友情は斯くも容易く崩れ去り ①
「なあ、カードゲームをやらないか二人とも?」
普段通り僕の部屋で思い思いに過ごしていると、ジョンは僕とユッキーの二人に突然そう提案してきた。僕は何事かと思い、ジョンの方を向く。
「いやな、実は最近家の物置小屋を漁っていたら、かなり昔のカードゲームを見つけたのだ。面白そうだったから、キサマらと遊ぼうと思って持ってきた」
ジョンはそう言うと、僕たちの前に40枚ほどのカードを置いた。それは確かにジョンの言うとおり、ずいぶん年季が入っていて、かなり古いもののようだ。
ジョンの家は一般的に“名家”と呼ばれる由緒正しい家で、その物置小屋には、各世代の当主が世界中からかき集めた逸品珍品が色々しまってある。
恐らくこのカードも、その一つだろう。
どれどれ……『Erhabener Clan』か。初めて聞くな。何語だ?
「調べてみたが、どうやらドイツ語で『崇高なる一族』という意味らしい」
ふーん。カードゲームの名前にしては、ちょっと変わってるな。まあ別にどうでも良いけど。
それよりお前、このゲームのルール知ってるのか? こんな古い上に無名のカードゲーム、遊び方なんてわからなくないか?
「それについては問題ない。一緒にルールブックも保管されていたからな。この通りだ」
ジョンはそう言うと、これまた薄汚いボロボロの紙切れを僕に手渡した。
それを開いてみてみると、なるほど確かにルールブックらしい。
ご丁寧に日本語でも書かれている。
「それを見ればルールはわかるだろう。どうだ? 遊ばないか?」
ジョンはそう言って、僕とユッキーの事を見た。その様子たるや、童心に返った子供のようだ。こんな無邪気なやつが中二病とは、世の中わからないものである。
うーん、まあちょうど暇だったし、やってみるか。それにカードゲームならさすがに、前回みたいに精神をゴリゴリ削られるなんてこともないだろうし。
「いいわね、やりましょ。じゃあちょっと、そのルールブック貸して」
ユッキーはそう言うと、僕からルールブックを奪い取った。
あ、この野郎。僕もまだ全然読み終わってなかったのに。
「ふむふむ……一対一形式で、敵のライフ3000を削りきった方が勝ちね。ま、良くあるカードゲームのルールっぽいわね。……OK、やりましょう」
ユッキーはそう言うと、ルールブックを“ポイ”と投げ捨て、40枚ほどあったカードを半分に分けた。そして、片方を自分が、もう片方を僕に渡した。
「一度に二人しか遊べないから、チーム分けしましょ。そうね……男対女で良い?」
「俺様は別に構わんぞ。しかしいいのか? 俺様はすでにその本で十分ルールを熟知しているが、キサマはまだサラ読みしただけだろう? ルールはちゃんとわかっているのか?」
「大丈夫。もう完璧に理解できたから」
おぉ、さすがだなユッキー。コイツは勉強こそ出来ないバカだが、こういうゲームとか戦いに関しては、野生の勘みたいな物が働くのか理解が早い。
本人が『完璧に理解した』と言ってる以上、それは本当なのだろう。
「じゃあ、あれね。もしこれで私が勝ったら、アンタ達二人は私より下ってことだからね。一生下僕としてこき使うから」
やっぱりそういう魂胆かよこの野郎。薄々感づいてはいたが、やはりコイツ初めから、このゲームに勝って、僕とジョンにマウント取るつもりだったようだ。
どこまでも性根が腐っていやがる。
しかしそういうことなら、喜んでその勝負を買ってやろう。
ここいらでいっちょ、この勘違い女に実力の差という物をわからせ、二度と『マウントを取ろう』とは思えなくしてやろうじゃないか。
こういうわけで、僕&ジョンVSユッキーの仁義なきカードバトルが幕を開けた。
しかし幕を開けたのは良いものの、僕はいまだにこのゲームのルールがイマイチよくわかっていない。どうしたら良いのだろう?
「とりあえず、デッキからカードを4枚引けマコト。それがお前の初期手札だ」
僕がどうして良いかわからないで居ると、ジョンは僕にそう教えた。
サンクスジョン。今回だけは、お前を頼りにするぜ。
さて、それじゃあジョンに言われたとおり、カードを引きますか。
僕はデッキからカードを4枚引いた。そして、自分が引いたカードを表にして、中身を確認した。
『田中 ATK:500 DEF:500』
『田中 ATK:500 DEF:500』
『田中 ATK:500 DEF:500』
『田中 ATK:500 DEF:500』
なんでだああああああああ! なんで引いたカード4枚全部が同じなんだあああ⁉
そして誰だよ『田中』って⁉ なんでよりにもよって田中がフォーカードしちゃうんだよ⁉ ポーカーなら多分ぜってえ負けねえわ!
