命懸けのゲームをしよう ①
「なあキサマら。ちょっと今からゲームをしてくれないか?」
いつもみたく僕の部屋でゴロゴロしていると、ジョンが突然、僕とユッキーの二人にそう言った。僕は何事かと思い、ジョンの方を見る。
「いやな、先日もういらなくなった昔のゲームを売りに、ゲーム屋に行ったんだよ俺様。そこでちょっと中古のゲームソフトを見ていたら、面白そうなゲームソフトを見つけたのだ。それで試しに買ってみたのだが、これがもう難しくて全然クリアできない。だからキサマらにもクリアを手伝って欲しいのだ」
ジョンは神妙な面持ちで、僕たちにそう言った。
なんだよ珍しいな。ジョンが僕らに頼み事なんて。
コイツは普段から『俺様に出来ないことはない』とか言って中二病爆発させてるから、あんまり僕たちに頼ろうとしないはずなんだけど……まさかお前、ジョンの偽物じゃないだろうな?
「バカを言うなキサマ。俺様は正真正銘、本物の高峯ジョンだ。魔宮パンデモニウムを治めていた魔王デレヒトグニスの生まれ変わりだ。まあ、キサマら如き下人に俺様の偉大さはわからんだろうがな」
あ、本物だわ。このこじらせ具合は本物のジョンだわ。他の奴にマネできるはずがない。どうやら自称『魔王デレヒトグニスの生まれ変わり』さんは本当に、ゲームがクリアできなくて僕らに頼っているだけのようだ。
……いや、元魔王のくせにゲームもクリアできないとか情けないなオイ。
ていうかお前、魔王のくせに中古のゲームソフト買ってんじゃねえよ。そこは新品を買え、魔王なら。
「いや、もちろん俺様も普段は中古品など買わん。しかし今回だけは、とある事情があるのだ。これを見てくれ二人とも」
ジョンはそう言うと、ポケットから一枚の紙切れを取り出し、それを僕に手渡した。僕とユッキーは、その紙をのぞき込む。
『もし私がこのゲームを買ってから5年経ってもなお、ゲームクリアできていなかった場合、私は死んだものとして、◯◯町△△番地にあるゲーム店にこのゲームを寄贈してほしい。
このゲームがいつの日か才能ある若者によってクリアされることを願う。
そして、ゲームクリアという私の意思を引き継いでくれる者よ。エンディングを見ることが出来なかった私の分まで、このゲームの終わりを目に焼き付けて欲しい……』
「なに……これ?」
文章を読み終わると、ユッキーは呆れた様子でそうつぶやいた。それに対してジョンは「遺言だ。前の持ち主のな」と答える。
「見てわかるように、前の持ち主はこのゲームを5年経ってもクリアできず、志半ばで力尽きた。だから俺様は是非とも、この前の持ち主の願いを叶えてやりたいのだ。このゲームをクリアすることによって」
ジョンは、まるで勇者が死んでいった仲間の思いを胸に秘めるかのようにそう言った。いや、お前は勇者じゃなくて魔王の生まれ変わりだろうが。
善行をするな。悪行をしろ。
ていうかお前ジョン……これ完全にあれじゃねえか。『HUNTER×HUNTER』に出てくるグリードアイランドじゃねえか完全に。前の持ち主、何かっこつけてパクってんだよ。そして全然カッコよくねえよ。ダサダサだよ。
それとジョン。一応言っておくぞ?
わりいけど僕は『念』なんて使えないからな?
仮に使えたとしても、命懸けのゲームなんて絶対しないからな?
「安心しろ。少しプレイしてみたが、これは普通のゲームだった。別に『念』が使えなくても問題ない。死んだりもしない。ちょっと難しすぎるだけだ」
あ、そうなの。それ聞いてちょっと安心したわ。……いや待て。じゃあ何で前の持ち主は『私は死んだことにしてくれ』とか書いてるんだよ。大げさすぎるだろ。
「さあな。まあ推測するに多分、クリアできないイライラでストレスがたまって死んだんじゃないか? 知らんけど」
適当だなオイ! 人命がかかってるのに滅茶苦茶に当てずっぽうだな!
「単に前の持ち主が雰囲気出すためだけに『私は死んだ』って書いただけじゃないの?」
おぉ、たまには真っ当なことを言ってくれるなユッキー。確かにそう考えるのが妥当だろう。たかがゲームで人死にが出るわけないし。
「いや、それはないだろうな。なにせこのゲーム、店の『ワケあり商品』のコーナーに置いてあったからな。ついでに買うときも『返品できませんがよろしいですか?』と聞かれた」
バリバリのいわく付きじゃねえか!「返品できません」ってお前これ、完全に店側も持て余してたタイプの奴じゃねえか! 完璧な事故物件だろうが!
なんつーもん買ってきてんだよ⁉
「しょうがないだろう。こんな物見つけたら、心が
「今でしょ!」
乗るなユッキー! コイツの林先生に乗せられるな!
ていうかネタがクソ古い! 今時先生本人も言ってないからなそれ⁉
そして買うなこんなもん! 今はおろか未来永劫買うな!
「まあまあ、そう言うな。キサマらだって興味あるだろう? このゲームがどれほどの物か」
このゲームの内容よりもむしろ、外容の方が気になるよ! なんでこれが事故物件になったのかの方が知りたいよ僕は!
