至高の書物を汚すべからず ①
「思うんだけどさあ、エロ本って必要ないんじゃない?」
いつものように三人それぞれ、思い思いの事をして過ごしていたら、これまたいつものように、ユッキーが突然そんなことを言い出した。
僕は何事かと思い、ユッキーの方を見る。
「いやね、今まさに思ったんだけど。エロ本って完全にエロビデオの劣化なわけじゃん? なのに、なんでいまだに売られてんの? ビデオ買った方が良くない?そもそも売れてるの? 買う人そんなたくさんいるの?」
ユッキーは至極真面目な顔つきで、そんな下らないことを聞いてきた。その様たるや、まるで人類の未来を憂う知識人のようだ。
なぜこんな下らないことでそんな真面目な顔が出来る。
しかしやれやれ……『エロ本は必要か』だと? よくぞまあ、この僕の前でそんな事を聞けたもんだな。
お前も知っていると思うが、僕はこの部屋に千冊以上のエロ本を隠し持っているんだぞ? なのに『エロ本って役立たないだろ』だって?
まさかお前、僕と殺し合いでもしたいのか? そういうことなら喜んで戦うぞ? ものの数秒でギタギタにされてやる。
「いやいや、別にマコトのことバカにしてるわけじゃないんだって。単に『なんでわざわざエロビデオじゃ無くてエロ本を買ってるのかな?』って疑問に思っただけ。ぶっちゃけ、そこんとこどうなのよ?」
ユッキーは真っ直ぐな濁りの無い眼で僕にそう聞いた。
だからなぜそんな眼が出来る。こういうこと聞くときは、もっと濁った眼をしろよ。いや、濁った眼でそんなこと聞かれるのもそれはそれですごく嫌だけども。
しかし多分、僕が始めてだろうな。『エロビデオじゃ無くてエロ本を買う理由は何ですか?』って女子に尋ねられた男は。アウストラロピテクスから始まった人類史において、初のことだろう。不名誉なことこの上ない。ごめんなさいご先祖様。
「だってさ、考えてもみてよ。エロ本もエロビデオも両方、えっちぃ絵が描かれてるわけでしょ? んで、エロ本はそれでお終いだけど、でもビデオはそれにプラスアルファで音と、そして動画にまでなってる。普通に考えてエロ本の方が劣化じゃん? なのになんでわざわざエロ本買うわけ? そのお金でビデオ買った方が絶対良いじゃん」
ユッキーは真面目にそう意見を述べた。だからなぜそんな眼で(以下略)
しかしなるほど、ユッキーの考え方にも一理あるな。確かにユッキーの言うとおり、”エロさ”というその部分だけを切り取れば、エロ本はエロビデオの劣化だ。
しかし……だ。僕はそうは思わない。
「へぇ、なんでよ? なんかエロ本を選ぶ理由でもあるわけ?」
それはもう、もちろんありますとも。
「じゃあそれ何よ。教えなさい」
――――バッ! バッ!
僕は零コンマ一秒の神業で棚に手を突っ込み、そこに隠していたエロ本を取り出した。そしてさらに零コンマ二秒の内にそのエロ本の中で最もえっちぃページを開き、さらに自分の隣にはティッシュペーパーをセッティングした。
最後はズボンを脱ぎ正座して、準備完了だ。
見たか。これこそ、この僕の最終奥義。”
ユッキーは、一瞬で『準備』を済ませてしまった僕の事を見て唖然としていた。
そうかユッキー、感嘆のあまり言葉も出ないか。
「いや……え? 何やってんの……?」
ユッキーは困惑しつつ、下半身を露出する僕にそう尋ねる。
何をやっているか? 決まっているだろう。お前が『エロ本の方が優れている点』を挙げろと言うから、この場で実戦してやっただけだ。
エロ本がエロビデオより優れている点。それはズバリ『お手軽さ』だ。
エロビデオを見る場合。その準備にはかなりの手間を要する。
まず、音が漏れたらマズいので、ヘッドフォンを用意しなくてはならない。結構な出費だ。
そしてさらに、親や妹が外出している時を狙わなければならない。見られたらマズいからな。
まあ僕としては、見られても興奮するだけだから別に良いんだけれど、しかし見てしまった側の事を考えなければならないからな。
息子や兄が『用を足している』とこなんて見てしまったら、きっと一生のトラウマになってしまうだろう。それだけは絶対避けねばならない。常識だ。
そしてさらにさらに、行為を行っている最中も気が抜けない。家族が帰宅しないか常に全神経を集中させて注意しなければならないからだ。ヘッドフォン付きだとこれがかなり難しい。なんならそのせいで、行為に集中できないまである。
そして家族が帰ってきた場合は最悪、DVDプレイヤーを破壊する位の覚悟を持たねばならない。
とまあこのように、エロビデオの鑑賞には極めて大きなリスクと手間が伴う。
では一方のエロ本はどうか?
