終局惑星
葵菜子
第1話 abnormal
非常呼集だ。井上は上からの突然の呼び出しに不吉な予感を感じていた。夜中であったにもかかわらず急いで家から出たため着崩れたスーツ姿のままJAXA情報統制室に入る。自分のネームプレートが置かれた席に座ると早速資料が配られる。そして小走りで男が寄ってきた。おそらく先に情報を得た常駐員だろう。
「井上さん、チリの電波望遠鏡が捉えました」
「サイズは?」
「約675メートルです」
「まずいな、都市圏壊滅レベルだぞ。到達までどれくらいだ?」
「はい、現段階での試算ですと、およそ700日後に到達します」
「対策はギリギリといった感じか」
都市1個軽く吹き飛ばすレベルの小惑星がこっちに来ている。井上は焦りからか心臓の鼓動が激しくなり痛さを覚える。こんなこと滅多にあることではない。そのためパニックに陥っているのだ。
この情報統制室では何十人もの人間がコンピューターに向かい必死に何かを叩き続けている。張り詰めた空気の中、井上は理事長室へと歩く。すると目の前に部長である桐谷が立っていた。桐谷は井上と目を合わせ、歩調を合わせ理事長室に向かう。
桐谷がドンと強く扉を開ける。中には中年の男が1人座っていた。理事長の大塚だ。
「桐谷くんと井上くんじゃないか。今、わかる情報をまとめてくれ」
桐谷は1歩前へ出て話し始める。
「はい理事長、小惑星が来ます。地球に当たれば都市圏が壊滅するレベルです」
「で、アメリカはなんと言ってる?まずはあそこが動かねば私達も動きようがない」
「まだアメリカとは連絡が取れていませんが、この後識者同士で話し合いを行う予定です」
「まぁ、とにかく今はあっちの動きを見ておいて」
「承知しました。しっかり連絡を取っておきます」
桐谷に変わり、今度は井上が話し始める。
「今後の予定について説明させていただきます。まず、日本政府に緊急報告。政府官僚と対策を練る会議を行います。その後アメリカへ今後の流れについて協議し、その他各国とも緊密に連携をとる予定になっています」
「わかった。だけど日本政府は手強いから気をつけること。ウチの予算も事業仕分けで減らされたばかりだから」
理事長は苦笑いしながらそう言った。確かに政権交代が起きてからというもの、緊縮財政は酷くなり、我々の予算や防衛費がどんどん削られている。今の政権でこの有事を乗り越えられるかは正直不安だ。しかし、やるしかない。
桐谷と井上は所長室を出た。いつもより小走り気味に自分の席へと戻る。
「おい井上、お前はNASAに今わかってる情報を伝えておけ。あちらさんはもうわかってるかもしれないがな」
「了解です。部長はどうされるのですか?」
「俺か?とりあえず政府に話を付ける。なるべく早く動けるよう政府対策室を設立するように訴える。お前もしっかりやれよ」
「はい!」
狭い情報統制室に威勢の良い声が響いた。
桐谷は総理官邸の門で警備員のチェックを受ける。その両手にはパンパンに膨らんだ鞄と入邸許可を得るための身分証明書が抱えられている。慣れた足取りで閣議室へと向かう。
「遅れて申し訳ありません」
一声かけて入るとそこには現政権与党、”立法民主党”の首相、防衛大臣、連立を組んだ”国民民進党”の経産大臣など、政府要人が座っていた。膨らんだ鞄から作った資料を取り出し、この要人達に配る。
「では説明させていただきます。現在約675メートルの小惑星が接近しており、地球への衝突が予想されます。衝突した際の被害予想は都市圏壊滅レベルです」
要人達がざわめき出す。中には頭を抱え塞ぎ込む者もいれば、我関せずといった落ち着いた者もいる。
「私達JAXAとしても地球防衛の対策を取るため、政府と緊密に連絡を取りたいと思っております。研究探査、迎撃にも予算が必要であり、速急に補正予算案を出していただきたいのです」
困り顔の首相、鳩野が口を開く。
「いや、桐谷くん。君も分かっていると思うけど、今は財政が厳しいんだよ。それにそんな不確定要素の為にお金出して、失敗したらどうするんだ?税金の無駄遣いと批判されるのは分かりきってる。私達も支持は落としたくない」
予想通りの返答だ。国や地球がどうなってもいいのか?予想はしていたが、やはりコイツらは頼れない。
「で、予算はどれくらい必要なの?あんまりは出せないから」
苦虫を噛み潰したような顔で財務大臣が問う。所詮コイツも財務省の犬。マトモだとは思えない。しかし、今は日本のため地球のためにもコイツに媚びねばならん。
「これは最低金額ですが、迎撃用ロケットの製造、今後の探査や人員の増加から約2兆円は必要だと思います」
お偉いさんがまたざわめき出す。財務大臣と首相が話し込んでいる。きっとそんな金出せないなんてことを言っているのだろう。それでも続けて話す。
「あの規模の小惑星の起動をそらしたり破壊するのにロケット1発では足りません。米国とも協力しますが、このくらいは必要になってきます」
財務大臣が立ち上がり、そばに居る官僚を呼び寄せた。官僚に何かを聞いている。政治家お得意のアレだ、レクチャーだ。なんでも官僚頼みで、自分の頭で考えない悪い癖。
「桐谷くん。やっぱりそんな金額は出せないよ。既に増税はできるだけしてるし、どこも予算がきついんだ。国債は未来への負担の押しつけと批判されるからできない」
クズだ。そう思った。普段の悪政がこんな形で祟るなんて。やはりアメリカに頼るしかないのか?もはや絶望しか感じない。
小惑星を破壊する手段はいくつかある。例えば、探査機をぶつけて軌道を変更させる方法。1番ポピュラーなのは小惑星を爆破して大気圏突入時の摩擦熱で粉砕する方法。しかし今回の規模の小惑星だと、爆破も軌道変更も望めない。核攻撃による熱膨張で宇宙空間で砕くしかなさそうだ。そうなると1つ大きな問題がある。日本は核兵器を保有していない。つまり必然的にアメリカやその他核保有国に頼るしかないのだ。ロケットは日本が提供するとして、あと700日で準備が整うのか。最早議論の余地はない。1秒でも早く事を進める。
終局惑星 葵菜子 @fuwafuwamodern
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