第2話 時を操る魔女

「おー、おはよう。昨日は遅くまで荷解きしてたのに、こんなに早起きなんてすごい」

 顔を洗った直後なのか、少し前髪が濡れている航太が部屋から出てきた楓に声を掛けた。

「あ、おはようございます。航太さんも早いですね。まだ日の出直後なのにもうお出かけの準備ですか? 」

「長期休みの間だけ近所のパン屋さんで早朝のアルバイトさせてもらってるんだ」

 あくびを噛み殺しながら、庭から差し込む朝焼けを浴びてなんとか眠気を覚まそうと頑張っている航太を見て楓は思わず少し笑ってしまった。

「それにしても楓は朝が強いな。俺なんて昨日も早くに寝たのにこの眠気だっていうのに」

 朝焼けを浴びるのをやめない航太に、楓は少し自慢気に胸を張って答える。

「実は魔女になると、なんと時を操れちゃったりすんですよ」

 すごいことを言ったつもりの楓だったが、まだ眠気が残る航太は「そかー、すごいなー」という答えしか返してくれず、肩透かしをくらった気分である。


 もう一度あくびをした航太は改めて楓に向き直った。

「さすがに、腕に表示された数字の分だけ過去に戻れたりとか、2000年に戻ってIBM 5100を探したりとかそういうことができたりとか、光速で移動するとか、そういうことではないって分かるけど、実際どうやって眠気をコントロールしてるの? 」

「ようやく少し目が覚めたんですか? このまま流され続けたら今日一日へこんで過ごすことになるところでした」

 苦笑いしながらも少しだけ気を直す楓が、続けて魔法の解説を始めた。


「時を操るといっても、たぶんもう想像がついていると思いますけれど、私達の体内時計を操作するってことです。昔の時計を思い出してもらうと分かりやすいかもしれないですね」

 楓は両手の指をチクタクと振りながら続けた。

「時計は振り子が左右に触れることで時間を刻んでいるわけですけれど、私達の身体の中にも一定時間で振れているモノがあるんです。私達魔女は『時計分子』って言ったりもするんですが、実はこれが増えたり減ったりするのが、私達にとっての振り子なんです」


 航太はうーんと唸りながら、尋ね返す。

「増えたり減ったりして時間を計るっていうのはなんとなくわかるんだけど、結局それを増やしたり減らしたりってコントロールしてるものが本当の『時計』って感じがする。まぁ、素人的な印象だけど」


 その感想に楓は、少しハッと驚きはしたものの、すぐに笑顔で答えた。

「航太さん凄いです! 私が同じ疑問を抱いたのなんて割と最近なんですよ! たしかに、それこそが本当の『時計』といっても良いかもしれません。ではその正体とは……先ほどお話した『時計分子』それ自身なんです! 」


 理解が追いついていない航太を見て、楓は一つ息をついて話を続けた。

「時計分子って実は自分自身が作られるのを抑える機能があるんですが、それを使って振り子と同じことをしているんです。時計の振り子は右に振れた時、振り子自身の重さで下に引っ張られるて次に左に振れていきますけど、時計分子も朝になってどんどん増えていくことで、自分自身を抑える機能も強くなっていくので、振り子が左にふれるように時計分子が今度はどんどん減っていくんです。この増えて減ってという一周がだいたい一日になっているんですよ」

 航太がおぉーと歓声を上げるのを見て、楓は満足そうに胸を張った。


「私達魔女に伝わる早起き薬を夜に飲むと、時計分子の増える速度がだいたい30%程度はやくなるので、その分だけ身体が早めに朝な気分になれるんです! まぁ、気分だけなんですけどね」


 楓の魔女っぷりに拍手を送っていた航太だが、ハッとした表情で急に手を止めて、冷や汗を浮かべながら楓に尋ねた。

「ちなみになんだけど、話し込みすぎてバイトに遅れそうな時に使える時を操る系の魔法って何かないかな? 」


 ここで事態を把握した楓は唯一使えそうな魔法を申し訳なさそうにつぶやいた。

「このような時に使える魔法は……『走る』ですね」

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