たとえ家に家族がいようとも『自分以外誰も入ってこない部屋』が一つあれば事足りる。なんならトイレにでもこもれば良い。
そしてさらに、用意するものもエロ本とティッシュだけで良い。お手軽だ。
何より、ヘッドフォンを着用していないから、周囲の物音に簡単に気がつける。安心して下処理にいそしめるというわけだ。
ついでに、もし家族がやって来てもエロ本なら隠すのは容易だし、最悪破り捨てて燃やせば証拠隠滅も可能だ。DVDプレイヤーの破壊に比べれば、被害も遙かに少なくて済む。
なんなら『うわぁ、こんな所に見たことない本があるぅ。誰のだろぅ?』とかいってすっとぼければ良い。
とまあこのように、エロ本はエロビデオに比べてこれ以上無くお手軽なのだ。
早漏な男子諸君なら、5分もあれば用は済む。
気楽にヤレる、一人暮らしのような安心感。
変態達が選んだのは、エロ本でした。
そういうわけだ。わかったかユッキー?
「いやいやいやいやいや! アンタの主張はわかった! アンタが早漏だと言うこともわかった! でもなんで今ここで、わざわざ実戦して見せたわけ⁉ なぜに私の前で下半身を丸出しにした⁉」
なぜって、そんなの実戦した方が説得力あるからに決まってるだろ。そんな事もわからないのか? 実際、説得力あっただろ?
「いや、確かに説得力はあったわよ! 反論できないくらい『お手軽』だってことはわかった! でも私、女なんだけど⁉ レディの前で下半身脱いじゃダメってこともわからないのかアンタは⁉」
でもユッキー、お前心は男の子だろ? なら別に良いじゃんか。
「そうだとしてもだよ! そうだとしても脱ぐなよボケ! アンタには恥という概念が無いの⁉ ちょっとジョン! アンタもなんか言ってやってよこのバカに!」
ユッキーはそう言うと、端から僕らのやりとりを眺めていたジョンの方を見た。
あ、居たんだジョン。全然喋んないから完全に忘れてたわ。
ユッキーに「お前もなんか言え」と命令されたジョンは、「ふっ……」と意味深に笑うと、“パチパチパチ”と手を叩き始めた。
「さすがだなマコト。この俺様でさえ見逃すような早業、恐れいったぜ。キサマがナンバーワンだ。漢の中の漢だよキサマは。ブラボー。良いものを見せて貰った」
「なぜ褒める⁉」
ユッキーは「マトモなのは私だけか⁉」とでも言うような驚き顔を見せてそう叫んだ。
ふっ……ジョンお前、この僕の神業を見切れないとは、修行が足りないな。
一日一万回、感謝のオナ◯ーをして、鍛えることだ。
いずれお前も、音速で行為を行えるようになるだろう。
「いやいやいや!絶対おかしいって!なんでアンタらそんな“したり顔”出来るの⁉ マコトがやったのってただのセクハラだからね⁉」
「何を言うかキサマ。マコトのあの技、もはやあれは芸術の域だろう。お前はミロのヴィーナスを見て『裸の女の彫像なんてイヤらしい!』と文句を言うのか? 言わないだろう? それと同じだ。芸術に貴賎は無いのだ」
「こんなバカの、なんの役に立たない特技を、世界有数の彫像と比べるなアホ! 穢れるでしょうが! ていうかマコト! アンタは早くズボンを着ろ! いつまで裸でいるつもり⁉」
あ、いやちょっと待って。友達二人に下半身丸出しにしてるところを見られるのって、なんか興奮するんだ。五秒で済ませるからもうちょっと待って。
「テメエはナニしようとしてんだこのド変態がアアアアア!」
――――ボカッ!
