ワーキングウィッチトレイニー
薬学乙女たんbot
第1話 魔女襲来
【The Which, Welcome to 池山町】と書かれたボードを首から下げて、千種 航太は無人の木造駅舎のホームでたたずんでいると、踏み切りの音が風にのって耳をカンカンと打った。それから数十秒もたたないうちに、田舎らしい電車がのんびりと駅に到着した。
「あ、あの……千種家の方でよろしいですか? 」
電車から一人だけ降りてきた少女が、ハキハキとしながらも少し緊張した声で尋ねてくる。千種の返答と自己紹介を受けて、少しほっとした表情を浮かべて挨拶を続けた。
「どうも初めまして、水吉 楓と言います。今日からよろしくお願いします」
挨拶の続きとばかりに会話を続けながら、楓と航太は千種家への路へと足を向けた。
「ところで航太さん、なんでそのボード英語なんですか? 」
「え、だって魔女ってあまり日本にはいないらしいし、しかも留学って聞いてたから、もしかしたら海外の人なのかなとか思って」
「あぁ、なるほどです。確かに日本は欧米に比べると少ないですからね。ふふふ、でもそうは言ってもいないわけじゃないですし、それに海外の魔女がわざわざ日本に来る方がレアケースだと思いますよ」
クスクスと楓は楽しそうに笑っている。
それもそうかと呟きながら、航太は続けた。
「じゃあこれから日本の魔女も海外みたいに町に一人くらいいるようになるのかな」
「んー、なるかもしれませんけれど、すぐにというのはちょっと難しいかもしれないですね。たしかに社会的には日本でも魔女という存在の受け入れは進んでいますけれど、魔女には血統が必要ですから」
「おー、それっぽい。一子相伝の能力みたいな」
「まぁ、魔女界隈では『血統』なんてそれっぽい言葉を使うんですけれど、実際には人種差って言った方が正確ですね。親戚に魔女の素養がある人は素養が発現する可能性が少しだけ高くなりますけれど、そうでなくても素養は発現しますから。ドイツではだいたい3割の方が素養を持っているらしいんですけれど、日本では1割くらいらしいですよ」
「でもそうなると、やっぱり魔女になるには普通の人とは違う何かが必要なんだ」
楓がどう答えたらいいものかと考えあぐねていると、いきなり明後日の方向を見て鼻をスンスンと鳴らし始めた。
「じゃあ航太さん、今何か匂いがするの分かりますか? 私には結構甘い匂いがしているんですが」
航太もそう言われて鼻を鳴らしてみるが、田舎らしい土と草の匂いくらいで、これと甘い匂いなんて欠片も感じることができなかった。
「つまりこういうことです! 魔女は人よりほんの少しだけ可視光の波長幅が広かったり、聞こえる音波の波長幅が広かったり、嗅覚や味覚が捉えられる分子の種類が多かったり。そういったほんの少しだけ人より鋭い感覚を持つことが魔女の素養なんです」
「なるほどなー。人には見たり感じたりできないモノを感じ取れるのが魔女の条件なのか。幽霊とか妖精とか、確かにそういわれてみるとっぽく感じてくる」
「そうですそうです」
「じゃあ今の甘い匂いっていうのも何か魔女的な何かなの? 」
「そうですよ。千種家のお父様やお母様がお酒好きですか? 」
「母さんはほとんど飲まないけど、父さんは毎日飲んでるからな。たぶん好きだと思うよ」
それを聞くと、楓はまた鼻を鳴らしながら道を外れて畑の畦道をフラフラと進んでいく。
「これです!」
楓がジャジャーンという効果音が鳴らんばかりに両手を広げた先には、なんとも名状しがたい、言うなれば「ただの草」が生えていた。
「これがあの有名なマンドラゴラです! 引き抜きますのでお待ちくださいね」
「え、マンドラゴラってあの魔女の妙薬みたいなアレ? 引き抜くと叫ぶとか、それを聞いたら死んじゃうとかっていう話だったと思うけど、そんな簡単に抜いて大丈夫なの? 」