「うっわ、ついてないなマコト。まさか同じカードを四枚引くとは……しかもよりにもよって、ザコカードの『田中』じゃないか。どうするんだその手札で」
こっちが聞きてえよ!田中4枚で一体どうやって戦うのか!そしてやっぱり田中はザコカードなのかよ!攻守共々500しかなかったから薄々わかっていたけども!
……なんか全世界の田中さんごめんなさい!
最悪だ! ユッキーに身の程わからせようと思ってたら、自分の運の無さをわからされちゃったよ! どうすんだ⁉ 僕はこの田中×4で一体どうすれば良いんだ⁉教えてくれ田中! そしてお前は一体誰なんだ田中⁉
「ふふ、その様子だと、どうやらあんまり良い手札が来なかったようね。これは私の圧勝かしら?」
ユッキーは狼狽える僕の顔を見て、そうつぶやく。
図星だよ! 完璧に的を射てるよ! 『あまり良い手札が来なかった』どころか、全部田中が来ちゃったんだよ! マジで助けてくれ!
「待て、落ち着けマコト。確かにキサマは今、これ以上ないくらい追い詰められている。しかしまだ手はある」
……⁉どういうことだジョン⁉手札が田中だけの僕にもまだ勝ち筋はあるのか⁉
「もちろんだ。いいか?これからキサマのターンになるが、その始めにキサマはデッキから一枚、カードをドローできる」
……!そうか!そこで田中以外の強力なカードを引ければ良いってわけだな⁉
「その通りだ。わかったら早く引け。ここが正念場だ。何としてでも、強力なカードを引き当てるんだ」
わかった任せろ! この窮地を脱出できるカードを絶対に引き当ててみせる!
行くぞ!
僕は勝利への願いを込め、デッキからカードをドローした。
『田中 ATK:500 DEF:500』
なんでまた田中だあああああああああああ!
「うっわ、キサマ本当についていないなマコト。5枚しか入っていない田中を全部引き当てるとは……フルハウスじゃないか。いっそのことブラボー」
『ブラボー』じゃねえだろ! 五枚全部引き当てるって、もはや呪いだよこれ! 田中に呪われちゃってるよ! 確実に取り憑かれちゃってるよ、田中の悪霊に!
大体フルハウスってお前、さっきも言ったけど、これポーカーじゃねえんだぞ⁉ フルハウス引き当てようが何にも嬉しくねえわ! むしろ悲しすぎるわ! こんなところで無駄に運使っちゃって!
くそっ! こんなのどうしろって言うんだよ……!
「まあとりあえずここは、耐える一択だろうな。田中を守備で召喚すれば、次のターンくらいは凌げるだろう」
大丈夫なのか⁉ 田中如きに任せて、僕は本当に生き残れるのか⁉
(全国の田中さん本当にごめんなさい!)
「それについてはもう祈るしないな。さあ選べマコト。キサマは生き残るために、どの田中を犠牲にするのだ? 5人の内、好きなのを選んで良いぞ」
『好きなの選んで良いぞ』じゃねえよ! どれ選んでも須く全員『田中』なんだからな! どれを選んでも結果は何一つとして変わんねえんだよ! RPGゲームの『はい いいえ』の選択肢並みに選択の自由が無いよコンチキショウ!
くそっ! こうなったらさっき引いた田中を捨て駒にしてやる!
テメエなんて誰もお呼びじゃなかったんだよバッキャロウ! 死んで転生しろ! そしてなろう系主人公よろしく無双チートを手に入れて戻ってこい!
僕は半ばヤケクソで、田中を守備表示で召喚した。
そしてターン終了を宣言した。
「ふふ、『田中』たった一人だけなんて、私もなめられたものね。その程度で私の攻撃を耐えきれると思ってるの?」
『なめる』とかじゃなくて、単に田中しかいないだけなんだよ! 出来ることなら僕も『田中』以外の奴に命を預けたかったよ!
『鬼塚』みたいに強そうな名前のヤツに守られたかったよ!
「まあいいわ。それじゃあ遠慮なく攻撃してあげる! 私は手札から『バーサーカー西野』を召喚!」
『バーサーカー西野 ATK:1800 DEF:1500』
ぎゃああああああああ! と、とんでもねえ奴召喚されたああああ!
1800ってお前……完全にレベルが違うじゃねえか!
つーかなんだ『バーサーカー西野』って⁉ なんで『西野』如きに『バーサーカー』の二つ名がついちゃってるんだよ⁉ 何者だよ西野⁉
「バーサーカー西野で田中を攻撃! 『田中』撃破ァ!」
た、田中ァァァァァァ! 田中が殺されたァァァ!
バーサーカー西野にバーサークされちまったァァァ!
「良かったなマコト。田中を守備表示にしていたおかげで、ダメージゼロで済んだぞ。お前が田中を見捨てる判断をしたおかげだ」
その言い方やめろ! 間違っちゃいないけど、そんな悪意満載の言い方するんじゃねえよ! 胸くそ悪いだろうが!
