第一章-09 俺の妹が暗殺者のわけがない

 この数日のミカは、明らかにおかしかった。

 今までずっと、俺になんて興味のない様子だったのに、家でも学校でも常に側にくっ付いて来ようとする。食事中はやたらと目が合うし、俺の行動を逐一訊いて来る。

 そんな奇妙なことが、ここ3日続いた。


 そして、現在、俺は俺の部屋でミカと二人きりでいる。

 時刻は深夜。

 両親はもうとっくに眠っている。

 そんな時間にミカは俺の部屋に一人で訪れた。

 ミカがこんな時間に俺の部屋に――というか、俺の部屋に入ることすら初めてだった。

 正直に言おう。

 最近のミカの様子を見ていて、俺はこう思ってしまっていた。

 もしかして、こいつ、俺に惚れてんじゃね? と。

 俺に惚れたから急に態度が変わったんじゃね? と。

 義理とはいえ、妹に惚れられる。どこのアニメやラノベの世界の話だよとツッコミながらも、ウキウキしてしまっている自分がいた。自意識過剰にも、俺は可愛いミカに惚れられたと思って、舞い上がってしまっていたのだ。

 もしも告白されたらどうすればいいのか、リアルに悩んでしまっていた。

 俺だってミカのことは好きだが、それは妹としてだ……。

 兄の俺は、ミカの思いを受け入れることは出来ないんだ……。

 そんな風に葛藤している時に、ミカが俺の部屋にやって来たのである。

 しかも、真夜中にだ。

 真夜中に男女が一つの部屋で二人っきり。

 何も起きないはずもなく……。

 だが、このシチュエーションで起こったのは、胸の躍るニヤニヤするような展開ではなかった。

 ミカは確かに俺に告白して来た。

 けれどそれは、全く予想を裏切る『告白』だった。


「――気づいていたのね、兄さん」


 神妙な面持ちでミカは言う。

 手に持つ『それ』を俺に向けながら。

 たった今、ミカが手に持つ『それ』は、俺へのプレゼントなどではない。

 ナイフだ。

 台所に置いてあるようなものじゃない。人を殺すために作られたナイフだ。

 さっきからミカは、いつでも俺に飛び掛かり、そのナイフで胸を一突き出来る位置をキープしている。

 これは、兄妹喧嘩の果てという状況ではない。


「いつから私の正体に気づいていたの?」


 ミカは物騒なナイフを俺に見せながら、つぶらな瞳で尋ねて来る。顔の可愛さと手に持つナイフのギャップが凄かった。


「な、何のことだよ、ミカ……?」

「誤魔化さないで。私が兄さんの命を狙う暗殺者だということに、とっくに気づいていたんでしょ?」


 は……?

 何を言っているんだ、ミカ……?


「なっ!?」


 次の瞬間、俺はミカに押し倒されていた。

 背中は床に押し付けられ、すぐ目の前にはミカの持つナイフの刃先があった。


「冗談だよな、ミカ……?」

「冗談なんかじゃないよ、兄さん。私は兄さんを殺すために『組織』に雇われた暗殺者なの」


 組織……?


「殺す前に、私の質問に答えて、兄さん。どうして私が暗殺者だと気づいたの?」


 ミカが暗殺者……?

 何を馬鹿なこと言ってんだよ。

 俺の可愛い妹に限ってそんなことあるわけないだろ。

 俺の妹が暗殺者のわけがない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る