まあ冗談はこの辺にして。本題に戻ろう。
えっと確か……エロ本よりエロビデオのほうが良いだろって話だったな。
「そうよ! その話をしてたのよ! そして私は今『するべきじゃ無かった』と後悔してるわよ!」
ユッキーはそう言って、頬を膨らませた。
いや、本当にごめんって。さすがに僕もやりすぎたよさっきのは。
今更になって羞恥心に襲われてる。だから許してくれ。
でも、これでわかっただろ? 僕がエロ本を買ってる理由。それは『便利だから』だよ。エロビデオよりもお手軽だからだ。どこでもいつでも使えるからなんだ。
しかしどうやら、ユッキーはそんな僕の意見に納得がいかないご様子だ。
「うん、アンタが『お手軽だから』エロ本を買ってるってことはよくわかった。嫌という程ね。でもさ、それでもやっぱりエロビデオの方が絶対上でしょ」
ふむ、なんでだ?
「そりゃあさっきも言ったけど、動画の上に音もあるからよ。そっちの方が絵だけより断然良いでしょ?」
うむ、まあそれはそのとおりだ。純粋なエロさだけで言えば、エロビデオにエロ本が敵うべくもない。
だけど、それを補ってあまりあるほどの利便性がある。ただそれだけの話だ。
「そこなのよね、私が不思議なのって」
と言うと?
「だってさ、いくら軽自動車が日常生活で便利だって言っても、もしタダで貰えるとしたら、軽自動車よりもベンツの方が欲しいでしょ? それと同じじゃ無い?」
ふむ、つまり『利便性』があるとは言っても、それを補ってあまりある“エロさ”がエロビデオにはあると。お前はそう言いたいんだなユッキー?つまり僕の意見と真っ向から対立するわけだ。
しかしそれは見当外れと言うほか無いぞ。
「なんでよ?」
だって、僕が今こうやってエロ本を選んでいることが、僕が『エロ本の利便性の方が動画や音なんかよりもずっと重要』と思っていることの何よりの証拠じゃないか。
そしてそれと同様に、エロ本が今でも売れていることが、僕と同じように『利便性』を重視する同士の多いことを示している。
お前の質問は『1+1=2』よりもわかりきったものなのだ。考えるまでも無い。
「ふーん……つまりアンタは意地でも『エロさよりも利便性の方が大事』って言いたいわけね……」
うん、まあそうなるな。
「……」
ユッキーは黙って、何かを考え始めた。どうやら僕への反論を試みているようだ。しかし無言である事からもわかるように、良い反論が思いつかないようである。
まったく、往生際が悪い。さっさと『エロ本はエロビデオの劣化では無い』と言って、自分の負けを認めれば良いものを……
そして数分程経った後。ずっと無言だったユッキーは突然、立ち上がった。
「……わかったわよマコト。こうなったら私も“実戦”でアンタに『エロビデオの方が上』って認めさせるわ」
覚悟を決めたような顔つきで、ユッキーは僕にそう言った。
いや、なんでお前はそうまでして僕に『エロ本はエロビデオの劣化』だと認めさせたいんだよ。エロビデオ作ってる会社の回し者なのかお前は?
つーか実戦って何だよ。
するとユッキーは、おもむろに服を脱ぎ始めた。僕とジョンの目の前で。
そして下着姿になった。
(つづく)
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