第1話 再会

「あれ? 雄大ゆうだいじゃん。学食いるなんて珍しいね~」

 カツカレーを頬張っていると、背中に聞き慣れた声が掛かった。

「あ? ……って絵麗奈えれなか。ここに俺がいるの、そんな珍しいか」

「珍しいも何も、あんた滅多に学食こないじゃん。コンビニ弁当ばっかだからそんな細い体なんでしょ」

 よっこいしょ。と隣に座る彼女を見やる。

 加住絵麗奈かすみえれな。小中高と同じクラスの、いわゆる幼馴染の彼女。

 狭い地域で同じ学校、同じクラスになるのはまだわかるが、まさか大学も同じになるとは。東京恐るべし。


「それで、どうなのよ? やっぱり毎日3食コンビニでしょ? それだから筋肉つかないのよ」

「んなこと言うけどよ……」

「何? 違うの?」

「一応朝夜はコンビニじゃないし、毎日チャリ通だし」

「チャリ通って、何分?」

「…………」

 左手を広げて『5』と伝えると、溜め息が聞こえてきた。

 彼女の気が強い性格は昔から変わらない。口論やら議論やらでは、いつも押し黙らされてしまう。

 そしてとにかく負けず嫌いで、テストではいつも学年トップ、体育祭では表彰台の常連という才能の持ち主。

 もちろんそれは大学でも現役で、学部こそ違うものの、その噂をたまに耳にすることがある。

「……ちょっと、なにボーっとしてんの? 考え事?」

「……え? いや、別に」

「ふーん。それより、早く食べないと冷めるわよ?」

「ん? あぁ……」

 それからしばらく、他愛もない会話が続いた。


「ほんじゃ、またな」

 トレーを持って立ち上がった時、不意に一言掛けられた。

「あ、今日あんたの家行ってもだいじょぶ?」

「ふーん…………。え、何いきなりどったの?」

「えー、だってやっぱりあんた、食生活偏ってそうだし?」

 にたーっ。と、不敵な笑みを浮かべたエレナ。

 ――逃れられない、か。

 一度やる気になった彼女は、もう誰にも止められない。

「…………はぁ。んじゃ授業終わったら正門前で待ってて」

「やった! じゃあ今日はユーダイの好きな牛丼にしーようっと」

 ガタッ、と勢いよく立ち上がり、そのまま鼻歌交じりで歩いていった。

「さて、と。俺も行かないとな」

 彼女が食堂から出るのを見送ってから立ち上がった。軽やかな気持ちとは裏腹に、少し胸に引っ掛かるものがあった。


 正門へと続く道は、眩しい夕日に照らされていた。

 自転車を押しながら進む。正門を出たちょうどのところで、エレナは待っていた。

「おーそーいー」

「悪かったって。ちょっと呼び出し食らってたから」

「何? また課題出すの遅れたの?」

「またって何だよ……。いや、確かに高校の課題はしょっちゅう遅れてたけど、今回は違うからな」

「へぇー。ま、今回は詮索しないでおくわ」

「そりゃどーも。んじゃ、さっさと行くぞ」

 スタスタと歩き出すと、その隣に彼女も並んだ。

 夕日がビルの隙間から覗き込む中、自転車を挟んで、二人並んで。

「にしても、こうやって一緒に歩くのも久々ねぇ」

「確かに、高校以来か?」

 呟いてから、確かに思った。

 地元で暮らしていた時は、家が近所同士だという事もあって、一緒に帰る日がほとんどだった。けれども大学に進んでからは、エレナは電車で数駅離れた場所に住んでいて、学校で会う事も多くなかった。

「こうして一緒に歩くのも久々だな…………って、何してんだアイツ……」

 振り返ると、スーパーの前にあるのぼりを真剣な眼差しで見ている彼女がいた。

「なーにしてんのお前」

 すぐ隣の駐輪場に止めながら、彼女が眺めてるのぼりに目をやる。

『本日限りの特売日!!』

 ――あぁ、そういう事か。

「特売、ねぇ……。寄ってくか?」

「んー…………。え? あー、うん。そりゃもちろん!」

 言葉を聞くや否や、凄い勢いで店の中に入って行った。

「まったく、抜かりがないと言うか、昔と変わんねぇな……」

 自転車の鍵を閉めて、彼女の元へ歩いて行った。


「…………それで、今日の夕飯の食材はともかく、なんでお前の荷物まで持たされてんの?」

「別にいいじゃない荷物持ちぐらい。あんた自転車なんだし」

 傾いていた夕日はいつの間にか姿を消していて、代わりにうっすらとオレンジに染まった雲が見える。

 結局スーパーで買ったものは、今日の夕食の食材とエレナの「特売だから」という事で買っていた色々な物。

 おかげで自転車のカゴどころか両手まで塞がるほどの大荷物で、これだけ買って5000円を切っているところがまた怖い。

「一応ここが家」

 スーパーからの道、普段自転車で5分ほどの場所。今日は歩きということもあって倍の時間が掛かったが。

「へぇー、駅から遠くないし、結構いい場所じゃん」

「ま、丘の上にあることだけ面倒だけどな」

 家からの景色は上々。駅からの道は面倒。

 自転車を駐輪場に止めて、重い荷物を抱えてきしむ階段を昇る。

 塗装こそ最近塗り替えたらしいものの、所々に築20年というそこそこの古さが出ている。

 玄関の前まで辿り着いて、リュックから鍵を取り出す。この時、食堂で感じたものと同じ、胸に何かが引っ掛かる感覚がよみがえった。

「何だったかな。……ま、気のせいか……?」

「どしたの?」

「あ? いや、独り言」

 ガチャッ、と少し重い感じの音が響く。

 鍵を開けた瞬間、胸の引っ掛かりがスッと消えた。

「ほんじゃ入って…………。あー、ヤベぇ…………」

「あ、ゆーくんお帰り! …………後ろの人は……?」

 久々の幼馴染との帰り道。それに浮かれていて、すっかり彼女――悠希の存在を忘れていた。


 to be continued......

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ゆーれいさん 逢川ヒロ @Aikawa_Hiro

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