しかし僕のそんな叫びも虚しく、あれよあれよと僕たちは、このゲームをプレイすることになった。やることが他になくて暇だったのが災いした形だ。くそったれ。
『デビルズクエストハンター2B』
なんつー長いゲーム名だ。もうこの時点からすでに、クソゲーの臭いがプンプンしてるぞ。というか『2B』の部分は何だよ。読み方すらわかんねえ。
『ツービー』か?『セカンドビー』か?
それともまさか『ニービー』か? 鉛筆かよ。
「とりあえずプレイしてみたんだが、ジャンルはRPGだった。勇者である主人公を操作して、魔王を討伐するのが目的だ」
ジョンは、コントローラーを持つ僕にそう説明した。
はいはいテンプレね。良くあるやつね。ド◯クエタイプね。でもそれなら、ド◯クエを全作プレイしている僕にとっては、思いのほか簡単かもしれないな。
意外と早く終わるかな?
僕がそんな事を考えていると、ゲームが始まった。
『هل تريد أن تبدأ اللعبة من البداية؟』
何だコレ⁉
ちょっと待って……えぇ⁉ これ何語⁉
「アラビア語だ」
アラビア語⁉
「アラビア語で『最初からゲームを始めますか?』と書かれている。当然だろ?」
『当然だろ?』じゃねえ! その当然が通用するのはアラブ圏だけだボケ!
ここは日本なんだよこの野郎!
「言い忘れていたが、このゲームは10カ国語に対応している。デフォルトは見ての通りアラビア語だ」
なんでだよ! なんで10カ国語もあるのに、よりにもよってデフォルトにアラビア語選んじゃったんだよ! 別にアラビア語を批判するわけじゃないけど、もっとこう……あっただろ! 英語とか! 世界でもっと幅広く使われている言語が!
「開発者がアラビアの人だったんじゃない?」
それだ! ユッキーそれだ! お前の言うとおりだ!
な、なるほど……これはアラジンもビックリの、アラビアンゲームだったのか。
だからデフォルトがアラビア語に……
「いや、調べた限りだとこれの製作者はバリバリの日本人だったぞ」
じゃあやっぱりなんでだよ! 日本語を選べよこのクソ製作者!
「まあそう怒るなマコト。まだまだゲームは始まったばかりだぞ?」
始まってすらいねえんだよ! 『最初からゲームを始めますか?』の選択画面でつまずいちゃってんだよこちとら!
クソッ! もうすでにこのゲームをギタギタにして投げ出したい気分だ……!なんか今なら、前の持ち主がイライラで死んだってのも理解できる気がしてきた……
「右下に言語の選択画面があるから、それで日本語を選べ。それで『新しく始める』を選択すればゲームスタートだ」
僕の苛立ちも知らずに、ジョンは僕にそう教えた。僕はジョンをぶっ飛ばしたいのを我慢しつつ、言われたとおりにゲームを始める。
『主人公の名前を打ち込んでください』
「名前の入力画面だな。まあ別にゲームの進行にも関わらないし、適当で良いだろう。自分の名前でも打ち込んでおけ」
「……」
「……? どうしたのマコト? 早く『マコト』って打ちなさいよ」
いや……なんか恥ずかしい。僕ってこういうゲームで、あんまり本名打ち込みたくないタイプなんだよな……
「ふむ、それならデフォルトの名前で良いだろう。ちなみに俺様が、始めの方をちょっとだけお試しプレイした時も、面倒だったからデフォルトのままでやった」
あ、そうなんだ。デフォルトの名前とかあるのか。なんだ、結構ちゃんとしたゲームじゃん。じゃあ悩まず、それにするか。
僕は名前を一文字も打ち込まないで、そのまま『名前入力を終わる』ボタンを押した。すると画面に『名前が決まりました!』と表示された。どうやらちゃんとデフォルトの名前になったようだ。
……そういえば、デフォルトの名前って何だったんだろうか? ジョンは先にプレイして知ってるはずだし、ちょっと聞いてみるか。
「名前? ああ、デフォルトの名前なら『ウンコぶりぶり丸』だな」
――――ボゴッ!
僕は力一杯、ジョンの顔面にグーパンをぶち込んだ。
「いきなり何をするキサマ⁉」
『何をする⁉』じゃねえ!
おまっ……なんでもっと早く言わねえんだよそういう事⁉
“ウンコぶりぶり丸”って……なんつうとんでもねえ名前にしてくれてんだ⁉
なんだよ『ぶりぶり』って⁉ なんでデフォルトをこんな“クソみたいな”名前にしやがったんだ製作者⁉ 文字通りの意味で!
「たぶん製作者がこの名前を考えたとき、下痢気味だったんじゃない?」
ああね、はいはいそういうことね。ならしょうがない……わけねえだろユッキー!
どういうことだよそれは⁉ 下痢だからってこんな名前にはしねえだろ普通! 製作者はバカなのか⁉
「ほら、そんな文句言ってないで。もうすぐ冒険が始まるわよウンコぶりぶり丸」
その名前で僕を呼ぶなユッキー! はっ倒すぞ⁉
「こうして、ウンコぶりぶり丸の冒険が始まったのだった……」
てっめえジョン! お前も調子に乗るな! ていうか、お前も前にプレイした時はウンコぶりぶり丸だったんだろうが! 名前がウンコぶりぶり丸になっちゃう悲しみはお前も知ってるはずだろうが! なんで教えない⁉
クソッ! もう90%位やる気を失ったぞ! 一刻も早くこのゲームをトイレにぶち込んで下水処理したい気分だ! ウンコぶりぶり丸ごとな!
こうして、ウンコぶりぶり丸の波瀾万丈の冒険譚が幕を開けたのだった……
(つづく)
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