「その感じだとご存知ないみたいですが、実はマンドラゴラってちゃんと植物図鑑にも載っている植物なんですよ。でもこれは全然違う種類の、いわゆる魔女の妙薬的なアレです! ただ、叫び声の心配はありません。見ていてもられば分かりますから」
少しだけ草の周りを掘り返し、んーと力を込めて一気に根っこから引き抜くと、『きゅー』とマンドラゴラが小さく鳴いた。
「え、今のが叫び声? 」
「叫び声というよりは甘えた鳴き声みたいですよね。叫び声っていうのは、簡単に言ってしまえば"盛り"です! 」
「盛り、盛りかー。今も昔もあんまり変わらないんだな」
「昔は宣伝方法も口伝えですし、割と色々な伝承は盛りに盛ったモノがほとんどですよ」
「それでも、引き抜かれた草が鳴くって不思議だな。さすが魔女の薬草って感じ」
「マンドラゴラの鳴き声は二酸化炭素が小さな穴から抜けていく音なんです。マンドラゴラの媚薬効果や精神作用はエタノール、つまりはお酒の効果って言われてます。マンドラゴラの不思議なところは植物なのに呼吸による糖代謝だけじゃなくて、エタノール発酵も同時にしてるってことなんです」
「エタノール発酵って、あのお酒を作る時に酵母がしてるってやつ? 」
「そうですそうです。航太さんもなかなか化学お詳しいですね。マンドラゴラ以外の植物でも、特殊な環境下に置いてあげればエタノール発酵はするそうなんですが、マンドラゴラはこういった普通な環境でもしちゃうんです。それで、ここ見てください」
楓の指をさした辺りを覗くと、ポコポコといくつか凹みがあるのが分かった。
「エタノール発酵って、糖を代謝することでエネルギーとエタノールを作るんですが、もう一つ副産物で二酸化炭素が出来るんです。その二酸化炭素がここら辺の皮の下に溜まるんですけれど、地面から引き抜く時に小さな穴が開くため、こんな感じで窪みが出来て、顔っぽく見えるし、きゅーという鳴き声が聞こえるんです」
面白いなと感心する航太に、楓がもう少し顔を近づけてみるよう促す。
「どうですか? すごくキツくないですか? 」
マンドラゴラから今まで嗅いだことの無いほど強烈なお酒の匂いがして、一瞬ふらつきそうになるほどクラクラと頭が回るのが分かった。
「マンドラゴラを引き抜くと気分が悪くなる原因、実感していただけましたか? 」
「これは確かにすごいな……」
引き抜いたマンドラゴラをペットボトルのお茶が入っていたレジ袋に入れながら、楓は話を続ける。
「マンドラゴラおろしの搾り汁をお湯で割ったものが、お酒飲みの方にとっては絶品らしいんです。まぁ、私も飲んだことありませんので、あくまでお母さんから聞いた話なんですけれどね」
そこから、町の施設や名所の案内なんかをしたり、田園と民家の間を抜けて、コンビニに寄り道してお菓子を買ったり、そんなうちに二人は千種家の玄関に着き、航太はただいまーと声をかけてガラガラと玄関を開けた。
「母さん連れてきたよー」
母親の今行くという返事とともに、家の奥から小さな少女がお帰りという大きな声とともに玄関へロケットのごとく飛び出してきた。
「いらっしゃい、お姉ちゃん! ちょっと待ってて、今お兄ちゃんにお願いしたお菓子を受け取ってすぐ準備するから! 」
そう言うと航太の持つレジ袋をひったくるように奪い取り勢いよく開けた。
「お兄ちゃん、何のお菓子買って……きゅー……」
「おー、我が家の妹がマンドラゴラみたいに鳴いた」
マンドラゴラの袋を間違えて勢いよく開けた少女は足をフラフラ、目をクルクルさせている。奥から来たお母さんが、楓に少し待っててと声を掛け、まだフラフラとしている少女を奥へと連れていく。
「到着早々バタバタして申し訳ないけど、まぁ良い家だと思うよ。ホストファミリー千種家へようこそ」
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