないはずだけれど、楓は初めて自分の見えている魔女の世界の綺麗を、普通の誰かと共有できた気がして、世界のさらに多くの色で彩られたような気持になった。


「第二のお母さんにお願いがあるんですけれど、私の家の玉子焼き、けっこう甘いんです。……食べたいです」

 あまりにも不慣れで不格好な甘え方に、結実は仕方がないわねと、楓の頭を撫でた。

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