「なあに、気にすることはないさ。所詮田中は捨て駒だ。死んだところで、いくらでも代わりは居る」
手札に4人もな! そして嫌な言い方するんじゃねえ!
味方を捨て駒にする魔王かお前は⁉
「さあマコト。私はこれでターンエンドよ。さっさとデッキからカードを引きなさい」
ユッキーは田中の殲滅を終えると、僕にそう言った。
くそっ! 田中の犠牲のおかげでこのターンはノーダメージで抑えれた!
しかし次はそうもいかないだろう…ここで絶対に一発逆転のカードを引かなくては!ドロー!
『山本 ATK:100 DEF:100』
山本ォォォォォォ! 今度はお前か山本ォォォォォォ!
ていうか誰だ山本ォォォォォ!
「あーあ。またザコカード引いたなマコト。そいつは山本。田中の親友だ」
ザコい田中の親友なのかよ! そりゃ弱くて当然だわ!
いや、ていうか山本さすがに弱すぎだろ! 攻守100って、田中の五分の一しかねえじゃねえか! 『5分の1田中』じゃねえか! 役に立たないにも程があるだろうが! まだ田中引いた方がマシだったわ!
まじでどうするんだ⁉ 田中と山本、この弱小コンビで僕は一体どうすれば良いって言うんだよ⁉
「…あぁそうだ。マコト、忘れていたがまだチャンスは残っているぞ。諦めるな」
はぁ⁉ この状況の一体どこにチャンスが残ってるっつうんだよ⁉
どこ見ても田中と山本しかいねえぞ⁉
「いいか? このゲームにはある『特殊なルール』があるんだ。見ろ。そこにデッキ以外に、カードが積まれているだろう?」
ジョンはそう言って、数枚のカードが置かれている場所を指さした。
ああ、あれか。なんか最初から置いてあったから、何だろうとは思っていたが、あれがどうかしたのか?
「これはな『特殊カードゾーン』だ。簡単に言うと、特殊な発動条件を満たしたときのみ使えるカードが置かれている」
特殊な条件?
「簡単な例だと、特定のカードの組が手札にある場合、それを捨てて発動できるという感じだな」
……! ま、まさか⁉
「そのまさかだ。手札に『田中』と『山本』のカードが存在する場合、発動できる特殊カードが存在する」
ま、まじか! 田中と山本の友情パワーを炸裂させられるってのか⁉
「うむ、そういうことだな。それでどうする? 使うか?」
当り前だ! どのみちこの手札じゃ、勝ち筋なんて他にないんだからな! こうなりゃ藁にでもすがってやらあ!
それにどうせ、田中と山本を一枚ずつ捨てても、代わりはいくらでも居る!
「そうか、それならば発動しよう。ユッキー。俺様達は特殊カードを発動する。問題ないか?」
「ええ、構わないわ」
「そうか。ではマコト。手札から田中と山本を一枚ずつ捨てろ」
お安い御用だ!じゃあな田中&山本!せいぜい墓場で仲良くやりな!あばよ!
僕は手札から、二枚のカードを墓地に捨てた。それを確認すると、ジョンは特殊カードゾーンから一枚のカードを取り出し、そして発動させた。
「特殊カード発動! 『一夜の過ち』!」
『一夜の過ち』
酔った勢いで、過ちを犯してしまった哀れな二人の男達。朝、ベットに座る二人は顔すら合わせようとしない……
そのあまりの哀れさに、敵プレイヤーは次のターン攻撃が一切出来なくなる。
ちょっと待てえええええええええええ!
一夜の過ちってお前……コレ完全にヤッちゃってるじゃねえか!酔った勢いで前後不覚になっちゃってるじゃねえか!男同士で一線越えちゃってるじゃねえかああ!
「くっ、やるわね。まさかそのカードを発動するなんて……恐れ入ったわ」
『やるわね』じゃねえ! ヤッちゃってるんだよ田中と山本が!
おいおいおいおいおいおいおいおいおい! 大丈夫なのこれ⁉
いや、おかげで僕は次のターン生き残れるけど、それより田中と山本大丈夫なの⁉この二人の間の友情は大丈夫なのか⁉
「気にするなマコト。所詮はゲームだ」
にしてもだろ! それにしても色々とドロドロしすぎだろうが! 田中と山本が不憫すぎるだろうが! 絶対この二人今、墓地で相当気まずいことになってるよ! 顔も合わせられなくなってるよ!
く、くそっ!なんだってこんなことに…僕はただ単に生き残りたかっただけなんだ!なのに、なにをまかり間違って、純情な二人の友情にヒビが入ってしまったんだ……!
許してくれ田中と山本! 悪気はなかったんだ!
くっ、こうなったらもう、なにがなんでも勝つしかねえ! 田中と山本の犠牲を無駄にしないためにも、何としてもユッキーを倒す以外にない!
僕はやるぞォォォォォォ!
(つづく)
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